2020年07月
2020年07月19日
『言葉と物』第二部第十章 人文諸科学 一 知の三面角 ~私的メモ
フーコーの知の考古学の観点からは、<人間>という概念自体が近代の産物であって、近代初頭に生じた知の断層、それが指示しる境界の上に出現した「奇妙な知の形象」(p23)であって、「人間とよばれ、人文諸科学に固有の空間をひらいたものにほかならない」(同前)ということでした。
そのことをフーコーはこの最終章の冒頭で、再度繰り返しています。
近代の思考のなかで成立したようなかたちでの人間の存在様態は、二つの役割を演ずることを人間に可能とする。すなわち人間は、あらゆる実定的諸領域の基礎にあると同時に、特権的ということさえできないような仕方で、おおくの経験的な物の本領内に現前するからだ。(p365)
前回のメモで私は経験的諸領域がこの<人間>という形象を基礎づけ、生成するものではなかったのか、と書いて、逆に<人間>が経験的諸領域を基礎づける、という言い方に違和感を覚えたのですが、やっぱり近代的思考においては<人間>という形象が経験的諸領域を基礎づけるというのがフーコーの考えなんですね。しかし、同時にその<人間>という知の形象は経験的諸領域のうちに立ち現われもする、と。
では経験的諸領域を基礎づける<人間>はどこから来るのか、といえば、<ア・プリオリ>に与えられるものだと考えられているようにしか私には思えないのだけれど、間違っているでしょうか。
上の引用に続けて彼は「この事実は─それは、人間の本質一般ではなく、たんに、十九世紀以来われわれの思考にたいしてほとんど自明な地盤として役立ってきた、あの歴史的ア・プリオリのことにほかならぬのだが─その事実は・・・」というふうに続けているのですが、この中にみえる「あの歴史的ア・プリオリ」というような言い方で表現されているのではないかと思います。
おそらくそれは、カントが先験的領域と同時に経験的諸領域を拓いたときに、同時に生まれてきた「知的形象」なのではないでしょうか。
いずれにせよ、;
十八世紀が、人文諸科学にたいして、人間、あるいは人間の本性という名のもとに、外部から限界を定められてはいるがまだ空虚な空間を伝達し、ついでそれをみたし分析することが人文諸科学の役割となるといった、そのようなことは何もなかった。つまり人文諸科学が踏破する認識論的場は、あらかじめ指定されてはいなかったのである。いかなる政治的ないし道徳的選択も、どのようなものであれいかなる経験科学も、人体についてのいかなる観察も、感覚、想像力、もしくは情念に関するいかなる分析も、十七世紀と十八世紀には、けっして人間のような何かに出会うことはなかった。なぜなら、人間は実在しなかったからである(生命、言語、労働が実在しなかったのとおなじように)。(p365下線引用者)
さらにフーコーが語るところでは、人文諸科学は、その内部の合理的、あるいは科学上の問題、関心、必要から「人々が人間を科学的対象の場に移行させる決心をしたとき、姿をあらわしたのではない」。「人文諸科学が姿をあらわしたのは、人間が西欧文化のなかで、思考しなければならぬものとして、と同時に、知るべくあるものとして、成立せしめられた日からである」ということになります。
分かりにくい言い回しだけれど、それまでにもあった自然認識等の個別科学の何らかの要請、ないし必然から、人間をも他の自然の物体等と同じ科学の対象の位置に置くようになったから<人間>を対象とする人文諸科学が生まれてきたわけではない。そうではなくて、人間という知的形象が「思考しなければならぬもの」として、同時に「知るべくあるものとして」成立せしめられた日に、これを対象とする人文諸科学が生まれたのだ、と。後半の言い方はトートロジーのように思えるけれど、要は<人間>を科学の対象にしようという人文諸科学は、別段それまで科学の対象になっていなかった<人間>を、それぞれの科学の要請、必然など内的契機によって、認識の対象に移行しよう、として生まれてきたわけではなくて、そもそも<人間>という知的形象自体はアプリオリに与えられ、それが思考しなければならないもの、当然知るべきものとして与えられたがゆえに、科学の対象として認識する人文諸科学が生まれたのだ、ということでしょう。
その「思考しなければならぬものとして、ど同時に、知るべくあるものとして、成立せしめられた日」というのは明確な日付を持っているのであって、それはここには書いてないけれど、カントが先験的領域と同時に経験的諸領域を拓いた日で、『純粋理性批判』が上梓された日でしょう。この日に<人間>という「奇妙な知的形象」が生まれ、人文諸科学が始まったのでしょう。
そしてこの「人文諸科学の内在的可能性、人類が実在し社会のなかで生きて以来はじめて、孤立した、もしくはグループとしての人間が科学の対象となったという赤裸々な事実」は、「所説に関わる現象というふうに見なされることも取扱われることもできない」「知の次元における出来事」なのです。
そしてこの出来事は、表象の空間から離れて、諸生物が生命の特異な深層に、富が生産形式緒漸進的発展のなかに、語が諸言語の生成のうちに宿ったとき、それ自身<エピステーメー>の一般的再配分のなかで生じたものにほかならない。(p366)
この言い方は微妙ですね。彼の言う<エピステーメー>は、生物や富や言語の認識をも貫く共通の思考の枠組みともいうべきものですから、そこにア・プリオリな形象として<人間>が与えられれば、当然生物や富や言語の認識を基礎づけるものとして<人間>がある、ということになりますが、ではいったいフーコーが経験的諸領域とは別の次元、「知の(考古学的)次元」にあるものとして語る<エピステーメー>というのは、それ自体の現実的な実体を備えた概念なのかどうか。もしそうなら、それ自体が経験的諸領域を支えたり、それ自身の遷移なり転移なり変容なりという自律的なメタモルフォーゼの展開が考えられますが、そんなものが「実体」としてこの世にあるわけはないので、あくまでも経験的な世界からの抽象にすぎないでしょう。
つまり、フーコーが生物や富や言語の時代的認識を分析して、そこに共通する思考のスタイルを抽出することで見出したものに過ぎません。それは古典主義時代の<エピステーメー>についても、十六世紀の<エピステーメー>についても同じことであって、表象の世界というのも、あくまでも当時の生物や富や言語の認識を分析してフーコーが抽出した抽象としての、その時代に固有の思考形式にほかなりません。
だとすれば、たしかに近代の思考の基礎に共通して<人間>という知的形象が見いだせるとすれば、それが近代における生物、富、言語の認識の基礎となっている、と言えるでしょうが、逆にその<人間>という知的形象自体は、そのような経験的諸領域の認識を分析することによってフーコーが抽出した概念にすぎないことも確かでしょう。
