2017年10月29日
小林史憲『テレビに映る中国の97%は嘘である』は面白い
タイトルを見て、トンデモ本かと手にとるのをためらいましたが、中国の共産党大会で習近平が権力をさらに集中して建国100年目には世界一の強国になるんだ、というような、もう地球を支配してしまうぞと言わんばかりの覇権への野望をあからさまにしたのをきっかけに、そういう大言壮語を叩くような嫌中本の類ではなくて、中国の地域や庶民のほんのワンシーンでもいいから、手触りのきくような情報をもたらしてくれる、しかも手軽に読める本はないかな、と書店の棚を探したらこれが目につき、思い切って買ってきて読みました。
北斎展への行き帰りに読めて、結果的に、内容的にも、とても面白く読めました。タイトルの、テレビに映る中国の像の何パーセントが虚像だ、というようなことは言われなくても分かっているので、どうということもないのですが、著者がテレビ東京のプロデューサーとして実際に足で歩いて中国の都市や村の騒動の起きる現場やちょっと面白いことを聴き込んだ現場へ駆け付けて見聞きすることが、とても面白い。
先日四川省の村で年収30億円とかなんとかっていうのをやっていたけれど、この本の中にも、「中国一の金持ち村」と中国の雑誌に載ったという江蘇省華西村上海から高速道路で2時間ほどかかるような農村のルポがあります。
寂れた村が続く農村に、突如超高層ビルが現れ、地上72階建て、高さ328メートルという、あべのハルカスより高いらしい新農村ビルというのが建っていて、なんと一部の村民が各世帯1億2千万円の出資で日本円にして360億円を出して建設したのだそうです。
中身は自称「超五つ星」のホテル、レストラン、会議場、展望台、数百婚住宅が入っているそうです。中へ足を踏み入れるとそこはふんだんに金箔を使った金ピカの世界で、全身が1トンの純金で作られた36億円相当の金色の牛が置物に置かれていたそうです。そして同じフロアの最上級プレジデントスイートルームは1泊約120万円とのこと。マンハッタンでも京都河原町四条でもなく(笑)、辺鄙な中国の農村のど真ん中らしいです。その300何メートルの展望台へ上がっても、見える景色は全然綺麗じゃないアパートに工場群が立ち並ぶだけの光景だそうですが。
なぜこんなことが起きたのか、経緯は書いてありますが、そんなので、こんなすごい状況になるのかね、とちょっと信じられないような気がするほどでした。
文化大革命の混乱期に農業だけでは食べていけないというので、工場を建ててネジなどの金属加工製品を作って、これが壊れやすい中国の農機具のせいで周辺の農民の間で評判がたって爆発的に売れ、この共産党の方針に逆らい、ひそかに営んできた工業の成功で村は驚くような富を築いてきたらしく、取材時の2010年の総売り上げは約6000億円、利益が420億円だとか。
さらに面白いのは、村民の就職は村が管理して村営企業に振り分け、給料は現金支給が2割で、残り8割は株式として分配し、たまれば家や車と交換する仕組みで、大学までの教育費や医療費も村が負担、年一度の海外旅行の費用も村が負担するらしい。著者によれば、この村は「資本主義的なやり方で経済発展を遂げつつ、社会主義的なやり方で富を公平に分配している」のだそうです。
もとより私などは貧乏してもこういう村に縛り付けられるのはゴメンですが、これはたしかに特異的に中国の指導者らがめざす改革開放経済による市場原理を導入しつつみんなが平等に豊かになろうという社会主義の理想を村の小さな世界で実現したことになるのかもしれません。
もっとも、もともとの村民と、新参者たち、さらには出稼ぎ人たちの三者の間には極端な差別とその結果として格差があるようですから、古代ギリシャなどの奴隷制度の上に立脚する市民社会というのと同じ問題を孕んではいるようですが。
あと賄賂によく使われるというマオタイ酒で市場に出回っている商品の9割は偽物だ、という第3章の話も実に興味深いものでした。
偽物というけれども、それはマオタイ酒が「貴州茅台酒」という会社の商標で、これが世界的なブランドになってしまったために、同じ原料の高粱と小麦と水を使って同じように熟成させて生み出されている、同じ茅台鎮という土地でつくられてきた中小の銘柄の酒は、マオタイ酒と銘打つわけにいかず、それぞれの無名の銘柄で売られているだけの話のようです。
