2011年06月06日

窪 美澄 『ふがいない僕は空を見た』

 肺炎になってから、回復が遅々たるありさまだったこともあり、車中でも採点したりレポートを読まなければおっつかない日がつづいて、小説から遠ざかっていたので、久しぶりに手にとった。

 本屋の店員さんたちが投票して決めるらしい本屋大賞で2位だとかの触れ込みだったので(1位の人のは別の本を読んでいたので)、どんなのかな、と思って読み出した。

 はじめのうちは、これはちょっとミスチョイスだったかな、と思った。それに、隣や前にほかの乗客がいてこの本を開いていると、前に読んだ人がみて、あぁ、あれを読んでるな、と思われるといやだな、と人目を気にしながら(笑)読んでいた。

 セックス描写もいろいろあるけれど、文学的に昇華されていないと、人前で読むのはしんどい。エンターテインメントの一種と割り切ればいいのだろうけれど、それは車窓を通してさんさんと降り注ぐ陽光がまぶしい車中で読むにはどう考えてもふさわしくない。

 けれどもたまたま鞄に1冊しか入れてこなかったので、おしまいまで読むことにした。

 これは長編としての結構をもっているように見えない、短編の輪をつないだような作品なのだけれど、どんどん雰囲気が変わってきて、終わりのほうはなんというか非常に密度の濃い、上質の短編が読めたような印象を覚えた。

 とりわけ最後の「花粉・受粉」が秀逸で、これがなければ正直、とりあげようとも思わなかったけれど、ここへきて、ミスチョイスだったかも、という危惧は完全に消えてしまった。

 世間的に言えばもう「負け組」もいいところで、息子もひどいことになっているひとりの母親で、助産婦として懸命に生きる泥まみれというか血まみれというか、そういいう女性の姿が、ここへきて深い輝きをみせる。

 同時に息子の卓也も、とてもいい感じになってくる。脇役の「みっちゃん」が抜群にいい。リウ先生もとっても味がある。この産院で赤ん坊を産む母親までがいい。

 はじめとあとの印象がこれほど違う作品は珍しいのではないか。

saysei at 22:19│Comments(1)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by サスケ   2011年06月23日 23:32
人間関係の苦悩も窪美澄さんの個性かな。

なんてふと思うくらい、話がドロドロしているんですが、
その割にあっさりと読めました。
1話目がエロかったけど、5話目を読み終わったあと、
エロさはなりを潜め、生き抜く事の大切さみたいなもので、
満足感というか、落ち着きを感じました。

こんな話題になる作品を生み出していますが、その源泉
である窪美澄さん本人についても気になるところ。
http://www.birthday-energy.co.jp/ido_syukusaijitu.htm

上のサイトによると、作品が完成したのが、一生に一度の
名誉の年らしく、今後は方向性の激変によって
失うものも少なくないみたいです。

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