ただ、ではその概念(<人間>という知的形象)がどこからきたか、というと、たしかに経験的諸領域の認識からではない。その諸領域の内在的な自然の対象の探究の具体的な必然性から<人間>という概念は導くことができないし、それぞれの探究の内部に居る人間にとって、それは気づくことのできない外在的な形象にすぎません。それはちょうど<人間>という概念にとって、それらの経験諸領域が外部性としてしか存在しないことと見合っています。
つまり<人間>という概念(「知的形象」)は、経験的諸領域の外部から、ア・プリオリに与えられるしかないのです。それはつまり、カントが拓いた先験的領域、経験的諸領域と関わりながらこれを峻別される主観の側に拓かれた領域によって与えられる概念ということになるのではないでしょうか。
いま書いてきたようなことは、フーコーがそんな風に解説してくれているわけじゃないので(笑)、全部見当違いかもしれません。ただ、私としては、経験的諸領域と彼の言う<エピステーメー>、つまり知の考古学の知的次元におけるキーワードで示される概念との関係や、その近代的思考における核心にあたる<人間>という知的形象が、経験的諸領域を基礎づけるという彼の言葉と、逆にその形象自体が経験的諸領域の内省によって生み出された概念なんじゃなかったのか、という当初の私の誤解(たぶん)というか、疑問に対して、自分なりに答えておかないと、どうも気持ちが悪いということで、それなりの解釈をしてみた次第です。
さて次に、フーコーさんは、近代の<エピステーメー>の領域を「三つの次元にしたがって開かれた、立体的な空間として思い描かなければならない」として、次の三つの次元を挙げています。
①
数学と物理学。
②
不連続だがたがいに類似した諸要素を関連づけ、それらの要素間に因果関係と構造上の恒常的要素を設定しうる諸科学(言語、生命、生産と富の配分に関する科学のような)
③
<同一者>の思考として発展する哲学的反省
このうち①と②は双方に共通なひとつの平面、つまり数学の経験諸科学への応用の場、あるいは言語学、生物学、経済学における数学化しうるものの領域をかたちづくります。
②と③もまた共通の平面を描きだし、そこに、生命、疎外された人間、象徴の諸形態に関する様々な哲学が、多様な経験的領域で生まれた諸概念と諸問題がもちこまれることによって、姿を現します。
さらにこれら経験的諸領域の基礎に向かって根源的に哲学的観点から問いかけるとき、そこに「生命、労働、言語とはその固有の存在において何か、定義しようとこころみる特定領域の存在論」も現れます。
この③哲学の次元はまた、①の数学的諸専門学の次元とともに、「思考の形式化」の平面を規定します。
そしてフーコーさんによれば、この三つの次元がかたちづくる三面角の内部に、人文諸科学の空間が位置づけられます。
それをポンチ絵にしてみると、次のようにでもなるでしょうか。三次元の三角錘のような立体を想像するといいと思います。じゃこの3つの次元が交わる頂点は何だ?と言ってみたくなるし、そこに<人間>がいて全部集約しちゃうんだ、というと絵のおさまりがいいのですが(笑)そうはいかないのでしょうね。
これは単に三つそれぞれの次元を直線で表現すると、その2つの次元に挟まれる平面が、それぞれ異なる知的活動のありようを表わすことになる、というので、フーコさん自身が「三面角」というような言い方をしているから、おたくの言わはんのはこういうこと?というので描いてみただけです。
そして、フーコーは「これらの厳密な諸平面からの最小限の逸脱も、人文諸科学によって包囲された領域に思考を転落させてしまう」と言い、そこに「心理主義」、「社会学主義」、「人間学主義」とでもいうべき厳密な思考を欠いた威嚇的な言説が生じてくる、と警告しています。そうした「人間学化が、今日、知の内部における最大の危険だとまで言っています。
2020年07月17日
『言葉と物』第二部第九章 七 言説と人間の存在 ~私的メモ
少し間があいてしまいました。この第七節とにらめっこしていたのですが(笑)、ここは第九章のそれまでのところを要約的に述べて改めてその意味するところを論じているので、そもそも章の前半の各節がよくわかっていないと、それらの位置づけが凝縮された表現で語られたこの節が理解できないのは当然で、この分だと少々にらめっこを続けても、「手ぶら読み」の私にはいまのところ歯が立ちそうもないな、というので、そろそろ諦めて先へ行くことにします。
この節の最初に述べられているのは、この節の直前の各節で語られてきた「四つの理論的線分」、要するに私たちにつながる近代、19世紀の知の基盤をなす思考パターンとでもいうべき分析方法だと考えればいいと思いますが、それに四つあって、それらは古典主義時代の言語の一般理論を構成していた例の「言語の四辺形」に対応するものだとしています。対応といって、そのあとで、「こうした照応の仕組みに迷わされてはならない」と散々留保をつけてはいますが・・・
この対応関係自体をそれでも一つ一つ要約的に説明してくれているのですが、それ自体が難しくて、それがなぜ、どのように具体的に対応しているのか、論理をたどろうとしてもいまのところ私にはうまく辿れません。従って、彼の言う「照応」の結果だけをポンチ絵的チャートにしてみると、次のようになるかと思います。
古典主義時代の
①有限の分析 ⇔ 命題の理論 ↙ ↘
②経験的=先験的反復の分析 ⇔ 分節化の理論 文法形態の 有限性の分析論
③思考されぬものの分析 ⇔ 指示作用の理論 経験的認識
④ 起源に関する分析 ⇔ 転移の理論
「経験的レベル」(文法理論) 「基礎をなすもののレベル」(認識の理論)
内面的文法構造の分析 有限なもの
屈折の理論 決定されたもの
語幹の理論 思考されぬものに束縛されたもの
諸言語の近縁関係の分析 存在自体の中で時間の分散に従属するもの
しかし、「経験的レベル」と対をなす対立的な括りで語られている「基礎をなすもののレベル」は、「経験的レベル」のように明確にこれとこれ、という風に列挙されているわけではなく、曖昧な形でしか語られないので、間違っているかもしれませんし、これだけみても一つ一つが何を意味するのか分からないですよね(笑)。
まず「経験的レベル」のほうですが、これは従来、表象の体系の内部で、「物と語との関係の次元において機能してきた」すべてのものが、「言語の内部へ奪回され言語の内面的法則性を保証する任務を委ねられる」ことになります。
