2024年01月
2024年01月31日
「羅生門」再見
きょうは終日降ったりやんだりの悪天候で、晴れるか、せいぜい雨のない曇りだったら、買い物ついでに二人で市長選の事前投票に行こうか、などと話していたのですが、それも取りやめになりました。
それで昼過ぎまでは、「ツンドク」で今回売り払おうと思っていた蓮實重彦と黒沢清の対談『現代アメリカ映画談義 東京から』というのを読んでいました。イーストウッド、スピルバーグ、タランティーノと監督としては私がちっとも面白いと思って見た事のない映画ばかり作っていた監督を話題に、批評だの客観的評価だのといったものではなく、映画に関しては博覧強記と言った感じで蓮實が披露する蘊蓄に従って、それぞれの好みを言いたい放題言い合うだけの対談で、対象になった三人にほとんど興味がないので、私自身はそう面白いとは思わなかったけれど、こういう三人に興味のある人には面白い対談だったでしょう。
ひとつだけ蓮實の発言で同感だったのは、クリント・イーストウッドの使う女優の或る種の偏りに触れた部分。彼は曖昧な言い方しかしていないけれど、私はある程度彼の作品を見て来て、この人はホモセクシャルで、女性に対する嫌悪感があるんじゃないかな、と思っていた時期がありました。もちろん作品に登場する彼が選ぶ女優を見て直観的にそう感じただけで、それ以外に何の根拠も証拠も無いので、単なる憶測でしかなく、事実ではないでしょう。ただ、登場する女優さんがそれぞれの作品の中ではまったく女性としての魅力がない、というのは多くの人が感じていることではないでしょうか。
いずれにせよ、私は彼が監督した作品よりも、どちらかといえば彼が主演したマカロニウェスタンなんかのほうがずっと好きです。二人が褒めたり、話題にしたりしている「グラン・トリノ」もちっともいいとは思わなかったし、「チェンジリング」なんかも気色悪い映画でした。「許されざる者」なら彼のよりも、オードリー・ヘップバーンやバート・ランカスターが主演したジョン・ヒューストンのやつのほうがはるかに好きで、同じ邦題をつけるなんて!と憤慨したものです。
さてこの対談も読み終わってめでたく販売に回せることとなり、午后おそめには昔々テレビでやったのをDVDに移しておいた「羅生門」を再見しました。先日宮川一夫の回顧録を読んだせいです(笑)。
「生きる」や「七人の侍」は何度も観ているのに、この「羅生門」はたしか映画館で一度、テレビでこの録画をしたときに一度見た切りで、それこそ半世紀以上見ていませんでしたが、ストーリーは芥川の「藪の中」(冒頭と最後だけは同「羅生門」)だから、もちろん分かっているし、忘れるわけもない・・・・と思っていました。ところがどっこい、ほとんど健忘症といっていい私は、今回再見して、多襄丸(三船敏郎)と女(京マチ子)と夫である武士(森雅之)の亡霊の語りのあとに、朽ちた雨の羅生門でこの事件を語っている男の一人(志村喬)による目撃者としての語りがあったことを、まったく失念していたのでした。
原作と映画とで、こんな重大な違いがあることを、当時(まだ中学生か高校生の頃が最初だったと思いますが)分かっていたのか、わかっていてすっかり忘れてしまっていただけなのか、、当時から気付いていなかったのか、いまとなっては分かりませんが、いやぁ驚きました。
原作ではだれがどう読もうと真相はそれこそ「藪の中」ですが、黒澤の映画だと、この爺さんが赤ん坊をひきとっていくような人柄であることや、女の持ち物を盗んだこと以外に人間的なプライドヤミエや自己正当化の必要性などの利害関係は、語る内容に関わりがないので、彼の証言が一番信用できる、と観客に思えて当然でしょうから、真相はちっとも「藪の中」ではなくて、単に人の心は分からない、傍から見れば「藪の中」にみえるというだけで、人間のエゴを描く意味では原作者の意図を踏まえてはいるかもしれないけれど、それは、原作にあった「藪の中」という不可解さを感覚的に際立たせる世界ではなくて、ちゃんと種も仕掛けもご説明します、という謎のない、いわば芸の無い凡庸な物語になってしまっているんじゃないか、という気がしました。志村喬の目撃談は蛇足で、原作に忠実な、もっとシャープな終わらせ方があったんじゃないか、なんて思いながら見終わりました。
きょうの夕餉

まずはシイタケのエスカルゴ風ガーリックバター焼き。先日上賀茂のなかむらでゲットしてきた徳島産の特大特厚椎茸で、美味しさを全部とじこめる調理法だったので、めっちゃ美味しかった。ほんとに焼いてるときエスカルゴの香りがした(笑)。食感と味は柔らかいアワビのようでした。

きょうのメインはおでん。

ロマネスコ

賀茂葱と焼きアゲの酢味噌和え。

ホウレンソウのおひたし

大根の醤油づけとぬか漬け。以上でした。
それで昼過ぎまでは、「ツンドク」で今回売り払おうと思っていた蓮實重彦と黒沢清の対談『現代アメリカ映画談義 東京から』というのを読んでいました。イーストウッド、スピルバーグ、タランティーノと監督としては私がちっとも面白いと思って見た事のない映画ばかり作っていた監督を話題に、批評だの客観的評価だのといったものではなく、映画に関しては博覧強記と言った感じで蓮實が披露する蘊蓄に従って、それぞれの好みを言いたい放題言い合うだけの対談で、対象になった三人にほとんど興味がないので、私自身はそう面白いとは思わなかったけれど、こういう三人に興味のある人には面白い対談だったでしょう。
ひとつだけ蓮實の発言で同感だったのは、クリント・イーストウッドの使う女優の或る種の偏りに触れた部分。彼は曖昧な言い方しかしていないけれど、私はある程度彼の作品を見て来て、この人はホモセクシャルで、女性に対する嫌悪感があるんじゃないかな、と思っていた時期がありました。もちろん作品に登場する彼が選ぶ女優を見て直観的にそう感じただけで、それ以外に何の根拠も証拠も無いので、単なる憶測でしかなく、事実ではないでしょう。ただ、登場する女優さんがそれぞれの作品の中ではまったく女性としての魅力がない、というのは多くの人が感じていることではないでしょうか。
いずれにせよ、私は彼が監督した作品よりも、どちらかといえば彼が主演したマカロニウェスタンなんかのほうがずっと好きです。二人が褒めたり、話題にしたりしている「グラン・トリノ」もちっともいいとは思わなかったし、「チェンジリング」なんかも気色悪い映画でした。「許されざる者」なら彼のよりも、オードリー・ヘップバーンやバート・ランカスターが主演したジョン・ヒューストンのやつのほうがはるかに好きで、同じ邦題をつけるなんて!と憤慨したものです。
さてこの対談も読み終わってめでたく販売に回せることとなり、午后おそめには昔々テレビでやったのをDVDに移しておいた「羅生門」を再見しました。先日宮川一夫の回顧録を読んだせいです(笑)。
「生きる」や「七人の侍」は何度も観ているのに、この「羅生門」はたしか映画館で一度、テレビでこの録画をしたときに一度見た切りで、それこそ半世紀以上見ていませんでしたが、ストーリーは芥川の「藪の中」(冒頭と最後だけは同「羅生門」)だから、もちろん分かっているし、忘れるわけもない・・・・と思っていました。ところがどっこい、ほとんど健忘症といっていい私は、今回再見して、多襄丸(三船敏郎)と女(京マチ子)と夫である武士(森雅之)の亡霊の語りのあとに、朽ちた雨の羅生門でこの事件を語っている男の一人(志村喬)による目撃者としての語りがあったことを、まったく失念していたのでした。
原作と映画とで、こんな重大な違いがあることを、当時(まだ中学生か高校生の頃が最初だったと思いますが)分かっていたのか、わかっていてすっかり忘れてしまっていただけなのか、、当時から気付いていなかったのか、いまとなっては分かりませんが、いやぁ驚きました。
原作ではだれがどう読もうと真相はそれこそ「藪の中」ですが、黒澤の映画だと、この爺さんが赤ん坊をひきとっていくような人柄であることや、女の持ち物を盗んだこと以外に人間的なプライドヤミエや自己正当化の必要性などの利害関係は、語る内容に関わりがないので、彼の証言が一番信用できる、と観客に思えて当然でしょうから、真相はちっとも「藪の中」ではなくて、単に人の心は分からない、傍から見れば「藪の中」にみえるというだけで、人間のエゴを描く意味では原作者の意図を踏まえてはいるかもしれないけれど、それは、原作にあった「藪の中」という不可解さを感覚的に際立たせる世界ではなくて、ちゃんと種も仕掛けもご説明します、という謎のない、いわば芸の無い凡庸な物語になってしまっているんじゃないか、という気がしました。志村喬の目撃談は蛇足で、原作に忠実な、もっとシャープな終わらせ方があったんじゃないか、なんて思いながら見終わりました。
きょうの夕餉