そして、この無名の銘柄の茅台鎮で生まれる中小酒造業者の安い酒に目をつけた業者が大量に買いに来ては、マオタイ酒のラベルを貼って、たしかにブランドとしては「にせもの」であるのに高価なマオタイ酒として市場で高く売りつけているということらしい。
だからニセモノと言っても色々で、実際にはホンモノとかわらない美味いマオタイ酒も少なくないのかもしれません。
なにしろオークションで500ミリリットル入りのボトルが60万円とか80万円台とかの価格で取引されるような事態になっていて、著者の遭遇したオークションでのその日の最高額は1960年代ものが240万円ほどだったとか。
まぁワインも高級な年代物はそのくらいの値段がするのでしょうから、酒のことは何も知らない私が驚いて見せることもないかもしれませんが・・
著者の「実験」では、上海の大手の酒のチェーン店で2万3600円で買ったのが、現物を現金に換えてくれる「回収」店に持ち込むと、チェックして偽物だと判定したのだそうです。暗くしてライトでラベルに光を当てると、本物は明るく光り、偽物は光らない、ボトルを振ってできる細かい泡の消え方も違う、とか。
贈り物や接待用によく使われる酒であるために、賄賂「文化」の広がりと一体で、こういう珍現象が起きているらしいです。
私も中国へ行ったとき、身内が或る市の日中友好協会の役をしていて、向こうの都市と姉妹都市提携を実現するのに尽力していたので、公的な歓迎の会食の席で同席することがあって、酒に興味がないからよくは覚えていませんが、茅台酒やら老酒のとても美味しいのが出たことはたぶん間違いありません。
茅台酒は透明で確かアルコール度がかなり高いから、私は注がれてもなめることしかできなかったはずで、そういう文字の張られたラベルは何となく記憶しているけれど「飲んだ」記憶は残念ながらありません。もう少なくともホンモノの茅台酒は飲めないかもしれませんね。
老酒のほうはトロ~リとした濃い色合いの、いかにも長い間甕に入れて土の中にでも埋めて熟成させたんじゃないか(そんな醸成の仕方はないかも・・・酒の作り方も知らないのででたらめですが)と思うようなのが出てきて、これはアルコールに弱いくせに、美味しかったので、飲んだことをはっきり覚えています。娘が生まれた時に、甕に入れた老酒を地に埋めて熟成させ、嫁にやるときに取り出して祝い酒として振る舞うのだと聞いたような記憶があるのですが聞き違いかも。そういえば娘が生まれたら農家は桐の木を植えて、娘が大きくなって嫁に出すころになると、それでタンスをつくるんだというような話も聞いていて、車窓から見える農家にほとんど例外なく桐の木が植えてあったのを眺めていたことも。
毒入り餃子の事件のことは、まだ結構よく覚えていますが、犯人が捕まったことまでは日本のニュースで知りましたが、あとは関心を失っていたので、この本の著者がフォローしたような犯人の家庭や生まれ育ちの背景までは全然知らずにいました。今回この本を読んで、犯人がなにか哀れでなりませんでした。家族はもっと気の毒でした。いまこの犯人はどうなっているのか、気になるところです。
写真をみると、きまじめおすな、でも少し線の細い感じの青年です。彼が腹いせで犯行に及んだ原因となった会社の給与格差は、この本の記述による犯人の青年呂月庭の言葉では「2006年のボーナスが、正社員は7000~8000元(約8万4000~9万6000円)だったのに対し、私は100元(約1200円)だった。」そうです。何かトラブルを起こして会社に待遇改善を訴えたかっただけで、消費者一般にも増して日本の消費者を害する意図はなかったということですし、この件に関する限りは彼の言葉が信じられるような気がします。
こういう壮絶な格差社会が、いま日本をはるかに抜き去って世界第二位のGDPを誇る経済大国で、これからさらに世界一の軍事強国はもちろんあらゆる分野で世界の首位をめざして富国強兵の道を突っ走るという日本の十倍以上の人口規模をもつ厄介な隣国が内部的なきしみとして生じているわけで、このまままっとうに世界をリードするような国家になれるはずがないと思われます。