表象の世界にある「物」と表象的価値をもつ「語」との関係を問うて、表象としての連続性や分節についての分析がなされてきたわけですが、物や言語が表象の世界から解き放たれると、そうした分析の視点はそれぞれ変容した形で、全部言語内部の問題として、言語それ自体のありようを分析する視点として「言語の内部へ奪回」されたわけです。
つまり古典主義時代の言説の分析、人間に関する分析論における表象の理論が分裂して、一方ではこのような「文法の基礎」(p358)を成す理論になっていく。つまり「文法形態の経験的認識」(p359)です。
これに対して「基礎をなすもののレベル」というのは表象の理論が分裂していくもう一方の方向で、「認識の理論」(p358)ということになるでしょう。言い換えれば「有限性の分析論」(p359)です。
ここではもう古典主義時代の「言語の四辺形」のような分析方法は、その要素を変容させて再度言語の内部空間に置きなおされるのではなく、そうした分析の視点がとらわれていた表象の空間を脱却して、ちょうど言語の内部空間に向かった「経験的レベル」とは逆に人間にとっての<外部>によってそのありようが決められ、制約され、従属させられるような次元での要素に変容されるわけです。
つまり:
人間がそこで有限なもの、決定されたもの、人間の思考しないものの厚みのなかに束縛されたもの、その存在そのものの中で時間の分散に従属させられたものとして姿をあらわす、あの外部性の次元で、それらを作用させることこそ問題なのだ。(p359)
以上のような古典主義時代の思考と近代の思考との違いから、「人間の存在様態の分析論のような何かは、表象的言説の分析がひとたび分裂させられ、移動され、逆転させられて初めて、可能となる」(p359)ものですから、古典主義時代の、「言説の実在(表象の文句なしの明証性にもとづく)」と近代の「人間の実存」とは両立しえないことは明らかです。
フーコーは、わたしたちの任務はしたがって、人間の存在と言語の存在とを同時に反省することを可能にするような思考の様態を見出すことだろうか?と自問し、その場合には古典主義時代の言説の理論への素朴な回帰になる一切を祓いのけねばならないと警告しています。
なぜなら、そうした回帰の先には言語の存在が宿り、そこで純然たる機能に解消されてしまうような場所を提供する表象の古い理論が完成された形であるのに対して、われわれには言語の存在と人間の存在とを両立させるような思考の武器を持っていないから、そうした回帰へと誘惑されやすい、ということでしょう。
さらにフーコーは、そもそも「言語の存在と人間の存在とを同時に思考する権利は、永遠に排除されているのかもしれない」と悲観的な見通しを述べて、もしそうだとすれば、「言語の存在が問題となるようなすべての人間学、人間固有の存在に達し、それをあきらかにし、解放しようと望むであろう言語もしくは意味作用についてのすべての考え方は、妄想として片づけられなければならなくなるだろう」(p360)と述べています。
そして、そこに「われわれの時代のもっとも重要な哲学的選択」があるのだと言います。しかし彼はここでは、そのいずれに与するとも、明らかにしていません。「道がどの側に拓かれているか言うことはできない」と。
こうして彼は確かなことだけをもう一度言い直しています。
さしあたりまったく確実なこととしてわれわれの知っている唯一の事柄といえば、西欧文化のなかで、人間の存在と言語の存在が、共存して互いに連接しあうことはけっしてできなかったという一事にほかならぬ。二つのもののこの非両立性こそ、われわれの思考の基本的特質のひとつであったのだ。(P360)
ここまでは何とかついていけるような気がするのですが、ここから、古典主義時代の「言説の分析」が近代の「有限性の分析論」に転化したこの帰結を語るあたりから、またわからなくなります。
記号と語に関する古典主義時代の理論が、「きわめて狭く目のつんだ鎖のなかでつぎつぎとつながっていくため、そこに区別があらわれることもなく、要するにまったく同類である、そのような諸表象が、いかにして安定した相違と境界づけられた同一性の永続的表(タブロー)のなかに並べられうるかを、示さなければならなかった」というのは、表象世界の性格からして理解できます。
だから「問題は、ひそかな多様さを秘めた<同類のもの>の単調さから出発する、<相違性>の発生過程にあった」というのもうなづけます。
これに対して、近代の「有限性の分析論」は、「まさしく逆の役割を持っている」とフーコーさんは言うのですが、逆ということは同一性から出発して相違性を見出すのではなくて、相違性から出発して同一性を見出すということになることは分かります。その言い回しがちょっとわかりにくい。
人間が決定されているのを示すことによって、そうした諸決定の基礎がみずからの根源的諸限界のなかにおける人間の存在そのものであることをあきらかにするのが、この分析論にとっての問題だからだ。(p360)
人間が決定されているというのは、前に語って来たような、人間が人間にとっての外部性である生物学的、言語学的、経済学的な経験諸領域それぞれの自律的な組織や法則によって、あるいは言い方を変えれば「思考されないもの」(無意識や構造主義が明らかにしてきたような「構造」のようなもの)によって<決定>されている、と理解していいのであれば、「そうした諸決定の基礎がみずからの根源的諸限界のなかにおける人間の存在そのものである」とはどういうことか。むしろ逆に、そうした諸決定自体が、人間の存在の基礎なのではないか。
そうした諸経験領域によって人間という近代的概念が規定されるはずですが、それは逆に人間という概念によってすべてを基礎づけることになるのが近代的思考なのだ、ということを言っているのでしょうか。
そればかりではない、それは、経験の諸内容がすでにそれら固有の諸条件であり、内容から逃れていくがゆえに思考がつねにとらえなおそうと努めている思考されぬものに、あらかじめ思考がつきまとっているということをあきらかにしなければならないし、けっして人間と同時期のものではないあの起源が、いかにして人間から遠ざけられると同時に切迫の様態にもとづいてあたえられるか、示しもするのである。(p360-361)
ここも抽象的で屈折した修辞的な表現で私にはわかりにくいところですが、次につなげるために無理でも読まないと仕方がないとすれば、「人間と同時期のものではないあの起源」ともったいつけた言い方がされているのは、人間の外部にある経験的諸領域、生物だとか言語だとか経済だとか、人間に先立って存在し、人間を規定する領域のことだったはずです。