まずはシイタケのエスカルゴ風ガーリックバター焼き。先日上賀茂のなかむらでゲットしてきた徳島産の特大特厚椎茸で、美味しさを全部とじこめる調理法だったので、めっちゃ美味しかった。ほんとに焼いてるときエスカルゴの香りがした(笑)。食感と味は柔らかいアワビのようでした。

きょうのメインはおでん。

ロマネスコ

賀茂葱と焼きアゲの酢味噌和え。

ホウレンソウのおひたし

大根の醤油づけとぬか漬け。以上でした。
saysei at 22:06|Permalink│Comments(0)│
2024年01月27日
宮川一夫『キャメラマン一代』を読む
きょうは処分しようと思っていた本の中で、まだ読んでなかった本を一冊、映画のキャメラマンとして42人の監督の女房役として132本の作品を撮ったという宮川一夫さんの『キャメラマン一代~私の映画人生60年』(PHP研究所 1985刊)を読みました。これがとっても面白かった。
なにしろ長い撮影期間の間ずっと監督の最も重要な相棒として、そのすぐ近くで監督のふるまいを目撃し、その言葉を直接耳にし、議論しあって、ときに激しくぶつかりさえするような関係を取り結ぶこと42人、132本というのですから、自分がかかわったどの監督、どの作品についても、たとえちょっとしたエピソードにしても、実に生々しい、この人でなければ語れないことがあって、その監督、その作品に心を動かされたことのある人なら誰しも興味津々で読まずにはいられないことがいっぱい。
中でも、「宮本武蔵」の稲垣浩、「羅生門」の黒澤明、「浮草」の小津安二郎、「瀬戸内少年野球団」の篠田正弘、「お遊さま」、「雨月物語」、「近松物語」の溝口健二についての回顧はとても興味深かった。
「羅生門」では登場人物の背後に太陽が大きく輝いていなくてはならないという技術的に無茶な要求にたいして、森の木々の枝の間から射す木漏れ陽を使って見事に監督の要請に応えたエピソード、「浮草」では小津のローアングルをめぐるやりとり、「雨月物語」では溝口の言う、「映画ってのはね、絵巻物なんだよ」という言葉、あるいは「近松物語」では「惚れちゃ困る」(主演の長谷川一夫が美男過ぎて、最初からおさんが彼に惚れていたら全然話が違ってきてしまう。心中しようと舟に乗ってから茂兵衛の告白を受けて初めて、おさんが、「それを聴いて死にとうのうなった」というのでなければならない)という溝口のつぶやき・・・それぞれに興味深い回顧でした。
もう一つ、私が知らなかった映像で宮川さんが撮ったことを初めて知ったのは、サントリーの1981年のテレビコマーシャル「雨と子犬」です。これはカンヌ国際映画祭のCM部門で金賞をとったそうですが、YouTubeで動画が公開されていたので、早速見ることができました。保健所で屠殺処分されるのを待つばかりだった雑種犬をひきとって、その子犬が雨の京都の街を、自転車にぶつかりそうになったり、頼りなげに歩きまわる姿を子犬と同じ低いカメラ位置で撮って、最後に「いろんな命が生きているんだなぁ。・・・元気で、とりあえず元気で。・・・みんな元気で」というナレーションで終わる60秒のCMです。
子犬は「トリス」と呼ばれ、CM撮影が終わってから、或る飼い主に引き取られ、幸せに暮らしていることもYouTubeのほかの情報で分かっています。このCMを宮川さんが撮ったのだそうで、企画・コピーはコピーライターとして著名な仲畑貴志だそうですから、一流のスタッフの才能を結集して制作された映像だったのでしょう。いまみても、とてもいいです。
宮川さんは本書の中で、こんな言葉を残しています。
「私にいわせれば、シナリオを脚本家にまかせたままにせず、監督も一緒に練るべきだし、監督が脚本を書けるというくらいじゃないと駄目です。・・・ 昔の監督で現在も立派な仕事をしているのは、全部自分で脚本を書いた人です。脚本を書けなかった監督は皆崩れてしまったり、消えてしまいました。」(p205)
売れっ子映画監督が、ヒット狙いでベストセラーマンガなどを原作として採用し、脚本はもちろん脚本家任せ、といったことがありふれたことになってしまった今、志のある映画監督は宮川さんのこうした言葉を胸に刻んで初心にかえってほしいな、と思いますね。濱口竜介さんなどは、その点では志のある信頼できる映画監督だなぁ、とあらためて思います。
時代考証についても宮川さんは当然ながらいまの映画やテレビの時代劇のいいかげんさを厳しく批判しています。みなさんも、こういう目でNHKの大河ドラマを御覧になってはいかがでしょう?(笑)
「私は、その時代よりも新しいものを出しては絶対だめだと思います。それより古い分にはいくら古くてもかまわない。…価値があるかどうかということではなく、さかのぼって古い物は、画面にあってもいいが、その映画より新しい物はだめだということです。これはあり得ないことだからです。
なにしろ長い撮影期間の間ずっと監督の最も重要な相棒として、そのすぐ近くで監督のふるまいを目撃し、その言葉を直接耳にし、議論しあって、ときに激しくぶつかりさえするような関係を取り結ぶこと42人、132本というのですから、自分がかかわったどの監督、どの作品についても、たとえちょっとしたエピソードにしても、実に生々しい、この人でなければ語れないことがあって、その監督、その作品に心を動かされたことのある人なら誰しも興味津々で読まずにはいられないことがいっぱい。
中でも、「宮本武蔵」の稲垣浩、「羅生門」の黒澤明、「浮草」の小津安二郎、「瀬戸内少年野球団」の篠田正弘、「お遊さま」、「雨月物語」、「近松物語」の溝口健二についての回顧はとても興味深かった。
「羅生門」では登場人物の背後に太陽が大きく輝いていなくてはならないという技術的に無茶な要求にたいして、森の木々の枝の間から射す木漏れ陽を使って見事に監督の要請に応えたエピソード、「浮草」では小津のローアングルをめぐるやりとり、「雨月物語」では溝口の言う、「映画ってのはね、絵巻物なんだよ」という言葉、あるいは「近松物語」では「惚れちゃ困る」(主演の長谷川一夫が美男過ぎて、最初からおさんが彼に惚れていたら全然話が違ってきてしまう。心中しようと舟に乗ってから茂兵衛の告白を受けて初めて、おさんが、「それを聴いて死にとうのうなった」というのでなければならない)という溝口のつぶやき・・・それぞれに興味深い回顧でした。
もう一つ、私が知らなかった映像で宮川さんが撮ったことを初めて知ったのは、サントリーの1981年のテレビコマーシャル「雨と子犬」です。これはカンヌ国際映画祭のCM部門で金賞をとったそうですが、YouTubeで動画が公開されていたので、早速見ることができました。保健所で屠殺処分されるのを待つばかりだった雑種犬をひきとって、その子犬が雨の京都の街を、自転車にぶつかりそうになったり、頼りなげに歩きまわる姿を子犬と同じ低いカメラ位置で撮って、最後に「いろんな命が生きているんだなぁ。・・・元気で、とりあえず元気で。・・・みんな元気で」というナレーションで終わる60秒のCMです。