経済的な成長は人や情報の交通なしに不可能だし、そんなところで習近平のやっているような強圧的な情報統制や人権抑圧が矛盾を爆発させずに維持できるはずがないでしょう。もう私はその行方を見さだめることはできないでしょうが、しばらくは中国との関係でいやな時代が続くと思うと、日中友好を若いころの夢とした父も草葉の陰で情けない思いをしていることだろうなと思わずにはいられません。
北斎展への行き帰りに読めて、結果的に、内容的にも、とても面白く読めました。タイトルの、テレビに映る中国の像の何パーセントが虚像だ、というようなことは言われなくても分かっているので、どうということもないのですが、著者がテレビ東京のプロデューサーとして実際に足で歩いて中国の都市や村の騒動の起きる現場やちょっと面白いことを聴き込んだ現場へ駆け付けて見聞きすることが、とても面白い。
先日四川省の村で年収30億円とかなんとかっていうのをやっていたけれど、この本の中にも、「中国一の金持ち村」と中国の雑誌に載ったという江蘇省華西村上海から高速道路で2時間ほどかかるような農村のルポがあります。
寂れた村が続く農村に、突如超高層ビルが現れ、地上72階建て、高さ328メートルという、あべのハルカスより高いらしい新農村ビルというのが建っていて、なんと一部の村民が各世帯1億2千万円の出資で日本円にして360億円を出して建設したのだそうです。
中身は自称「超五つ星」のホテル、レストラン、会議場、展望台、数百婚住宅が入っているそうです。中へ足を踏み入れるとそこはふんだんに金箔を使った金ピカの世界で、全身が1トンの純金で作られた36億円相当の金色の牛が置物に置かれていたそうです。そして同じフロアの最上級プレジデントスイートルームは1泊約120万円とのこと。マンハッタンでも京都河原町四条でもなく(笑)、辺鄙な中国の農村のど真ん中らしいです。その300何メートルの展望台へ上がっても、見える景色は全然綺麗じゃないアパートに工場群が立ち並ぶだけの光景だそうですが。
なぜこんなことが起きたのか、経緯は書いてありますが、そんなので、こんなすごい状況になるのかね、とちょっと信じられないような気がするほどでした。
文化大革命の混乱期に農業だけでは食べていけないというので、工場を建ててネジなどの金属加工製品を作って、これが壊れやすい中国の農機具のせいで周辺の農民の間で評判がたって爆発的に売れ、この共産党の方針に逆らい、ひそかに営んできた工業の成功で村は驚くような富を築いてきたらしく、取材時の2010年の総売り上げは約6000億円、利益が420億円だとか。
さらに面白いのは、村民の就職は村が管理して村営企業に振り分け、給料は現金支給が2割で、残り8割は株式として分配し、たまれば家や車と交換する仕組みで、大学までの教育費や医療費も村が負担、年一度の海外旅行の費用も村が負担するらしい。著者によれば、この村は「資本主義的なやり方で経済発展を遂げつつ、社会主義的なやり方で富を公平に分配している」のだそうです。
もとより私などは貧乏してもこういう村に縛り付けられるのはゴメンですが、これはたしかに特異的に中国の指導者らがめざす改革開放経済による市場原理を導入しつつみんなが平等に豊かになろうという社会主義の理想を村の小さな世界で実現したことになるのかもしれません。
もっとも、もともとの村民と、新参者たち、さらには出稼ぎ人たちの三者の間には極端な差別とその結果として格差があるようですから、古代ギリシャなどの奴隷制度の上に立脚する市民社会というのと同じ問題を孕んではいるようですが。
あと賄賂によく使われるというマオタイ酒で市場に出回っている商品の9割は偽物だ、という第3章の話も実に興味深いものでした。
偽物というけれども、それはマオタイ酒が「貴州茅台酒」という会社の商標で、これが世界的なブランドになってしまったために、同じ原料の高粱と小麦と水を使って同じように熟成させて生み出されている、同じ茅台鎮という土地でつくられてきた中小の銘柄の酒は、マオタイ酒と銘打つわけにいかず、それぞれの無名の銘柄で売られているだけの話のようです。
そして、この無名の銘柄の茅台鎮で生まれる中小酒造業者の安い酒に目をつけた業者が大量に買いに来ては、マオタイ酒のラベルを貼って、たしかにブランドとしては「にせもの」であるのに高価なマオタイ酒として市場で高く売りつけているということらしい。