そこでは、起源に関して「人間の時間継起を物の時間継起の内部に挟み込もうとする、実証主義者たちの諸努力(この起源を、それとともに文化の出現、諸文明の黎明を、生物学的進化の運動のなかにおくこと)」(p354)か、あるいは「人間が物についていだく経験、物についておこなう認識、それらにもとづいて創りだすことのできた諸科学を、人間の時間継起にしたがって一列にならべるための、前者と逆ではあるが補いあうような努力(つまり人間のあらゆるはじまりが物の時間のなかにその場所を持つ以上、人間の個人的あるいは文化的時間は、心理学的あるいは歴史的発生過程のなかで、物がはじめてその真実の相貌と出会う瞬間を規定することを可能にするはずだからである)」(同前)というふうに語られてきたものです。
つまり<物の起源>と<人間の起源>とは「互いに相容れぬ可能な二つの直列化」であって、同時に「たがいに従属しあう」のです。
つまり、有限性の分析論にとってつねに問題でありつづけるのは、<他者><遠いもの>がいかにして<もっとも近いもの>であり、<同一者>であるか、を示すことにほかならない。こうして、<相違性>の秩序についての反省から、それと矛盾するものにまでつねに手をのばしていく<同一者>についての思考へと移行がおこなわれた。(p361)
古典主義の時代が、同一性からはじまって相違性を見出していく知的活動だとすれば、近代は相違性から出発して同一性を見出す知的活動だということでしょうか。
近代の思考は、もはや<相違性>のけっして完成されることのない形成にではなく、つねに完遂されねばならぬ<同一者>の解明にむかう思考だからだ。(p361)
「<相違性>のけっして完成されることのない形成」に向かう古典主義時代の思考についてはよくわかります。しかしそれに対照される近代の思考が<同一者>の解明に向かう思考だというのが、具体的にどのようなことを指すのか、この場合の<同一者>とは何か、というのが、直接、はい、これですよ、と分かりやすく示してくれてはいないので、考え込んでしまいます。
これは先の「そうした諸決定の基礎がみずからの根源的諸限界のなかにおける人間の存在そのもの」を、つまりは<人間>を指すと考えればいいとは思うのですが、なぜここで古典主義時代の<相違性>に対置する形で<同一性>というような言葉で語られなくてはならないのか、もひとつピンとこないのです。
さらに、これに続く部分がもっとわかりにくい。
ところで、こうした解明は、<分身>の同時的出現、さらに、後退<と>回帰、思考<と>思考されぬもの、経験的なもの<と>先験的なもの、実定性の領域に属するもの<と>基礎をなすものの領域に属するもの、というその「と」のなかにある、わずかだが克服しえぬあの偏差、そうしたものなしにはおこなわれないであろう。(p361)
<同一者>は、要するに<人間>でいいんじゃないか、古典主義時代は類似のもの、同一性の表象としての連続体を分節化して、そこに<相違性>を見出すことが知の課題だったけれども、思考がこの表象の世界を脱するに及んで、先験的領域としての主観の世界と、対象的なつまり人間にとって外部性としての諸経験領域を拓き、それぞれ人間に先立つ起源をもち固有の組織、法則、固有の<歴史>を持つ領域として、むしろそれらの<実定的>なものが<人間>という近代的な概念を生成してきた・・・と言う風に私は理解してきたので、古典主義時代とは逆に、「相違性から出発して同一性をみいだす」というのは、それら人間を規定する諸経験領域のそれぞれの探究、分析が見出してくる多様な要素、多様な事実から出発して、たとえば生物としての人間を、固有の組織、固有の法則、固有の<歴史>によって変容してきたヒトとしての種の<同一性>として見いだす、あるいは原始・古代の時代から近代にいたるまで労働によって価値を生み出し、その生産様式と生産関係の矛盾とその克服によって社会を形作り、変容させてきた労働する人間としての<同一性>を見出す、あるいはまた固有の文法的組織、法則をもって変化してきた言語を話す人間としての<同一性>を見出す、というふうに、<同一性>を理解してきたわけです。
しかしどうも、フーコーさんのこのあたりの記述の中の<同一性>は、この理解(だけ)では読み切れないようです。それは、時間と空間のどちらがどちらを基礎づけるものか、というところで古典主義的思考と近代的思考を対照させるとき、いっそうはっきりします。
古典主義時代の思考が、物を表(タブロー)のかたちに空間化する可能性を、自己から出発して自己を想起し二重化し、連続的時間から出発して同時性を成立せしめる、あの表象の純粋な契機の特性に関連づけていたことに気づくはずだ。時間が空間を基礎づけていたのである。
近代の思考においては、物の歴史と人間に固有の歴史性との基礎にあらわれるのは、<同一性>を穿つ距離であり、<同一性>をそれ自身の二つの末端で分散させ集合させる偏差である。近代の思考にたいしてつねに時間を思考することを可能にするのは─時間を継起として認識し、それを完成、起源、もしくは回帰としてみずからに約束することを可能とするのは─この深い空間性なのである。(p361-362)
これだと、古典主義時代の思考のほうが「時間が空間を基礎づけていた」のであり、近代の思考では「空間が時間を基礎づけている」ことになるでしょう。
ここでは古典主義時代の思考における表象的空間が、時間によって基礎づけられる空間だ、というその連続的時間って何のこっちゃ、とよくわからないけれども、古典主義時代のエピステーメーを形作る相互依存の概念として、<マテシス>および<タクシノミア>と並んで<発生論>という継起的系列に沿った分析が挙げられていたことを思い出す必要があるのでしょう。
古典主義時代の思考、博物学、貨幣と価値の理論、一般文法が可能となったのは、「相等性の計算と表象の発生論とのあいだに、表(タブロー)の基本的空間が創設されたからにほかならない」(p98)ということでした。つまり<マテシス>と<発生論>とのあいだに広がっているのが、記号の分野、つまり<表(タブロー)>の空間であり、<発生論>は<計算>とともに、この空間を縁取るものだったわけです。
もう一度この<発生論>という概念に触れられた部分をおさらいしておくと、次のように述べられています。
発生論は、<タクシノミア>の内部に宿り、あるいはすくなくともそこに本源的可能性を見いだす。しかしながら、<タクシノミア>が可視的相違性の表(タブロー)を設定するのにたいして、発生論は継起的系列を前提としている。前者は統辞法として、記号をその空間的同時性において扱い、後者は、時間継起(クロノロジー)の記述として、記号を時間の類比物(アナロゴン)のなかに配分する。<タクシノミア>は、<マテシス>との関係においては命題学にたいする存在論として機能し、発生論にたいしては歴史との対比における記号学として機能する。(p99)