子犬は「トリス」と呼ばれ、CM撮影が終わってから、或る飼い主に引き取られ、幸せに暮らしていることもYouTubeのほかの情報で分かっています。このCMを宮川さんが撮ったのだそうで、企画・コピーはコピーライターとして著名な仲畑貴志だそうですから、一流のスタッフの才能を結集して制作された映像だったのでしょう。いまみても、とてもいいです。
宮川さんは本書の中で、こんな言葉を残しています。
「私にいわせれば、シナリオを脚本家にまかせたままにせず、監督も一緒に練るべきだし、監督が脚本を書けるというくらいじゃないと駄目です。・・・ 昔の監督で現在も立派な仕事をしているのは、全部自分で脚本を書いた人です。脚本を書けなかった監督は皆崩れてしまったり、消えてしまいました。」(p205)
売れっ子映画監督が、ヒット狙いでベストセラーマンガなどを原作として採用し、脚本はもちろん脚本家任せ、といったことがありふれたことになってしまった今、志のある映画監督は宮川さんのこうした言葉を胸に刻んで初心にかえってほしいな、と思いますね。濱口竜介さんなどは、その点では志のある信頼できる映画監督だなぁ、とあらためて思います。
時代考証についても宮川さんは当然ながらいまの映画やテレビの時代劇のいいかげんさを厳しく批判しています。みなさんも、こういう目でNHKの大河ドラマを御覧になってはいかがでしょう?(笑)
「私は、その時代よりも新しいものを出しては絶対だめだと思います。それより古い分にはいくら古くてもかまわない。…価値があるかどうかということではなく、さかのぼって古い物は、画面にあってもいいが、その映画より新しい物はだめだということです。これはあり得ないことだからです。
それが、全部混同してしまった時代劇もよく見受けます。テレビを見ていてもヒヤッとすることが、たびたびあるのです。・・・
・・・お姫様画立ったまま襖を開けたりする。御殿ではそんなことはあり得ません。どんなに慌てていても、奥女中が必ず襖のところにいますから、自分の手を使って開けることはありません。お姫様や殿さまが自分で襖を開けて出て来る―そんな馬鹿なことはありません。」(p193-194)
宮川さんはここでは襖の開け閉めや、茶碗などの小道具を例に挙げて語っていますが、登場人物の使う言葉についても同じことが言えるでしょう。さすがにそこまでひどいことはしないだろう、と思って言葉を俎上にはあげなかったのかもしれませんが、平安時代の人間のはずがいまのジャリタレのお喋りのような「現代語」を平気で喋りまくる「時代劇」を宮川さんが御覧になったら、さぞびっくり仰天されたことでしょう。
キャメラマンや映画監督の年齢についても、体験的に結構厳しい見方をしておられたようです。
「『僕、はっきりいうよ。映画のキャメラマンでも、定年は五十五歳だと思う。~ん、その僕が今でもやってるのはおかしいか』といって笑ってしまいました。
宮川さんはここでは襖の開け閉めや、茶碗などの小道具を例に挙げて語っていますが、登場人物の使う言葉についても同じことが言えるでしょう。さすがにそこまでひどいことはしないだろう、と思って言葉を俎上にはあげなかったのかもしれませんが、平安時代の人間のはずがいまのジャリタレのお喋りのような「現代語」を平気で喋りまくる「時代劇」を宮川さんが御覧になったら、さぞびっくり仰天されたことでしょう。
キャメラマンや映画監督の年齢についても、体験的に結構厳しい見方をしておられたようです。
「『僕、はっきりいうよ。映画のキャメラマンでも、定年は五十五歳だと思う。~ん、その僕が今でもやってるのはおかしいか』といって笑ってしまいました。
私は、正直いって、ニュースキャメラマンは四十歳までだと思っています。若い時からニュースをやってきた人で、すぐれたカンと経験をもってしても、その限界は四十四、五歳です。
・・・ 監督も気持よく、自分の思う通りの映画を撮っていたのは、やはり二十七、八歳です。昔は、若かったものです。今では、大学を卒業後、十年近く助監督をして、メガホンを握るのは三十四、五歳になってしまいます。するとやはり、映画にぶつかっていく勢いが違ってきます。(p114-115)
まぁ今はみんな昔に比べると年齢のわりに若返っているから、今なら四十四、五まではいけるのかな?(笑)。
きょうの夕餉

すき焼き風煮物

カブラ蒸し

塩鮭

モズクきゅうり酢

スウェーデンカブラの葉の胡麻和え(昨日の残り)

手羽先と大根の煮つけ(昨日の残り)
(以上でした。)
きょうは「帰郷」を少し書き進め、午后は宮川さんの『キャメラマン一代』を読んでいました。
インコのアーちゃんが餌を替える時、ケージの大きく手前へ開くことのできる正面について、なんだか出たそうにするので、そのまま手前にケージの全面を開いてやると、戸惑った様子でしたが、おいで、と手を出すと、前の方へおずおずと近づいて、いかにも私の手か膝の上に飛んできそうな気配でしたが、飛んだ、と思ったらケージの横面にとまって、すぐにまたみずからケージの中へ戻ってしまいました。ずっとケージの中で暮らしているので、外の世界へ出ることに臆病になっていて、以前にも出してやったことがあって、部屋の中を自由に飛び回るかな、と思ったのですが、焦ってケージにとりついて、一刻も早くケージの中へ戻りたい、といった様子でした。
しかし今日は、もう一度同じようにケージの全面を開いてやると、その上に乗っておずおずとこちらへ近づき、ついに私の手の上に飛んできました。ところが彼の脚は高齢のせいか曲がっていて、ケージの中の細い止まり木にはつかまれるのですが、私の手の上ではうまく安定してとまることができず、下を向いて、翼をやや広げて、とまどうようでした。それでじきにまたケージの中へ戻っていってしまいましたが、数年間預かっていて、こんなふうに私の手の上に飛んできてとまる、なんてことは初めてのことでした。やはり毎日餌を与えたり、くちばしや爪をなでて愛情を示しているので、アーちゃんのほうもそれに応えるような感情が芽生えているようです。それにしても随分高齢になってからブランコに(おやすみという消灯の直前だけ)乗ってみせたり、こうして手の上に飛んできたりと、あたらしいことに挑戦するのは大したものだと感心しているところです。
まぁ今はみんな昔に比べると年齢のわりに若返っているから、今なら四十四、五まではいけるのかな?(笑)。
きょうの夕餉

