2017年07月21日

キム・ギドク監督「ワイルドアニマル」

 1997年の作品らしいので、キム・ギドクの作品では初期の習作にあたるのでしょう。作品としての出来はそれだけで評価するに値しないようなものだと思うけれど、「悪い男」なんか観たあとで、それを撮った監督の若いころの作品、としてみると、遠近法的倒錯ってやつで、のちのキム・ギドクらしさが既にそこかしこに見出せます。だからキム・ギドクのファンにとってはこれもまた大切な作品ということになるでしょう。

 ちょっと面白いのは、韓国人が主人公だけれど、舞台がパリだということ。たまたまパリで出遇った韓国の青年2人がパリの裏社会の一端に巻き込まれる中での友情と裏切りの物語が軸になっているのですが、キム・ギドク監督の韓国を舞台にした血と暴力の果ての浄化みたいな幾つもの作品を見て、パリが舞台、と言われると、え?という感じ。

 でもキム・ギドクは絵を学びたくてパリに行っていたことがあるらしいですね。そう思ってみると、そこに登場する主人公の一人チョンヘが通う美術の学校のアトリエ、公園の風景や水路や石畳の街路やのぞき窓の世界、チンピラたちまでが、青春を彩るカレイドスコープの色模様のようにみえてきます。

 それにしてもキム・ギドクの作品というのは、私のゼミ生なんかは絶対に見ないような映画ばかりですね(笑)。なにしろ血と暴力、とりわけ女性に対する男の容赦ない暴力のすさまじさは、きっと部分的に見せるだけで気分を悪くするでしょう。そこをくぐらないと浄化に至らない、そこまでつきあってもらうのは、とうてい無理、という感じがします。

 この作品でも、主人公の一人である、詐欺師でこすっからくて金に汚くて親友も裏切る最低の男チョンヘの愛人でハンガリー人の女性コリーヌが嫉妬深いフランス人の同居人である男から受ける暴力たるや凄まじいものがあります。この男の振る舞いは最悪のフランス男の胸の底に潜んでいる民族差別意識や女性蔑視やサディスティックな心情など負の民族的精神遺産を集約したようなところを感じます。いや民族的精神遺産なんていうとまっとうなフランス人に叱られるでしょうが、フランスやイギリスで1年、2年暮らしたことのあるアジア人なら事細かに説明しなくても、そうそう、とうなづくところがあるでしょう。おそらく若い画学生だった?キム・ギドクもそういう身に染みる体験をしたに違いないと思わせるところがあって、ちょっと異様なほどのしつこさを感じさせる。冷凍庫でカチカチに凍らせた魚を棍棒代わりにして繰り返される暴力の描写はサディスティックでちょっと引いてしまいます。まあ、彼は結局その小道具で無残にコリーヌの復讐を受けるのですが・・

 もう一人の主人公、韓国が舞台の作品なら超人的な武器としての肉体をもつヒーローになれそうな、もと北朝鮮の脱走兵らしいホンサンという若者も、パリではエキゾチックな武闘家のレンガ割りだのナイフ投げ(受け)のようなスキルを大道芸として見世物にするか、やくざの鉄砲玉として使われるくらいしか使われ道がなく、人が好いので、こすっからいことでは頭の回転のいいチョンヘにうまく利用されながらも、パリで生きるために寄り添って暮らしています。このホンサンが心を寄せる女性は映画の冒頭、パリへの列車のコンパートメントで一緒になった女性。彼女はパリののぞき部屋のストリッパーで、たまたまホンサンはその店内で舞台に出ている彼女をみつけて通いつづけ、贈り物を贈るなどしています。ところがその女性ローラの恋人はホンサンとチョンヘが関わるやくざの裏切った一員で、親分の命でチョンヘが殺してしまい、ローラは悲しみにくれる。チョンヘが殺した男から奪った高級時計をホンサンに贈り、ホンサンはそれを腕に巻いていたことから、悲しみにくれるローラは恋人を殺したのはホンサンだと思い・・・

 色々と周辺の人物が絡んでいるけれど、軸はホンサンとチョンヘの間に芽生える友情とチョンヘの裏切り、回心、ホンサンの許し、といった展開です。組を裏切った幹部たちが親分側が重用するホンサンがじゃまだとチョンヘを金で釣って裏切らせ、ホンサンに冗談めかして鎖手錠をかけ、水路に蹴落とすところで、ホンサンは、どうせ俺に未来はないから、俺を殺してお前が生きられるなら生きろ、と水没していきます。それまでほんとにどうしようもない男だったチョンヘが、ここでホンサンの心の底からの友情に触れて回心し、鎖を引き上げてホンサンを解き放ちます。

 最後は二人とも、恋人を殺されて恨みを抱いたローラに殺されてしまいます。ローラにしてもコリーヌにしても男にいたぶられ、食い物にされてきたあげく、最後に一発逆転、そういう男の暴力的支配を、暴力でもって打ち返すことに成功するのですが、女性の側を軸に描かれた作品ではないから、そのプロセスがたどられることもなく、解放感のない作品になっています。

 パリの裏社会を背景にした男女の友情と裏切りと愛(といっていいかどうか・・・)を描く暗い物語だから、フィルム・ノワールの影響がよく言われているらしい作品で、それらしいところは随所に見出せます。

 シーンとして印象に残るのは、不思議と虐げられた女性二人の登場する場面で、ひとつはパリの美術学校の画学生とし、公園で真っ白に身体を塗って彫像のように立つコリーヌの姿。それから、ホンサンの見る大きなガラス窓の向こうの水中を思わせるようなゆらめく幻想的な光の中で裸身を曝して踊るローラの姿。物語の本筋とは脇にあたるこうしたシーンに、とても美しい映像が見られて、のちの血と暴力の果ての浄化にいたるキム・ギドク作品の予感を覚えるのは、もちろん後の作品から初期作品を見る目の遠近法的倒錯というべきでしょう。

 


  


saysei at 12:26│Comments(0)

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
記事検索
月別アーカイブ