わたしたちのいまのふつうの言い方で言えば、歴史とかそれを遡って起源を問う、という風な言い方になるところが、古典主義時代にはすべてが、同一性と相違性の原理(マテウス)あるいは質的な類同性による秩序の認識(タクシノミア)によって分節される表象の体系であり、一つの連続的な記号の表(タブロー)をなす、表象の世界にとどまって理解されているので、わたしたちにとっての歴史とか起源のうちに、固有の組織と法則のもとに生成すべきものも、ただ継起的時間に沿って表象される記号としてその表(タブロー)、記号空間のうちに位置づけられることになります。
しかし、いずれにせよ、古典主義時代の思考の基盤を成すこの表(タブロー)つまり記号空間は、発生論の継起的時間によって支えられていることは確かですから、もとへもどって先の個所、この第二部第九章七節でいう、古典主義時代の思考が「表象の純粋な継起の特性に関係づけていた」こと、すなわち「時間が空間を基礎づけていた」ことは、こういう理解でそれなりに納得することができるように思います。
けれども近代の思考における時間を空間性が基礎づけているんだ、というのはどういう意味なのか、私にはまだよくわからないですね。ここでその基礎づける空間性というのは「<同一性>を穿つ距離」だと言われ、言い換えて「<同一性>をそれ自身の二つの末端で分散させ集合させる偏差」とも言っています。
ここで使われている「偏差」を手掛かりにすれば、それはその前で語られてきた、「後退<と>回帰」の「と」、「思考<と>思考されぬもの」の「と」、「経験的なもの<と>先験的なもの」の「と」、「実定性の領域に属するもの<と>その基礎をなすものの領域に属するもの」の「と」の中にある、「わずかだが克服しえぬあの偏差」と呼ばれたものを指すことになります。
それらが「<同一性>を穿つ」、つまりのっぺらぼうな<同一性>を毀損し、風穴をあけて、わたしはわたしである、というような、ぴったり重なってしまう<同一性>をずらせて、その間に距離をつくる、というのでしょう。そして、こういう空間的なズレが、継起的な時間の生成を基礎づける、と。
抽象的で比喩的、修辞的な言葉に終始して語られたこの部分は、私にはとても難解です。例えば一番イメージしやすそうな、「思考と思考されぬもの」をとってみれば、私たちの自意識で自分は自分である、とデカルトのように「われ思う、ゆえにわれあり」という自己の同一性が信じられるところから、「思考されぬもの」たとえばフロイトが見出した「無意識」だとか、レヴィ=ストロースが見出した「構造」のように、私たちの意識の外にあってしかも私たちをつらぬく外在的にして内在的な構造があって、われ思うの<われ>自体がその構造に支配されているとすれば、<われ>とは一体何か、ということになります。
そこではもう、わたしはわたしだ、という自同律が成立しなくなるでしょう。もはや<わたし>は<わたし>とぴったり重なり合うことができない。このような近代の思考が見出した<ズレ>が、フーコーさんがいくつか例示的に対として挙げることばをつなぐ「と」によって示した<偏差>なのだと考えるのが妥当な気がします。
問題は、こうした<偏差>、同一性からの隔たり、という「深い空間性」が、近代的思考における継起的時間の考察を基礎づけるものだ、というフーコーさんの言い方です。それは今のところどうしても分からない。
かれが挙げた例では、どうしても時間性につながりそうもないので、それらを離れて思いつく例で考えてみました。
たとえば経済活動について考えてみると、古典主義時代の表象的世界で考えれば、商品、したがって労働の価値は、市場における等価交換によって基礎づけられる表象的価値として考えられてきたわけで、その交換体系≒表象の際限ない連続体が分節化された世界としての空間は、表象の継時的な発生という時間性に基礎づけられて生成するものと理解されるでしょう。
これに対してリカードの労働は、同じく市場で交換される商品の体系を形成する限りにおいて、労働を商品として表象するのではあるけれど、その表象の体系から価値を受け取るわけではなく、労働自体があらゆる価値を生み出す源泉となります。
そして近代的な生産を継続するための、剰余価値の源泉は生産過程そのものにあるわけで、言うまでもなくそれはもちろん商品の生産に際して、その資源となる労働力や原材料を買う市場と、それらを投入して出来上がった生産物を売る市場とが異なるからで、いわばその二つの空間が隔てられているからです。
このことが資本主義生産という生産・再生産の継起的時間の持続を支えているとすれば、空間のズレが近代的な時間性を基礎づける、と言えるのではないか、と。
多分こういうことではないだろうな、と思いながら(笑)読んではいたのですが、正直のところ、この第七節のラストの部分はよくわからなかったです。
次いで第九章の最後の節、第八節は「人間学的眠り」という見出しになっています。
ここは章の最後の節で、やはりそれ迄語って来たことを要約的に位置づけるような記述で、全体に抽象的で、一体そこで言われていることが具体的にどういう内容を指しているのかほとんど何の説明もないように私には思われ、殆ど理解を絶する節になっています。
最初の方に述べられている、表象が綜合と分析の要としての力を失ってから、物と表象をつないでいた、何もなくなってしまった場所に<人間学>が要請されたのだというような意味のことはまあ理解できます。
経験的綜合は、「われ思う」の至上性のなか以外において保証されなければならなかった。経験的綜合が必要とされねばならぬのは、まさにこの至上性がみずからの限界を見いだすところ、いいかえれば、人間の有限性のなか─生き話し労働する個体のそれと同様に意識のそれでもある、有限性のなかにおいてなのである。(p362)
一歩先へ行くともうよくわからなくなってきます。でもまあここも、表象にとってかわって、経験的綜合を実現するのは、主観に属する先験的領域ではなくて、それと同時に拓かれた経験的諸領域のほうで、生き、話し、労働する<人間>だ、と。そこまではいいでしょう。そしてその<人間>は本質的に有限なもので、例えば労働する人間というけれども、そもそも労働し、経済活動を人間がはじめなくちゃいけなかったのは、自然が、したがってまたそれを糧に生きる人間が有限であるからで、有限であるということが人間のありようを決定づける本質的な属性なんだ、という理解でいいんでしょうか。
フーコーさんによれば、「既にこのことは、カントが『論理学』の中で、その伝統的三部作に究極的問いをつけくわえたとき、定式化したものだった」のだそうです。その問いというのは次のような三つの批判的設問と、それらが関係づけられ、依拠するという第四の問いなのです。
わたしは何を知ることができるか?