すき焼き風煮物

カブラ蒸し

塩鮭

モズクきゅうり酢

スウェーデンカブラの葉の胡麻和え(昨日の残り)

手羽先と大根の煮つけ(昨日の残り)
(以上でした。)
きょうは「帰郷」を少し書き進め、午后は宮川さんの『キャメラマン一代』を読んでいました。
インコのアーちゃんが餌を替える時、ケージの大きく手前へ開くことのできる正面について、なんだか出たそうにするので、そのまま手前にケージの全面を開いてやると、戸惑った様子でしたが、おいで、と手を出すと、前の方へおずおずと近づいて、いかにも私の手か膝の上に飛んできそうな気配でしたが、飛んだ、と思ったらケージの横面にとまって、すぐにまたみずからケージの中へ戻ってしまいました。ずっとケージの中で暮らしているので、外の世界へ出ることに臆病になっていて、以前にも出してやったことがあって、部屋の中を自由に飛び回るかな、と思ったのですが、焦ってケージにとりついて、一刻も早くケージの中へ戻りたい、といった様子でした。
しかし今日は、もう一度同じようにケージの全面を開いてやると、その上に乗っておずおずとこちらへ近づき、ついに私の手の上に飛んできました。ところが彼の脚は高齢のせいか曲がっていて、ケージの中の細い止まり木にはつかまれるのですが、私の手の上ではうまく安定してとまることができず、下を向いて、翼をやや広げて、とまどうようでした。それでじきにまたケージの中へ戻っていってしまいましたが、数年間預かっていて、こんなふうに私の手の上に飛んできてとまる、なんてことは初めてのことでした。やはり毎日餌を与えたり、くちばしや爪をなでて愛情を示しているので、アーちゃんのほうもそれに応えるような感情が芽生えているようです。それにしても随分高齢になってからブランコに(おやすみという消灯の直前だけ)乗ってみせたり、こうして手の上に飛んできたりと、あたらしいことに挑戦するのは大したものだと感心しているところです。
saysei at 21:36|Permalink│Comments(0)│
2024年01月26日
糸島野菜が届く

次男が、福岡県の糸島から野菜が送られてくるのだけれど、昼間受け取れないだろうから、こちらの住所に送ってもらってもいいか、と二、三日前に言っていましたが、きょう、その野菜が届きました。
どういう縁あってこれまで私など全然知らなかった糸島というところの野菜が送られてくることになったのか、次男は仕事が多忙なようで詳しい説明もないままなので、いまのところは不明ですが、送られてきた野菜はすばらしくのびのび生長した、新鮮で美味しそうな野菜ばかり。
それもそこらのスーパーでふだん売っているありふれた野菜からみれば、けっこう珍しい野菜ばかりで、パートナーは大喜び。おいおい、届け先をこちらにして、預かっただけじゃないの?と心配顔の私に、「要る時は要る野菜をとりにくるって言ってたから大丈夫」などといって、今晩も孫が夕食に来るのをよいことに、どうせあの子がうちで食べても自分ちで食べても同じことだから・・・と早速今晩からこの新鮮な野菜を使った各種野菜の天ぷらをメインディッシュにするつもりのようです。孫もまあ美味しいものには眼がないから、バリバリ食べてくれるでしょう。
野菜とともに、説明書きのメモが入っていて、それを見るとこんな多様な野菜が入っていました。
・カレンデュラ(食べられる花)
・ショウガ
・パクチー
・キャベツ
・白菜
・ニンジン
・カリフラワー
・ブロッコリー
・ビーツ
・ルタバブ(スウェーデンカブ)
・バターナッツカボチャ
・つぼみ菜
・伏見寒咲花菜(いわゆる「京都野菜」の菜の花ですね)
私はけっこう珍しい野菜のオンパレードだと思いましたが、この中でパートナーが初めてだったのは「ルタバブ」だけだったようです。葉を齧って見て、甘いから、きっとカブ本体も甘いんじゃないかな、とのこと。パクチーなども「なかむら」でよく買ったりしていたものの2倍、3倍のサイズの逞しく育ったパクチーでしたし、つぼみ菜なども堂々たるものです。

きょうの夕餉は昨日につづいて孫が来てくれて、一緒に糸島の野菜を堪能しました。メインは野菜の天ぷら。次男に連絡をとったら、仕事で先輩の(たぶん映画づくりを)手伝ったお礼に送ってくれたものだから食べてもらったらいい、というので、安心していただきました。バターナッツカボチャ、タマネギ、つぼみ菜、カブラ。別の皿には、カリフラワーやブロッコリ、ネギ、それに赤や黒のニンジン葉の掻き揚げなどもありました。(撮り損ね)

天ぷらにつけるパクチーやカレンデュラを入れたタルタルソース。

ブロッコリーとカリフラワー

ルタバブ(スウェーデンカブ)の葉の胡麻和え。甘味があって美味しかった。

大根の醤油漬け。

手羽先大根

メバルの煮つけ

モズクきゅうり酢

シラコポン酢(孫専用)

五目黒豆納豆

イクラと明太子(孫専用)

キムチとぬか漬け

粕汁
(以上でした。)
孫も美味しかったとみえてよく食べ、帰りにはたくさんの野菜を持ち帰りました。おばあちゃんのキャラウェイシード入りパウンドケーキも。
サッカー全日本チーム、インドネシアに勝てて良かったね。それでも以前の強い日本ならインドネシアに1点献上することはなかったでしょうが・・・。次は韓国でもヨルダンでもなくてバーレーンだそうです。どの一戦も何が起きるかは分かりません。一度ランキングなんかでずっと「格下」だと思っている相手に敗れると、ほかのすべてのチームも、日本は圧倒的に強いわけじゃないな、おれたちにも勝てるチャンスはあるぞ、と思う、その自信が本当に果敢なプレイを呼んでいわゆる「番狂わせ」が起きたりするのでしょう。
アメリカ大統領選の共和党予備選はトランプが依然非常に強いようで、たぶん指名は確実ではないでしょうか。そして世論調査では、わずかながらバイデンをトランプがリードしているそうです。えらいことになってきました。世界の将来はもちろん、米国自身の将来にとっても大きな禍根を残すことになりそうです。しかしアメリカ国民がそれを望むなら仕方のないことで、トランプ大統領の実現で、日本の無条件アメリカ追従が少しは内省されればいいのですが。
トランプの再選は悪夢だけれど、バイデンがいいわけでも何でもありません。多くの米国の「無党派層」と同様、私も、二人ともできる限り早々に引っ込んでほしいと思います。バイデンも単に高齢だからというだけでなく、民族殲滅作戦を続けるイスラエルをやめさせられず、リベラルはポーズだけで数万人のパレスチナ市民の殺害を後押しするなんてのは、戦争犯罪の共同正犯でしょう。こんな連中に世界が振り回されるのではかなわない。アメリカにはもう何も期待せずに、モンロー主義で自閉的におこもりしていてくれるほうがいいでしょう。ならばバイデンよりトランプのほうがそうしてくれる可能性が高いか?(笑)。
saysei at 18:10|Permalink│Comments(0)│
はやりかぜのおまじない札~加藤先生の『図書』の表紙

