2011年06月11日

東野圭吾『真夏の方程式』

 ふだん推理小説を読む習慣のない私にとっての例外は東野圭吾の作品。

 推理小説としてよく考えられていて面白い、ということはもちろんあるけれど、それだけなら私の場合は読まない。

 でも東野圭吾の作品は、それだけではなくて、読みやすくて、作者の登場人物に対する眼差しが温かいのが何より好きだ。それは作者の人間に対する温かい眼差しといってもいい。

 犯罪にはつねに背景があり、人を追い詰めていく状況があり、追い詰められていく人間の思いがある。そのことに読者が自然に気づき、想像力をかきたてられ、深く感じ入るように、物語はあくまでも人間の心と行動に寄り添って具体的に展開される。

 人間は嘘をつく、というところまでは、どんな推理小説でも語っている。けれども、その嘘の裏に、幾重にも重い真実が張り付いている、ということを、理屈ではなく読者に心に響くように納得させる手腕と想像力の射程は、エンターテインメントとしての推理小説の域を超える。

 しかも、その語り口のうまさは抜群だ。ここには小難しい理屈もぺダンチックな知識のてんこ盛りも無い。これは推理小説なんだから少々文体があらっぽくたっていいんだ、というような甘えとは無縁だ。

 ほんとうに自然言語、という感じの、読みやすい明晰な日常語によって、実に生き生きと豊かにストーリーが語られていく。

 今回は湯川博士と内海薫との絡みの場面はほとんどなくて、その面白さは味わえないけれど、並行して展開される内海ー草薙らの東京での捜査と、現地での湯川の周辺の動きの描写とが、非常に巧みに呼応してクライマックスへ向かっていく構成はたっぷり楽しませてくれる。

 冒頭から置かれている少年の視点も、全編にわたって、とてもよく効いている。

 これまでの東野作品の中でも、私が最も好きな部類の作品として、若い人たちにもおすすめ。
 
 

saysei at 23:25│Comments(0)TrackBack(0)

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