わたしは何をなすべきか?
わたしには何を希望することが許されるか?
人間とは何か?
この最後の「人間とは何か?」という問いは、「十九世紀初頭以来思考のすみずみをめぐり、カントがともかくもその分割を示した、経験的なものと先験的なものとを、あらかじめ、ひそかに混ぜあわせていた」のだそうで、「この設問をつうじて、近代哲学を特徴づける、折衷的レベルでの反省が成立した」のだそうです。
どうやらフーコーさんは、こういう問い自体が折衷的で中途半端なもので、そこに安住しているような思考を「人間学的眠り」と否定してみせているようです。
じゃ何が問題なんだといえば、
問題は、それこそより散文的でより精神的でないことなのだが、自然、交換、もしくは言説をもつものとしての人間をそれ自身の有限性の基礎として価値づけようとこころみるに際して突き当たる、経験的=先験的二重性なのである。(p362)
「経験的=先験的二重性」というのも分かりにくい概念ですね。素直に取れば、経験的でもあり先験的でもある、つまり生物としての人間とか労働する人間だとか言葉を話す人間だとかの経験的領域と同時に主観の側に先験的領域をあわせもつ二重の存在が人間なんだ、ということだと思うのですが、なぜそれが「人間とは何か?」という問いを誘発してはいけないのか、そういう「人間学的眠り」を対照させる形でその二重性が指摘されなくてはいけないのか、私にはまだよくわかりません。
この個所につづく「このような<折り目>のなかで、先験的機能は、その有無もいわさぬ網目によって、経験的領域の動かぬ灰色の空間を覆いかくしにくる」というような、おどろおどろしい言い回しも理解不能です。<折り目>という言葉もよく使われますが、意味不明です。何の<折り目>なのか、折るというからには、その<折り目>という境界によって区分される二つの部分ができるはずだけれど、それが一体何と何をあらわしているのか、なぜ境目ではなくて、「折り目」とわざわざ言われるのか(境目と折り目では、後者は区別される二つの面が重なる可能性があるので、それが問題なのか・・・)、それもわかりません。
そして「この<折り目>のなかで、哲学は新しい眠りを、<独断論>のそれではなく<人間学>の眠りをねむるのだ」とういのですが、こういう使われ方をする<折り目>は、マラソンの折り返し点みたいな、一定の広がりを持った空間を指すようです。そうでなければ「の中で」なんて言えないでしょう。
先の引用にもどると、「自然、交換、もしくは言説をもつものとしての人間」つまり経験的諸領域における人間を、「それ自身の有限性の基礎として価値づけようとこころみる」とは、人間の有限性というものを、その種の経験的諸領域における人間のあり方に基礎づけようとする、ということでしょう。もしそうでないなら、人間の有限性は何によって基礎づけられるというのでしょう?中世のように神の無限性に対して、あるいは自然の無限性に対して有限な存在だ、というような、ここの経験領域とかかわりのない先験的な規定によることはできるでしょうが、近代の思考はそうではなくて、経験的諸領域が告示する者として人間の有限性をひきだしてきたはずです。
生物として死すべきものだとか、有限な自然を資源としてどんどんどん詰まりへ向けてその期間を先送りするためにだけ労働する存在だとか、言語についてはどういえばいいのかわからないけれど、その固有の組織、法則、自律的な<歴史>、要は人間に先立って存在する人間にとって外部である文法法則だとか語彙形態だとか、そんなものに制約されて言葉を話しまた書くわけで、そうしたことが人間の有限性を基礎づけている、と考えるのではないのでしょうか。
ところが、それは単に諸経験領域の話で、実際には人間は経験的存在であると同時に先験的存在でもある二重性をもっているので、そこで「経験的=先験的二重性」に「突きあたる」という表現がされているわけでしょうね。
だから先験的なものによって独断論的な分析に行くのではなくて、経験的な領域で人間とは何かと問うことで、いくらでも答らしきものを見つけてくることはできるかもしれないけれども、それは経験的であると同時に先験的である人間を包括的にとらえることからは程遠いんだ、ということがフーコーさんの言いたいことなのでしょうかね。
近代哲学の人間学的布置が独断論を二分したというのも、いったいどういう種類の独断論をどう二分して何と何を産んだのか、私にはさっぱり分かりません。書いてないし(笑)。
でもとにかく上のような理解でいくと、人間学的な思考というのは経験的領域での人間は掬いとっているけれども、それと切り離せない二重性として存在しているもう一方の先験性としての人間の主観の側を忘れているということになりませんかね。経験的諸領域で見出される人間の有限性というのはとらえているけれど、これだけじゃ人間という概念を成り立たせる有限性を根拠づけることはできないので、先験的領域における人間の有限性というのをちゃんと導き出さないとだめだ、と。ほんまかいな(笑)
いずれにせよ、そういうわけで(どういうわけだか・・笑)、根源的な思考の原点に戻るためには、人間学の「四辺形」を「その基礎にいたるまで破壊しつくす以外の方法はない」のだそうです。
人間学の場を横切り、それが言表するものから出発してそこから身をはなし、純化された存在論、あるいは存在に関する根源的思考を再発見することが問題となろうと、あるいは、心理主義や歴史主義のほか、人間学的偏見のあらゆる具体的形態を回路のそとにおくことによって思考の諸限界を問いなおし、そうして理性の一般的批判の投企とふたたび結びつこうとこころみようと、ともかく、あらたに思考するためのすべての努力が、まぎれもなく人間学の「四辺形」を攻撃するという一事だけはあきらかなのだ。(p363)
「ともかく」の前までの文章に書かれたことは、フーコーさんが肯定的に語る現代のあるべき哲学の課題というのか、進め方の方向性なんでしょうね。