昨日、加藤静允先生から岩波書店の広報誌『図書』の2月号を送っていただきました。表紙に、「はやり風邪のおまじない札」を屋根の上から小鬼がさかさまになって覗いているところを描いたユーモラスな絵で、先生自筆の説明つきです。
小鬼が家の中に入って悪さをしないように、子どもの名を入れて「たっちゃんるす」というお札を逆さまに戸口に貼っておくのだそうです。なぜ逆さまかといえば、小鬼は屋根の上から逆さまになって家の中を覗きこむから、そのとき簡単に読めるように小鬼の立場に立って親切なことに貼り紙を逆さまにしておくのですね。
この絵は先生に以前に戴いた『春夏秋冬帖』という、先生がお住いの(ということは私が住んでいる地域でもありますが)山端から修学院あるいは一乗寺界隈、高野川周辺や比叡山麓といった地域の景観、風物、行事、生き物や野菜、身の回りの工芸品、それに雷神や河童のような想像の世界等々を、どこかユーモラスなところのある温かい筆致で描いた絵と文章から成る素敵な画集の中の一葉で、私はこの画集を毎日開いてはどこかのページを眺めて楽しんでいますが、この小鬼の覗くおまじない札の絵は大好きな絵の一つです。
この絵の表紙の裏ページには、加藤先生の「はやりかぜのおまじない札」という一文が掲載されています。このおまじない札にまつわる思い出を語りながら、先ごろの新型コロナウィルスをめぐる世の中の騒ぎや政府の頓珍漢な対応に、洗練された風刺でちょいとサビを利かせながら、全体としては温かいユーモアあふれる先生独特の文章です。
添えて下さったお手紙によれば、この表紙の執筆依頼から長い間「逃げて」いらしたのを、「逃げる力と智慧がなくなって」お引き受けになった由。今年いっぱい順次掲載されるのだろうと思います。わたしたち読者にとっては逆にめったにない幸運で、わたしはすぐに『図書』を一年分予約しました。
一年間、毎月加藤先生の表紙と文章が読めるなんて、ほんとに愉しみです。先生は今年満の米壽をお迎えになるそうです。益々お元気で、「逃げずに」(笑)どんどん書いていただきたいものです。
saysei at 17:47|Permalink│Comments(0)│
2024年01月25日
”又聞き”ニュース~大谷グローブの行方、政治家の器量、京都市のICT音痴
スマホのSNSやニュース記事の類は自分では殆ど見ないので、朝食後にゆっくりパートナーとお喋りしている時間に、スマホ情報の熱心な読者であるパートナーから、こんなことがあったらしい、誰それがこんなバカなことを言ったらしい、それに対して沢山のひとがこう言っている、というふうな前日からその日にかけての大小さまざまのニュースに「又聞き」で触れて、なんとなく世の中の空気を感じるのが、最近の習慣になっています。
そうした「又聞きニュース」は、新聞やテレビの情報の、やや取り澄ました表現とは違って、同じことを取り上げていても、当事者たちが思わず漏らすホンネみたいなものがナマの言葉で伝わってきたり、それに対するSNS的「世間」の反応がほとんど同時に分かるので、わざわざ自分から情報源として生真面目に情報を取りに行こうなどという気にはならないけれど、パートナーという常識的なフィルターを通して「精選」された、彼女の怒りや嘲りや賞賛などの感情的反応も交え、評価を含んで、いっぱいバイアスのかかったその場限りの情報をひととおり聞くのは、世間の狭い私が世の中の空気を感じ取る上で便利で、重宝しています。
但し、以下に取り上げる話題もあえてこれが真実です、などと主張しようとはつゆほども考えてはいない、所詮はバイアスのかかった「又聞きニュース」ですから、そのつもりでお楽しみ下さい。
昨日ときょう二度にわたってその「又聞きニュース」に登場したのは、九州でしたか、どこやらの市長らしき人物が、大谷翔平選手が全国の小学校にもれなく3個ずつのサイン入り特製グローブを贈ったのに対して、そのグローブを何を勘違いしたのか、「多くの市民に見てもらえるから」と市役所内に飾り、多くの人から批判されても「(小学校に)渡さないとは言っていない」などと抗弁して、またまた「渡すも渡さないも、そもそもお前のモノじゃないだろ!」と当然の非難を浴びている、という「ニュース」でした。おまけに、彼は「誹謗中傷するものは訴えてやる」などと居直っているそうで、みなあきれ果てている由。
大谷選手が超有名人であることは知っていても、彼がわざわざ全国の小学校に「野球をしようぜ!」という言葉を添えてグローブを贈った気持ちなど全く理解せず、理解しようという気持ちもなく、なにか自分のものであるかのように勘違いして、小学校に「渡してやる」かどうかもご自分の判断次第とでも考えておられるようです。
世の中にはいつも常識では考えられないような奇妙奇天烈な考え方をする人というのは、ままあるものですから、こんなご仁がいたからといって、いまさら驚きはしませんが、それよりも、「そんな馬鹿なことをしたら、市民からも呆れられ、反発をくらうし、全国の笑いものになりますよ」と言ってやめさせる人がこの市長さんのまわりには一人もいなかったのか、とそっちのほうが異様な感じがします。
少し前に役所内で強烈なパワハラ発言を繰り返していてとうとう告訴された市長だか町長だかのニュースが話題になりましたが、あれと同様に、この市長も極端な唯我独尊のワンマン体質で、自分に逆らうような輩には権力をもって潰すというふうな人であったのかもな、と容易に憶測することはできますが、それにしても市長だけではなく、周囲の市の幹部連中もどうしようもない連中であることは確かめるまでもないと思いますがいかがでしょうか。こんな市長を選んでいる市民の顔が見たい(笑)、と市民以外の人はみな思い、市民のほうだってごく普通の感覚をもっているなら、きっと恥ずかしく思っていることでしょう。
これと似た政治家の醜聞で、少し前の「又聞きニュース」ですが、いずれは総理の座につくかも、などと言われていた自民党の幹部で、コロナ対策の頃は毎日テレビに出て来て顔を売りまくっていた西村某氏が、選挙区へ帰って、今回の政治資金パーティーの集金ノルマ以上に集めた金の還元を受けて、法に定められた記帳をせずにいた、政治資金規正法違反を問われた事件に関して、自分は無実である、と主張する刷り物を有権者に配布していた、とのこと。
これまた、地元の有権者たちは、自分たちがこんな器の小さい政治家を選んでいたのか、と恥ずかしく思ったのではないでしょうか。法的にやり玉に上がるのが会計責任者だけで、彼等に指示する立場にある政治家は、事前の指示や相談など共謀の証拠がない限り法的に罪を問うことができないために、今回も安倍派6人衆をはじめ、大物政治家たちはみな立件を免れましたが、これは過去の汚職容疑に問われた政治家たちが一様に「秘書が、秘書が・・・」と秘書が独断で犯した犯罪であるかのように言い逃れて、罪を自分たちの権力でどうにでもなる秘書に背負わせてきたのとまったく同じ構図であることは誰の目にも明らかです。
本来なら、「連帯責任」どころか、権力を持ち、業務を指示する立場にある政治家のほうが、悪質な主犯であって、真っ先に最も重い罪に問われるべき立場にあることは国民のだれもが知っているでしょう。それなのに、政治家たち自身が自分たちの身を守るために、こんな法律でごまかしているだけであることも常識でしょう。
