2012年05月15日

カウリスマキ監督「ル・アーヴルの靴磨き」

 監督が監督だから地味な映画に違いないだろうし、映画館で寝るかもなぁ、と思っていましたが、全然眠くなりませんでした。孫にじいちゃんまた寝てる!と笑われる私が居眠りもせずに見る映画は、それだけでもかなりいい映画です(笑)。

 一緒にみたパートナーは、一昔かふた昔前の日本の長屋を舞台にした人情ものやねぇ、とのご感想でした。なるほど、そういえばなんとなくそんなところがあります。きっとこの監督、日本映画にかなり影響を受けてると思うわ、というのもなかなか鋭いかも。最後は桜の花で終わってますし、あれは日本映画へのオマージュかもね。

 この映画はストーリーだけ追ってみていけば、まったく新しいところのない映画です。偉大なるマンネリズムというのか、本当に繰り返し描かれてきた、長屋住まいの貧乏だが人情に篤くて、互いに助け合いながら生きている庶民の間に、外部から事情を背負ったいわば虐げられし者、弱き者(この場合はアフリカから密入国してきた人々のうちの一人である少年)が逃げ込んできてちょっとした波紋を広げる。

 窮鳥懐に入るのたとえ通り、それを「長屋の」庶民たちが連携プレイで援け、匿い、逃がそうとする。

 そう書けば、そんな話ならうんざりするほど聞いたことがあるし、小説で読んだことも映画で見たこともあるぜ、という人は多いでしょう。そうなんです。別にそこに新奇なところはどこにもありません。

 少年を援ける靴磨きの男に細君がいて、御亭主には知らせずにそのままあの世へいくかもしれない病をかかえて入院する、というエピソードがもう一つからんでいるけれど、これだってますます偉大なるマンネリズムの設定でしょう。

 表現の手法にも新奇性を誇るような要素は何もありません。カメラで切り取られた人物の表情とル・アーヴルの光景はすばらしいけれど、別に前衛的なカメラワークなんてものではありません。むしろ動かない、ぶれないカメラだからいい、といった印象です。ストーリーをぶつ切りにして時間を前後させたり二つの物語を別々に展開して交錯させたり、といった陳腐な前衛気取りの小手先の技巧もありません。 

 それなのになんで私はあの小さな映画館の暗がりの中で居眠りしなかったのでしょう?(笑)

 やっぱり一番に挙げたいのは登場人物たちの顔。イケメンとか美女とか、そんなのは一人も出てきません、残念ながら(笑)。でもどの登場人物も本当に人間らしい顔をしています。つまりこう、最近どこででも見るような、ツルンとした顔をしていない。貧しいけれどもまっとうにふつうの生活をしてきた人間らしい人間のごつごつとした、喜怒哀楽を確かに味わいながら、浮かれもし、キレもし、うちひしがれもして、ときにゆがみ、ときにからりと晴れ渡り、ときに悲しみに濡れてきた、そういう歳月を経た顔。

 その表情が正面からとらえられると、最初はちょっとどぎまぎし、入り込むのに違和感もあったけれど、すぐにその奥行きのある表情に魅せられていきます。

 アフリカからやってきた少年はさすがにまだ人生の年輪を経ていないけれど、これは教師の息子、という設定でうまくフランス語をしゃべることも、あの凛とした姿も、ちゃんと合理的に呑み込めるようにしてあります。靴磨きの相棒の若者も、味があってなかなかいい。あとは大体年輪を感じさせる登場人物ばかりで、これが素晴らしい。

 ストーリーはさっき書いたように素直なもので、匿われた少年が警察やら移民局やらにつかまってしまわないか、というハラハラと、主人公の靴磨きの奥さんの病気がどうなんだろう、という二つのネガティブな気がかりが、観客である我々の心理をサスペンドしていて作品を支えている。一方で、少年を逃がしてやろうとしてわれらが主人公が少年の身内の老人に会いにいったり、お金集めのイベントを企画したり、というポジティブな要素が作品の時間を引っ張っていきます。

 その間になかなか面白い要素がところどころにあって、主人公が飼っているワン公「ライカ」もなかなかいいし、主人公が食べるバゲットがカリカリ乾いた音を立ててうまそうだし(帰りに高島屋へ寄ってフォーションのパンを買わずにはいられませんでした)、彼が靴を磨こうにも多くの通行人がスニーカーをはいていてチャンスがこない一方で、彼が寺院の僧侶の靴を磨いている愉快なシーンがあって、この坊さんたちの靴だけが、めちゃくちゃ高価そうな黒光りする革靴なんですね(笑)。そして靴を磨かせながら、高踏的な議論など交わしている。こういうさりげないところに面白さの見出せる映画でもあります。

 まぁ新聞の映画評で評論家たちが絶賛しても、ハリウッド映画のようにメジャーな映画館で観客を大量動員できる映画には絶対になれない作品だけれど、京都シネマみたいな小さな映画館でひっそりした楽しみを味わいたい人にはおすすめの映画です。

 レ・ミゼラブルのジャベール(でしたっけ)みたいな警部や靴磨きの奥さんの結末のつけ方には違和感のある人もあるかもしれないけど、あれはこうでなくちゃいけないと思います。これはファンタジーなのです。フィンランド人がフランスで撮った長屋人情ファンタジー(笑)。ネオリアリズムでやられちゃたまりません。

 これは映画なんですからね、たかが映画、されど映画、みなさんをだまそうなんて気は私にはさらさらないんですから、そんなこと百も承知の上で、フィルムの中の人生を味わい、楽しんで帰ってくださいね、という監督の声が聞こえてくるような気がしました。私の好きな、後味のいい映画です。

 ところで靴磨きのいいお友達の酒場の女性は、「かもめ食堂」なんかに出ていた小林聡美さんがいい歳を重ねて(つまり意地悪そうに見えるところをなくして~ごめんなさい)好々爺ならぬ好々婆になったら、こういう顔になるんじゃないかな、と思える、どこか似たところのある顔でしたね。素敵な女優さんでした。

 

 

saysei at 01:50│Comments(0)TrackBack(0)

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