ただ、そのうちどんな道をたどろうと、あの「四辺形」を根こそぎぶっ潰す企てでなければ意味ないよ、ということなんでしょう。それぞれの時代の思考における特徴的な分析方法の4つのモメントが、まったくその内容を変えながら、呼応し合う形で存在していたので、これまで二度、三度と登場したわけですが、ついにここへきて、ぶっ壊されるターゲットになったわけです。そういう分析方法、視点というのは、根こそぎぶっ壊してしまわないとだめだというわけでしょう。
そいつをぶっ壊す努力というのが、「現代の思考がたぶんそこに捧げられている」努力の全てだと言わんばかりのフーコーさんの言い方ですが、その「<人間学>の根こぎの最初の努力」をしたのはニーチェだと彼は考えているようです。
とにかくこの本一冊を通じて、フーコーさんは他の思想家については、全部彼のエピステーメーの図式の中に収めて冷静に、というか冷淡に、その思想的限界を指摘して、いかにそれがその時代の旧弊な思考の枠組みにすっぽりおさまってしまうかを述べ、彼独特の位置づけ方をしてしまうのですが、ニーチェに関してだけは彼の昆虫採集の標本箱に収まらないらしく、留保無し、手放しの礼賛で、現代どころか未来を切り開く思想の端緒を開いたパイオニア、といった表現で語っています。
ただ、彼は少なくともこの本の中では、なぜそうなのか、ということをニーチェの思想に分け入って論理の糸でつないでみせたわけではないので、ただニーチェの回帰だの超人だの神の死~人間の死だのといった決め台詞をちらつかせて、「ね、わかるだろ、彼はすごいんだぞ、わかるやつにはわかるだろうがね」と目くばせしてみせているだけです。だからそういうところでは、あ、そう、とでも言ってパスするしか仕方がありません。
とにもかくにも、第九章のおわりまで読んで、ひっかかるところはメモしてきた、ということになりました。あと最終章を残すのみです。いかに「手ぶら読み」とはいえ、こちらも全文暗号文みたいで最初から最後までチンプンカンプンだった、というのでは読んだ甲斐が無いし、半世紀前に大枚4000円も払って買った元がとれないから(笑)、意地でここまで来ました。あと44ページ、ここも何度読んでもよ~わからんところですが、まぁザックリ自分のわかりそうなストーリーだけ拾って目も出来ればよしとして、進めることにしましょう。
2020年07月13日
『クスノキの番人』と「タクシー運転手」
東野さんらしい、うんと広い意味での推理小説の要素、謎に導かれて読んでいくと、そこに人と人の秘められた関係とそれを生きた人たちの思いが浮かび上がってくるという作品で、いつもながら、人間とその一人一人の思いに対する深く優しい視線に共感を覚える作品でした。
どこにでもありそうな風景、どこにでもいそうな人たちを素材としながらとらえながら、そこに一本の巨大なクスノキを立たせることで、見えなかった人々の過去が浮かび上がり、その人間関係のもつれた糸が徐々に見え、そこに生きた人々の思いが限りない哀切さを伴って私たちに伝わってくる、この芸は東野さんならではのものでしょう。
謎を引っ張っていく仕掛けに超自然というのかオカルト的要素を使うのは、「ナミヤ雑貨店の奇蹟」など東野作品におなじみの1つの系列に属するもので、私ははっきりと初期の「白夜行」「幻夜」あるいは比較的近年の「麒麟の翼」や「マスカレード・ホテル」のようなリアルな本格的な推理サスペンス系統の作品が好きなので、超自然的要素が仕掛けになった作品は必ずしも好みというのではないけれど、彼の作品ではそうした超自然的要素が謎なのではなくて、その仕掛けで浮かび上がってくる人間関係や人々の思いのほうが核心的な謎だし、超自然的なものが導入されるモチーフには作品の基調低音としての<祈り>が埋め込まれていて、やはり本格的な推理サスペンス系統の作品と共通する、人間に対する温かな視線が感じられて、共感を覚えることでは同様です。
今回の作品はエンターテインメントとしてワクワクハラハラ、めちゃ面白いという感じのamusingだという印象は受けないけれど、登場人物の間の人間関係やそうした関係に置かれた人たちそれぞれの思いに胸を衝かれ、作者がそれらの登場人物を描く視点のやさしさやそこに秘められた祈りに深い共感を覚えることのできる作品であることは疑いないでしょう。
もう少しテンポがよくならないかな、とか、単調だ感じるところがなくもないけれど、何の事件が起きるわけでもなく、どんな人間同士のぶつかり合いのようなドラマが発生するでもない、こんな単純なシチュエーションの繰り返し、こんな単純なありふれた要素ばかりの中へ、たった一本のミステリアスなクスノキを放り込むだけで、よくまあこれだけの作品を生み出せるものだ、とむしろプロの手腕に感嘆しながら読ませてもらいました。
映画「タクシー運転手」は一昨年公開された韓国映画で、チャン・フン監督作品。邦訳タイトルでは「約束は海を越えて」というサブタイトルがついているようですが、私にはなぜ「タクシー・ドライバー」だけで不十分と考えられたのか分かりませんでした。作品は1980年の韓国の光州事件、クーデターを起こして権力を掌握した軍人政権が抗議行動を起こした権力側のいう「反乱分子」たる市民多数を銃撃し、負傷者を救出しようとした市民をも狙撃して虐殺した事件を舞台に、ドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーターという実在の記者をモデルとするピーターが、タクシーで現地に潜入し、虐殺現場を撮影して市民に助けられ、同じソウルのタクシー運転手の運転する車で無事脱出して、その映像が世界に配信され、光州事件を私たちが知ることになった、あの実話をもとに作られた作品です。