従って、ほんとうに潔白な、政治家としての矜持、責任感、道義を具えた人物であれば、自分が直接に会計責任者に具体的な指示をしたかしなかったかに関わらず、「会計責任者を含めて自分の事務所のスタッフの業務全体に関してはすべて自分の責任であり、事務所としてのコンプライアンス(法令遵守)を維持し、適正に管理する管理責任はすべて自分にある」と真っ先に有権者の前に出て謝罪するのがあるべき姿でしょう。
西村がみせているのは、まさにそういう政治家がとるべき姿勢とは真逆の、目下の者に責任を押し付け、自分だけは責任逃れをして、一身の無実だけを有権者に訴えるという、政治家としても人間としても最低の卑怯卑劣な姿勢と言うしかないと思いますが、いかがでしょうか。
そんなことをする暇があるなら、能登半島に駆けつけて被災者を救援し、壊滅状態の生活インフラの再建をなんとしても一日も早く成し遂げる方途を見つけ出すのが、国政を担う政治家としてのあるべき姿ではないか。
こんな政治家たちが、国防などと騒いで、大枚の税金をはたいて、危なっかしい米国のお古の武器を調達し、抑止力を高めるなどとほざいているのですが、こんな卑劣・卑怯な器の小さい「指導者」に従って「国を守る」気になどなれるわけがないのではないでしょうか。普段のこうした彼等の姿を見ていれば、彼らはいざとなれば、まっさきに逃げ出し、その責任をまた部下に背負わせるのではないか、という危惧を抱く方がまともでしょう。
きょうの「又聞きニュース」の中には、耳の遠い私には聞こえないラジオで報道されていたらしい、京都市に関するものがありました。災害のような緊急の事態が生じたとき、市民の少なからぬ人々が市役所の関連部署に情報を求め、問い合わせ、あるいは必要なことを伝えようと連絡するでしょう。ところがそのニュースによれば、驚いたことに、これまで京都市にはそういった市民からの連絡チャンネルは電話しかなくて、それも「営業時間」を過ぎれば、保安室につながるだけで、そこからさらに連絡先を見出して連絡しなければ必要な部署にはつながらないそうです。
だから、これからウェブサイトからも直接連絡できるようにするそうだ、というのがそのニュースの主旨だったようですが、これには驚かされました。えっ?いままで、そんなチャンネルも用意されず、電話一本で、しかもデパートみたいに役所の業務が終わる時刻になれば「ただいまは営業時間外です」などという例の冷酷な録音の音声が聞こえてくるだけに等しい扱いだったわけです。これが市民のくらしと命を守るはずのお役所仕事の実態なのでした。
スマホなんてまだ無かったけれど、従来はスタンドアローンでしかなかったパソコンが、インターネットの普及でようやく広大なウェブの世界とつながり、手軽にメールをかわすこともできるようになってきたころ、この動きは今後爆発的に全国各世帯に広がって、誰もが利用するようになるだろうと思ったので、こんなものは理屈よりまず自分の道具として使っていくことで自然にリテラシーを獲得していくべきものだと思い、あるときまだ中学生と小学生だった二人の息子たちにデスクトップのマックを安月給のなかからエイヤっと少々張り込んで買い与えたことがありました。その彼等もすでに40代前半になっていますから、およそ30年前の話です。
つまり金持ちでもない一市民が小中学生の息子たちにインターネットが使える最小限の環境をととのえた時点から30年たっても、まだ京都市では、緊急時に市民からのウェブ経由の連絡ひとつ受けられる用意がなくて、旧態依然とした電話一本で済ませ、それも営業時間が終わればあとは「営業時間外です」と冷たく録音の声を返しておけばいいかのような(実際には保安室にはつながっているとしても)ひどい状態だったのです。30年間、歴代市長さんたちは何をしていたのでしょう?(笑)
これだけ世の中で災害をはじめ大変なことが頻発するようになっても、京都市の幹部の間には危機意識が芽生えなかったようです。南海トラフ地震が30年以内の70~80%の確率で起きるという報告書が出たのはもう何年か前のことです。海辺じゃないから影響が少ないとのんびり構えているのかもしれないけれど、私たちが住む地域の比較的近くを47kmにもわたる花折断層が走っていて、これが原因で地震が起きればマグニチュード7.5級の大地震だそうです。
私などの住む地域は震度7強ものとてつもない地震になるかも、と京都市自身の情報でも出ています。死者は3,300~5,400人、負傷者は111,900~163,400人、家屋全壊117,800棟、半壊44,300棟、断水52万戸、停電147,000戸、ガス停止68.8万件、電話不通76,000件と予測されています。能登半島どころの被害ではないのです。
しかし、政府機関の出している情報によれば、花折断層の最新の活動は300年ほど前のことなので、地殻変動の周期として考えられる2000年だとかいった地質年代的な長期間から考えるとまだ「最近」のことであって、今後30年以内に発生する確率は0~0.6%と普通に考えれば低くなっています。
とはいえ、政府機関の報告書の記述では、「本評価で得られた地震発生の長期確率には幅があるが、その最大値をとると、花折断層帯中南部は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属することになる」のだそうで、ほんとうのところは実際に地震が起きる確率が高いのだか低いのだか、素人の私にはよく分かりません。
今回の能登地震でも近年、かなりの群発地震があったにも関わらず、首都直下型地震や南海トラフ地震が注目されるほどには注目されず、具体的な予想も出ていないところへ不意打ちされたような形になっていましたから、地震の予知というのは、いまだに非常に困難なものであることがわかります。
従って、そうした災害に対する備えを平穏な時から、計画的に進めておくことが重要なはずですが、京都に住んでいて、市や府が防災対策にかく計画的に取り組んでいる、だから安心してくれ、という情報が与えられたという覚えは、私たちにはほとんどありません。
たまに消防署の人が来て、近所の公園などで消化器の使い方を実演したり、救急救命具の使い方を指導したりしている程度で、どの程度の災害で具体的にどんなことが起こりうるのか、それが起きてしまったとき、私たちはどういう行動をとればいいのか、これまで半世紀京都に暮らしていても、一度もそういうことを学ぶ機会は、受動的な暮らしをしている限り一つもなかった、と言っていいでしょう。
もちろん、こちらから市役所の防災担当課にでも言って資料をもらったり、問いただしたり、ウェブサイトで京都市の防災情報を閲覧すれば、ある程度の情報は取り出せるでしょうが、さて大多数の市民がそこまで能動的になれるかどうか。
私はハザードマップだとか、いまの地震の情報だとか、市や国の出しているウェブサイトの情報を覗いてみましたが、非常に分かりにくい。とても一般市民がそれを見て、自分のところはどうなのか、ひとめで分かるといった情報にはなっていなくて、ごく大雑把に、ああハザードマップではうちのあたりもみんな川が氾濫して水浸しになる地域なんだな、くらいのことしか分からないし、大きな地震が起きればこんなに人が死に、こんなに家が倒れるんだ、くらいのことしか分かりません。これでひとりひとりの市民が自分や家族の命を守ることができるでしょうか?
