2018年06月25日

オットー・ネーベル展

オットー・ネーベル


 京都文化博物館で今日(24日)まで開催していた「オットー・ネーベル展」へ行ってきました。身辺整理をしていて、机の前に立てていた書類の間から、ずっと以前にターナー展のチケットと共にいただいたその招待券が出て来て、まだ行ってなかったことを思い出し、ラッキーなことに今日が最終日と分かったので、即出かけてきました。パートナーは用があって行かなかったのでチケットが一枚余り、無駄にしてはもったいないと思って、たまたま見かけた若いアベックの男性に差し上げたら、二人から感謝されました。デイトにこんな美術展へ来るなんて、趣味のいい二人じゃないですか(笑)。

 クレーはあまり好きではないけれど、カンディンスキーは好きだし、シャガールもすごいなぁと思っているので、彼らと親交があり、しかも以前にバウ・ハウスにはとても関心を持っていたのと、そのバウ・ハウスにも奥さんがそこの教授の助手をつとめたこどもあって縁の深い、このオットー・ネーベルという画家の名は聞いたことがあっても、その作品はきっとどこかで見ているのでしょうけれど、記憶にもないし、画集などで見ていたとしても、意識して見たこともなく、こんなに一度に大量に見るのはもちろん初めて。

 カンディンスキーやシャガールが彼を認め、評価したということですが、正直のところ彼の作品の多く、とりわけ主力の抽象画には、たしかに「色彩の画家」という展覧会のキャッチフレーズにあるような多彩なチャレンジを感じましたが、きわめてモダンな意匠なのに、モダンなスタイル自体が或る古めかしい印象を与えるようなところがありました。

 たとえばダリには感じないのにキリコの絵には感じるような古めかしさ。「機械」や「時間」の横光には感じないのに、「頭ならびに腹」のような横光には感じるような古めかしさ。

 初期作品には「コッヘル、樅の木谷」のような愛らしい作品もありましたし、この部屋では何といってもシャガールの4点が見ものでした。

 大聖堂の時代にはモダンな構成はともかく、レンガ色の色彩に惹かれ、それが「イタリアの色彩」の「シエナⅢ」のような作品ではほれぼれするような色合いで、このあたりがこの画家のピークなのかな、と何の予備知識もないので、展示されている作品を順次見ていって感じました。

 というのも、そこから5年、10年を経た「抽象 非対称」のあたりの抽象画は私には構成にも色彩にもパワーがなくなっているように感じられて、同じ部屋のあとの展示にカンディンスキーが出てくると、その各段に違う構成と色彩のパワーに、才能というのは残酷なものだと思わずにはいられなかったのです。
 
 ここまでオットー・ネーベルの作品を集めて見せるのは学芸員が大変な努力をされた末のことだと思いますが、この7番目の部屋でネーベルの作品群のあとでカンディンスキーを見たとき、それまで見て来た圧倒的に多いネーベルの作品がすっとかすんでしまうような感覚に襲われて、なんだかネーベルさんにも展覧会を企画された学芸員さんにも申し訳ないような気がしました。これはカンディンスキーが好きな私の偏見でしょうか・・・

 いま二つ折りの展示品リストをみて確認しながら書いているのですが、10番目、つまり終わりから2番目の「演劇と仮面」の部屋にあった、「四人の俳優」や「人馬宮」、「扇を持つダンサー」など演劇関係の、俳優を描いた作品は、もちろんリアルな写生画ではなくて、抽象画を経たデフォルメがされた絵ですが、とても生き生きしていました。彼は建築学を修めながら俳優になりたくて結構長く舞台に立っていて、その地域では長い間俳優として認知されていたとか。やっぱり入れ込んだだけのことはあったのでしょうね。

 それと私がとても興味深く思ったのは、イタリア時代に制作した色彩地図帳「イタリアのカラーアトラス」です。イタリアの都市をめぐって、その「都市の色」を分析的に取り出し、色見本のようなものに描いたもので、これは発想とその抽出の方法がとても面白いし、美術としてもその成果物は彼の後期の抽象画などより私にはよほど惹かれるものがありました。(これだけは各都市の色を何度でも眺めたくて、カラーアトラスの絵葉書セットだけ買ってきました。→下の写真)

オットー・ネーベル都市の色


 同じようなアイディアものの「ルーン文字」というアルファベットを幾つかの色彩のユニットの組み合わせで示す創作文字については、そういう発想でのチャレンジは面白く思いましたが、結果に惹かれるものはひとつもありませんでした。それはやはり表音文字を色彩に置き換えるのは、「都市の色」を抽出して色彩のユニットで表現するのとは違うので、相当考えないとそら無理ですよ、オットーさん、という感じでした。「母音の色を発明した」ランボーほどの天才なら、音韻の色をまざまざと見ることができるのかもしれませんが。

 この美術展についてもう一つ付け加えておきたいことは、会場の最期の部屋だったかで、写真撮影OKですよ、という掲示がいくつもの作品についていて、ファンに開かれた姿勢を示していたことです。当然、絵を所蔵して貸し出す美術館などと交渉して許可を得たのでしょうが、展示する側がぜひそうしたいという姿勢をもっていなければ実現するはずもなく、いまだに日本ではこういうことに美術館が無意味に保守的というか頑迷な姿勢をとり続けている中で、学芸員がこういうことにも努力してくれる姿勢は高く評価されていいと思いました。冒頭に掲げた写真は、もちろん撮影OKのうちの1点で、あまり惹かれなかった抽象画の中でも、私の好みの色彩に近い作品だったのでパチリ。

 いずれにせよ、一人のヨーロッパの過去の著名な画家の作品をこれだけ一堂に集めるためには気が遠くなるほどの長い時間と厄介な交渉や周到な準備が必要で、作品への評価や好みは人それぞれでも、あまり日本で一般に知られることの少ない、でもよく知られた画家たちと親交のある重要な画家に着目してこうした本格的な美術展を開催されたことには心から敬意を表したいと思います。いや、招待券をいただいた義理からではなくて(笑)ほんとうに from the bottom of my heart !

saysei at 00:36│Comments(0)

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