2010年03月19日

『複眼の映像』(橋本忍)

 日本で最も名高い脚本家が自分と黒澤明との生涯の関わりを描いた貴重な記録であり、抜群に面白い回顧録。2006年に出ているが、最近文庫版で出たのを読んだ。

 黒澤と著者が共同脚本を書いた「生きる」や「七人の侍」の脚本の作られる様子がほんとうに生き生きと書かれていて、ワクワクする面白さだった。

 この本を手にして、最初に手放せなくなって一気に読んでしまうきっかけになったページは、次のような箇所だ。

 病床にある脚本の師匠・伊丹万作から「原作物に手をつける場合には、どんな心構えが必要と思うかね」と訊かれた橋本は、師匠がよしとするであろう答を知りながら、それを口にせずに、こう言う。

 「牛が一頭いるんです」
 「牛・・・・?」
 「柵のしてある牧場みたいな所の中だから、逃げ出せないんです」
 伊丹さんは妙な顔をして私を見ていた。
 「私はこれを毎日見に行く。雨の日も風の日も・・・あちこちと場所を変え、牛を見るんです。それで急所が分かると、柵を開けて中へ入り、鈍器のようなもので一撃で殺してしまうんです」
 「・・・・・・」
 「もし殺し損ねると牛が暴れ出して手がつけられなくなる。一撃で殺さないといけないんです。そして鋭利な刃物で頚動脈を切り、流れ出す血をバケツに受け、それを持って帰り、仕事をするんです。原作の姿や形はどうでもいい、欲しいのは生血だけなんです」
 
 弟子の言葉に伊丹は天井の一点を見つめたまま何も言わない。やがて言う。「・・・しかし、橋本君」と弟子に向けた目は「微かだが柔和な慈愛に似たものも滲み広がり始めている。」

 「この世には殺したりはせず、一緒に心中しなければいけない原作もあるんだよ」

 この弟子にしてこの師あり、この師にしてこの弟子あり。この一節を読むと、もうページを繰らないわけにはいかなくなった。そして、終わり近い第四章のはじめあたりまで、まったく期待にそむかない抜群に面白い回顧録だった。

 この本で最後に強い印象を与える箇所は、野村芳太郎に「黒澤さんにとって、私・・・橋本忍って、いったいなんだったんでしょう?」と不用意に漏らした言葉に対して、野村芳太郎が言葉を返すエピソードだ。

 「黒澤さんにとって、橋本忍は会ってはいけない男だったんです」
 「え?」
 「そんな男に会い、『羅生門』なんて映画を撮り、外国でそれが戦後初めての賞などを取ったりしたから・・・映画にとって無縁な、思想とか哲学、社会性まで作品へ持ち込むことになり、どれもこれも妙に構え、重い、しんどいものになってしまったんです」

 橋本はムッとして反問する。
 「しかし、野村さん、それじゃ、黒澤さんのレパートリーから『羅生門』と『生きる』、『七人の侍』が?」
 「それらはないほうがよかったんです」
 「え!?」

 こんな面白い映画人の回顧録は初めて読んだ。実際に映画を撮っている若い人には沢山の教訓が著者の語るエピソードの中に教訓臭なしにちりばめられていて、必読の一冊か。

 

saysei at 01:26│Comments(0)TrackBack(0)

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