こういうことは、専門家に任せて、専門的な知見をただ情報公開していれば市としての責任が果たせるわけではありません。
もっとごく普通の市民が何人も加わって、ほんとうに普通の市民が見て容易に自分の住む地域を防災の眼であらためて見る時、どんな問題があるのか、それに対して何をしなければならないのか、いざ災害が起きて終った時、自分はまずどこへどう動き、何をすればいいのか、そういったことが直観的に読み取れるような情報を発信していなければ、市の防災担当課としての責任は果たせないはずです。
そのためには、情報の発信者目線ではなく、受信者目線で考えることが不可欠なのですが、ほとんどのお役所のこうした情報発信はお役所とそれに協力を依頼される専門家による一方的な発信者目線で作られた情報でしかないのではないでしょうか。
受動的なごく普通の市民としての眼から見ている限り、いまの京都市にはまるでそういうことに想像力を働かせて防災に取り組もうとする意志が感じられません。いま市長選のさなかですが、いまのオール与党の長期政権に居座って来た市長が辞めるのはよいことだとしても、候補者に市長になってほしい人物が一人も見当たりません。防災ひとつとっても、まともな主張が聞こえてきません。また緊張感を欠いた怠惰なオール与党のお飾り市長が生まれるのでしょうか。
そうした「又聞きニュース」は、新聞やテレビの情報の、やや取り澄ました表現とは違って、同じことを取り上げていても、当事者たちが思わず漏らすホンネみたいなものがナマの言葉で伝わってきたり、それに対するSNS的「世間」の反応がほとんど同時に分かるので、わざわざ自分から情報源として生真面目に情報を取りに行こうなどという気にはならないけれど、パートナーという常識的なフィルターを通して「精選」された、彼女の怒りや嘲りや賞賛などの感情的反応も交え、評価を含んで、いっぱいバイアスのかかったその場限りの情報をひととおり聞くのは、世間の狭い私が世の中の空気を感じ取る上で便利で、重宝しています。
但し、以下に取り上げる話題もあえてこれが真実です、などと主張しようとはつゆほども考えてはいない、所詮はバイアスのかかった「又聞きニュース」ですから、そのつもりでお楽しみ下さい。
昨日ときょう二度にわたってその「又聞きニュース」に登場したのは、九州でしたか、どこやらの市長らしき人物が、大谷翔平選手が全国の小学校にもれなく3個ずつのサイン入り特製グローブを贈ったのに対して、そのグローブを何を勘違いしたのか、「多くの市民に見てもらえるから」と市役所内に飾り、多くの人から批判されても「(小学校に)渡さないとは言っていない」などと抗弁して、またまた「渡すも渡さないも、そもそもお前のモノじゃないだろ!」と当然の非難を浴びている、という「ニュース」でした。おまけに、彼は「誹謗中傷するものは訴えてやる」などと居直っているそうで、みなあきれ果てている由。
大谷選手が超有名人であることは知っていても、彼がわざわざ全国の小学校に「野球をしようぜ!」という言葉を添えてグローブを贈った気持ちなど全く理解せず、理解しようという気持ちもなく、なにか自分のものであるかのように勘違いして、小学校に「渡してやる」かどうかもご自分の判断次第とでも考えておられるようです。
世の中にはいつも常識では考えられないような奇妙奇天烈な考え方をする人というのは、ままあるものですから、こんなご仁がいたからといって、いまさら驚きはしませんが、それよりも、「そんな馬鹿なことをしたら、市民からも呆れられ、反発をくらうし、全国の笑いものになりますよ」と言ってやめさせる人がこの市長さんのまわりには一人もいなかったのか、とそっちのほうが異様な感じがします。
少し前に役所内で強烈なパワハラ発言を繰り返していてとうとう告訴された市長だか町長だかのニュースが話題になりましたが、あれと同様に、この市長も極端な唯我独尊のワンマン体質で、自分に逆らうような輩には権力をもって潰すというふうな人であったのかもな、と容易に憶測することはできますが、それにしても市長だけではなく、周囲の市の幹部連中もどうしようもない連中であることは確かめるまでもないと思いますがいかがでしょうか。こんな市長を選んでいる市民の顔が見たい(笑)、と市民以外の人はみな思い、市民のほうだってごく普通の感覚をもっているなら、きっと恥ずかしく思っていることでしょう。
これと似た政治家の醜聞で、少し前の「又聞きニュース」ですが、いずれは総理の座につくかも、などと言われていた自民党の幹部で、コロナ対策の頃は毎日テレビに出て来て顔を売りまくっていた西村某氏が、選挙区へ帰って、今回の政治資金パーティーの集金ノルマ以上に集めた金の還元を受けて、法に定められた記帳をせずにいた、政治資金規正法違反を問われた事件に関して、自分は無実である、と主張する刷り物を有権者に配布していた、とのこと。
これまた、地元の有権者たちは、自分たちがこんな器の小さい政治家を選んでいたのか、と恥ずかしく思ったのではないでしょうか。法的にやり玉に上がるのが会計責任者だけで、彼等に指示する立場にある政治家は、事前の指示や相談など共謀の証拠がない限り法的に罪を問うことができないために、今回も安倍派6人衆をはじめ、大物政治家たちはみな立件を免れましたが、これは過去の汚職容疑に問われた政治家たちが一様に「秘書が、秘書が・・・」と秘書が独断で犯した犯罪であるかのように言い逃れて、罪を自分たちの権力でどうにでもなる秘書に背負わせてきたのとまったく同じ構図であることは誰の目にも明らかです。
本来なら、「連帯責任」どころか、権力を持ち、業務を指示する立場にある政治家のほうが、悪質な主犯であって、真っ先に最も重い罪に問われるべき立場にあることは国民のだれもが知っているでしょう。それなのに、政治家たち自身が自分たちの身を守るために、こんな法律でごまかしているだけであることも常識でしょう。
従って、ほんとうに潔白な、政治家としての矜持、責任感、道義を具えた人物であれば、自分が直接に会計責任者に具体的な指示をしたかしなかったかに関わらず、「会計責任者を含めて自分の事務所のスタッフの業務全体に関してはすべて自分の責任であり、事務所としてのコンプライアンス(法令遵守)を維持し、適正に管理する管理責任はすべて自分にある」と真っ先に有権者の前に出て謝罪するのがあるべき姿でしょう。
西村がみせているのは、まさにそういう政治家がとるべき姿勢とは真逆の、目下の者に責任を押し付け、自分だけは責任逃れをして、一身の無実だけを有権者に訴えるという、政治家としても人間としても最低の卑怯卑劣な姿勢と言うしかないと思いますが、いかがでしょうか。
そんなことをする暇があるなら、能登半島に駆けつけて被災者を救援し、壊滅状態の生活インフラの再建をなんとしても一日も早く成し遂げる方途を見つけ出すのが、国政を担う政治家としてのあるべき姿ではないか。
こんな政治家たちが、国防などと騒いで、大枚の税金をはたいて、危なっかしい米国のお古の武器を調達し、抑止力を高めるなどとほざいているのですが、こんな卑劣・卑怯な器の小さい「指導者」に従って「国を守る」気になどなれるわけがないのではないでしょうか。普段のこうした彼等の姿を見ていれば、彼らはいざとなれば、まっさきに逃げ出し、その責任をまた部下に背負わせるのではないか、という危惧を抱く方がまともでしょう。