だからニセモノと言っても色々で、実際にはホンモノとかわらない美味いマオタイ酒も少なくないのかもしれません。
なにしろオークションで500ミリリットル入りのボトルが60万円とか80万円台とかの価格で取引されるような事態になっていて、著者の遭遇したオークションでのその日の最高額は1960年代ものが240万円ほどだったとか。
まぁワインも高級な年代物はそのくらいの値段がするのでしょうから、酒のことは何も知らない私が驚いて見せることもないかもしれませんが・・
著者の「実験」では、上海の大手の酒のチェーン店で2万3600円で買ったのが、現物を現金に換えてくれる「回収」店に持ち込むと、チェックして偽物だと判定したのだそうです。暗くしてライトでラベルに光を当てると、本物は明るく光り、偽物は光らない、ボトルを振ってできる細かい泡の消え方も違う、とか。
贈り物や接待用によく使われる酒であるために、賄賂「文化」の広がりと一体で、こういう珍現象が起きているらしいです。
私も中国へ行ったとき、身内が或る市の日中友好協会の役をしていて、向こうの都市と姉妹都市提携を実現するのに尽力していたので、公的な歓迎の会食の席で同席することがあって、酒に興味がないからよくは覚えていませんが、茅台酒やら老酒のとても美味しいのが出たことはたぶん間違いありません。
茅台酒は透明で確かアルコール度がかなり高いから、私は注がれてもなめることしかできなかったはずで、そういう文字の張られたラベルは何となく記憶しているけれど「飲んだ」記憶は残念ながらありません。もう少なくともホンモノの茅台酒は飲めないかもしれませんね。
老酒のほうはトロ~リとした濃い色合いの、いかにも長い間甕に入れて土の中にでも埋めて熟成させたんじゃないか(そんな醸成の仕方はないかも・・・酒の作り方も知らないのででたらめですが)と思うようなのが出てきて、これはアルコールに弱いくせに、美味しかったので、飲んだことをはっきり覚えています。娘が生まれた時に、甕に入れた老酒を地に埋めて熟成させ、嫁にやるときに取り出して祝い酒として振る舞うのだと聞いたような記憶があるのですが聞き違いかも。そういえば娘が生まれたら農家は桐の木を植えて、娘が大きくなって嫁に出すころになると、それでタンスをつくるんだというような話も聞いていて、車窓から見える農家にほとんど例外なく桐の木が植えてあったのを眺めていたことも。
毒入り餃子の事件のことは、まだ結構よく覚えていますが、犯人が捕まったことまでは日本のニュースで知りましたが、あとは関心を失っていたので、この本の著者がフォローしたような犯人の家庭や生まれ育ちの背景までは全然知らずにいました。今回この本を読んで、犯人がなにか哀れでなりませんでした。家族はもっと気の毒でした。いまこの犯人はどうなっているのか、気になるところです。
写真をみると、きまじめおすな、でも少し線の細い感じの青年です。彼が腹いせで犯行に及んだ原因となった会社の給与格差は、この本の記述による犯人の青年呂月庭の言葉では「2006年のボーナスが、正社員は7000~8000元(約8万4000~9万6000円)だったのに対し、私は100元(約1200円)だった。」そうです。何かトラブルを起こして会社に待遇改善を訴えたかっただけで、消費者一般にも増して日本の消費者を害する意図はなかったということですし、この件に関する限りは彼の言葉が信じられるような気がします。
こういう壮絶な格差社会が、いま日本をはるかに抜き去って世界第二位のGDPを誇る経済大国で、これからさらに世界一の軍事強国はもちろんあらゆる分野で世界の首位をめざして富国強兵の道を突っ走るという日本の十倍以上の人口規模をもつ厄介な隣国が内部的なきしみとして生じているわけで、このまままっとうに世界をリードするような国家になれるはずがないと思われます。
経済的な成長は人や情報の交通なしに不可能だし、そんなところで習近平のやっているような強圧的な情報統制や人権抑圧が矛盾を爆発させずに維持できるはずがないでしょう。もう私はその行方を見さだめることはできないでしょうが、しばらくは中国との関係でいやな時代が続くと思うと、日中友好を若いころの夢とした父も草葉の陰で情けない思いをしていることだろうなと思わずにはいられません。
saysei at 18:27│Comments(0)│