2018年06月25日

廬山寺の桔梗

①廬山寺

 天神さんから河原町今出川までバスで行って、そこから寺町通りへ入って下がり、節分祭でよく知られた廬山寺へ。紫式部邸の跡と言われる場所で、いまちょうど源氏庭と呼ばれる庭の桔梗が見ごろです。


② 廬山寺

 もちろん紫式部が住んで源氏物語を執筆したと言われる邸宅も、近くの道長が入れあげて贅を尽くして浄土を再現したという法成寺も、京の町を嘗め尽くした幾度もの大火で跡形もないけれど、こうして品のいい紫の花が咲いている瀟洒な庭を眺めていると、ほんとにこんなところで紫式部が物語を書いていたかのような錯覚を覚えます。できたらご本尊さまや色んな展示物をどこか別の場所に安置して、三つ四つある庭に面したこの小部屋を書斎に使わせていただけたら最高だと思いますが(笑)

③ 廬山寺
 私の母は娘時代から源氏物語が大好きで、更級日記の作者のように熱烈な源氏ファンだったから、わざわざ伊勢の田舎から京まで出て来て、当時桂にあったらしい女専で寮暮らしをして国文などやっていたようです。当時の女学生が使える注釈なんて、北村季吟くらいしかなかったのか古い母の蔵書になにかしきりに鉛筆で書き入れた注釈書なんかが出てきたことがありました。
 お母さんが生きているうちに、廬山寺へ連れて来てあげたら喜んだでしょうね、とパートナーが言うので、そうだろうな、とは思いましたが、こちらも今のようにたっぷりと時間だけはある身とは大違いでしたから、のんびり寺まわりなどするゆとりもなく、自分自身もこのへんの事はまるで知らなかったので、せめて自分たちは少しは知ってまだ自分の脚でまわれるうちに、心残りなくめぐっておくのがいいんじゃないかと思っています。

④ 廬山寺

 ここのご本尊の阿弥陀三尊坐像も、適度なサイズで、とても落ち着いた感じの、いい仏様で、私は好きです。阿弥陀様を中に、観音菩薩、勢至菩薩が脇におわします。お寺でくれる三つ折りミニパンフによれば平安ー鎌倉時代と書いてあり、国指定の重要文化財だそうですが、いつだれが制作したかははっきりしていないのかもしれません。

⑤
 裏のお墓への道で、片方は土塀、向井は竹垣で新緑に覆われた、少しの間だけど素敵な路地です。ここには慶光天皇陵のほか皇族の墳墓が多数あるようで、明治維新までは御黒戸四箇院といい、宮中の仏事を司る寺院4ヶ寺(廬山寺以外は二尊院、般舟院、遺迎院)の一つだったそうで、格の高い寺院だったようです。





saysei at 17:52│Comments(0)

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