きょうの「又聞きニュース」の中には、耳の遠い私には聞こえないラジオで報道されていたらしい、京都市に関するものがありました。災害のような緊急の事態が生じたとき、市民の少なからぬ人々が市役所の関連部署に情報を求め、問い合わせ、あるいは必要なことを伝えようと連絡するでしょう。ところがそのニュースによれば、驚いたことに、これまで京都市にはそういった市民からの連絡チャンネルは電話しかなくて、それも「営業時間」を過ぎれば、保安室につながるだけで、そこからさらに連絡先を見出して連絡しなければ必要な部署にはつながらないそうです。
だから、これからウェブサイトからも直接連絡できるようにするそうだ、というのがそのニュースの主旨だったようですが、これには驚かされました。えっ?いままで、そんなチャンネルも用意されず、電話一本で、しかもデパートみたいに役所の業務が終わる時刻になれば「ただいまは営業時間外です」などという例の冷酷な録音の音声が聞こえてくるだけに等しい扱いだったわけです。これが市民のくらしと命を守るはずのお役所仕事の実態なのでした。
スマホなんてまだ無かったけれど、従来はスタンドアローンでしかなかったパソコンが、インターネットの普及でようやく広大なウェブの世界とつながり、手軽にメールをかわすこともできるようになってきたころ、この動きは今後爆発的に全国各世帯に広がって、誰もが利用するようになるだろうと思ったので、こんなものは理屈よりまず自分の道具として使っていくことで自然にリテラシーを獲得していくべきものだと思い、あるときまだ中学生と小学生だった二人の息子たちにデスクトップのマックを安月給のなかからエイヤっと少々張り込んで買い与えたことがありました。その彼等もすでに40代前半になっていますから、およそ30年前の話です。
つまり金持ちでもない一市民が小中学生の息子たちにインターネットが使える最小限の環境をととのえた時点から30年たっても、まだ京都市では、緊急時に市民からのウェブ経由の連絡ひとつ受けられる用意がなくて、旧態依然とした電話一本で済ませ、それも営業時間が終わればあとは「営業時間外です」と冷たく録音の声を返しておけばいいかのような(実際には保安室にはつながっているとしても)ひどい状態だったのです。30年間、歴代市長さんたちは何をしていたのでしょう?(笑)
これだけ世の中で災害をはじめ大変なことが頻発するようになっても、京都市の幹部の間には危機意識が芽生えなかったようです。南海トラフ地震が30年以内の70~80%の確率で起きるという報告書が出たのはもう何年か前のことです。海辺じゃないから影響が少ないとのんびり構えているのかもしれないけれど、私たちが住む地域の比較的近くを47kmにもわたる花折断層が走っていて、これが原因で地震が起きればマグニチュード7.5級の大地震だそうです。
私などの住む地域は震度7強ものとてつもない地震になるかも、と京都市自身の情報でも出ています。死者は3,300~5,400人、負傷者は111,900~163,400人、家屋全壊117,800棟、半壊44,300棟、断水52万戸、停電147,000戸、ガス停止68.8万件、電話不通76,000件と予測されています。能登半島どころの被害ではないのです。
しかし、政府機関の出している情報によれば、花折断層の最新の活動は300年ほど前のことなので、地殻変動の周期として考えられる2000年だとかいった地質年代的な長期間から考えるとまだ「最近」のことであって、今後30年以内に発生する確率は0~0.6%と普通に考えれば低くなっています。
とはいえ、政府機関の報告書の記述では、「本評価で得られた地震発生の長期確率には幅があるが、その最大値をとると、花折断層帯中南部は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属することになる」のだそうで、ほんとうのところは実際に地震が起きる確率が高いのだか低いのだか、素人の私にはよく分かりません。
今回の能登地震でも近年、かなりの群発地震があったにも関わらず、首都直下型地震や南海トラフ地震が注目されるほどには注目されず、具体的な予想も出ていないところへ不意打ちされたような形になっていましたから、地震の予知というのは、いまだに非常に困難なものであることがわかります。
従って、そうした災害に対する備えを平穏な時から、計画的に進めておくことが重要なはずですが、京都に住んでいて、市や府が防災対策にかく計画的に取り組んでいる、だから安心してくれ、という情報が与えられたという覚えは、私たちにはほとんどありません。
たまに消防署の人が来て、近所の公園などで消化器の使い方を実演したり、救急救命具の使い方を指導したりしている程度で、どの程度の災害で具体的にどんなことが起こりうるのか、それが起きてしまったとき、私たちはどういう行動をとればいいのか、これまで半世紀京都に暮らしていても、一度もそういうことを学ぶ機会は、受動的な暮らしをしている限り一つもなかった、と言っていいでしょう。
もちろん、こちらから市役所の防災担当課にでも言って資料をもらったり、問いただしたり、ウェブサイトで京都市の防災情報を閲覧すれば、ある程度の情報は取り出せるでしょうが、さて大多数の市民がそこまで能動的になれるかどうか。
私はハザードマップだとか、いまの地震の情報だとか、市や国の出しているウェブサイトの情報を覗いてみましたが、非常に分かりにくい。とても一般市民がそれを見て、自分のところはどうなのか、ひとめで分かるといった情報にはなっていなくて、ごく大雑把に、ああハザードマップではうちのあたりもみんな川が氾濫して水浸しになる地域なんだな、くらいのことしか分からないし、大きな地震が起きればこんなに人が死に、こんなに家が倒れるんだ、くらいのことしか分かりません。これでひとりひとりの市民が自分や家族の命を守ることができるでしょうか?
こういうことは、専門家に任せて、専門的な知見をただ情報公開していれば市としての責任が果たせるわけではありません。
もっとごく普通の市民が何人も加わって、ほんとうに普通の市民が見て容易に自分の住む地域を防災の眼であらためて見る時、どんな問題があるのか、それに対して何をしなければならないのか、いざ災害が起きて終った時、自分はまずどこへどう動き、何をすればいいのか、そういったことが直観的に読み取れるような情報を発信していなければ、市の防災担当課としての責任は果たせないはずです。
そのためには、情報の発信者目線ではなく、受信者目線で考えることが不可欠なのですが、ほとんどのお役所のこうした情報発信はお役所とそれに協力を依頼される専門家による一方的な発信者目線で作られた情報でしかないのではないでしょうか。
受動的なごく普通の市民としての眼から見ている限り、いまの京都市にはまるでそういうことに想像力を働かせて防災に取り組もうとする意志が感じられません。いま市長選のさなかですが、いまのオール与党の長期政権に居座って来た市長が辞めるのはよいことだとしても、候補者に市長になってほしい人物が一人も見当たりません。防災ひとつとっても、まともな主張が聞こえてきません。また緊張感を欠いた怠惰なオール与党のお飾り市長が生まれるのでしょうか。
saysei at 12:00|Permalink│Comments(0)│