そのタクシー運転手の役名キム・マンソクを演じるのが韓国の名優ソン・ガンホで、彼が実にすばらしい。作品は血みどろの虐殺場面や主人公たちが私服に追われるシーンのように緊迫感あふれるリアルなシーンに、ちょっと滑稽味のあるほのぼのとするような場面もまじえて、また最後の光州脱出劇では光州のタクシードライバーたちが車を何台も出して、主人公たちを追ってきた私服、軍人らの車の走行を妨害する、おそらくはまったく「実話に基づかない」(笑)カーチェイス的場面をサービスしたり、といったエンターテインメント的要素もたっぷり入れていて、決して生真面目な光州事件の記録映画的な告発映画でも何でもないのではありますが、やっぱり見ていて権力が本性を顕わして市民に牙を剥くときにどんなに恐ろしいものかを見せつけてくれるし、そういう場面を目的する主人公たちが、もう撮影することも逃げることも忘れたようにへたばって、ただ涙を流す場面が本当にリアルで強く印象に残るような映画でした。
このタクシー運転手が革命派市民でもなければ、最初から何かマッチョな信念をもった男でもなく、ごく平均的な懐のさびしい父子家庭の父親で、ソウルから光州までいけば10万ウォンもらえるという話を偶然耳にして、予約したタクシー運転手を差し置いて、一足お先に客のドイツ人記者をかっさらって光州へとばすという、いい加減な野郎で、前半ではデモなどして権力に逆らうやつが痛い目に遭うのは自業自得だ、といった姿勢だし、危険を顧みずに現場へ踏み込んでいく記者とも、ことごとく衝突して、一時は一人光州を去ってソウルへ戻りかけるのです。こういうキャラの設定が非常にこの作品を面白くしているし、こういう役柄にまたソン・ガンホほどぴったりの役者もいない、というはまり役でした。
光州で彼らを助けてくれるタクシードライバーを演じた役者も、学生たちの中で唯一英語ができたために通訳の役回りをして主人公たちと行動を共にし、最後は私服に殺される学生、それにその私服の親玉を演じた悪役も、素晴らしい役者ぶりでした。
ただ、私はこの作品は主役のソン・ガンホのシチュエーションやキャラの設定は素晴らしいと思うけれど、その延長上にある滑稽味を少し強く出そうとしたシーンや関係性、それに最後の脱出劇のちょっと無理のあるタクシードライバーたちの自らの命を投げ出すカーチェイスのような場面は、むしろ全部削って、少々硬くなっても、その辺は淡々と事実に近い線を辿った方が、この作品は凄みのあるものになったと思います。ただ、政権がかわっても、韓国でそういう作品をつくることに潜在的な危険が伴う事情は変わっていないかもしれませんが・・・
2020年07月12日
仔鹿への手向け

きょうも仔鹿は昨日と同じところで同じ姿勢で眠っていました。お役所が休みでまだ私の区長さんへの連絡はしかるべき担当部局には届かないのでしょう。
現場には、どなたが供えられたのか、仔鹿への手向けの花が置かれていました。わずか1週間程度の間でしたが、仔鹿を愛した者として嬉しく、心から感謝します。昨日は少し散らかっていた、仔鹿に与えようとしたらしい野菜の端切れらしいものもその器も、綺麗に片づけられていました。同じかたがしてくださったのかもしれません。そんな方がいらっしゃるということを知るだけでも救いです。
きょうもこの仔鹿の表情が時折浮かんできて、涙腺のゆるんだ老人は、不意にハラハラ落涙してしまいます。自然の掟は厳しいものですね。人間ほど長い期間親に保護されて成長する生き物はないようですが、ようやく独り立ちすべきときがきても、まだ十分に一人で生きながらえる能力を備えていないときに、どうしようもない外因で窮地に置かれ、扶けの手も期待できなければ、この仔鹿と同じ運命が待っていることになるのでしょう。それともすべての人間がそうであるなら、人間もそれを自然の摂理として淡々と受け入れることができるのでしょうか。
私などは赤ん坊のとき引き揚げ船で上海から博多港へ両親に抱かれて連れ帰られたものの、港で検疫のために留め置かれ、身体を壊していた母は乳も出ず、食料も尽きて、乗り合わせたおばあさんが持っていた豆粒をくれて、それを潰して水に溶いて飲ませて命をつないだようです。あと1日下船が遅れたら死んでいただろう、と聴かされてきました。もしも弱い者はそうやって苛酷な環境を生き延びることができないのが自然の摂理だとすれば、私などは生まれて間もなく消えていた運命にあったということになるでしょう。
そのことを辛いとも悲しいとも思わず、自然の摂理として淡々と受け入れることができるなら、そのほうがよいのかも・・・とふっと思ってみたりします。フーコーの紹介するリカードの考え方では、自然は人間に豊饒な恵みを約束してくれる気前のいい無限の化身ではなく、人間をより貧しい土地へと追いやり、一層厳しい労働へと追いやる、吝嗇この上ない有限性の化身で、そもそも人間が経済活動などをはじめたのは自然のしたがって人間の有限性ゆえのことで、アダムとイヴがエデンの園を追い出されてから人間はその終焉を一刻でも先延ばししようと悪あがきをしながら、そのどん詰まりに向けて近づいてきたにすぎなかったようです。
それを思えば、私たちが発展だと思い、進歩だと考えてきたことは、すべて果敢ない幻にすぎず、私たちの労苦は虚しい悪あがきにすぎないようにも思えます。
そんなことを知らず、そんなことに縁もなく、なおエデンの園にとどまって生き、そしてなお無限に豊かなままの自然という神のもとで死んでいった仔鹿は幸せであった、とも思えるのです。
2020年07月09日
『言葉と物』第二部第九章 六 起源の後退と回帰 ~私的メモ
古典主義時代の「発生論」はフーコーによれば次のようなものでした。
それは表象の純然たる二重化にもっとも近いところまで立ちもどることにほかならなかった。人々は経済を物々交換から出発して思考したが、それは物々交換のなかで、交換者双方が自己の所有物および相手の所有物についてつくりあげる二つの表象が等価だったからである。つまり、二つの表象は、ほとんど同一の二つの欲望の満足を呈示するがゆえに、要するに「同類のものだったわけだ。・・・(p349)
・・・そこでは諸存在が、いかにも目のつんだ秩序のなかで、すっかり連続した横糸のうえにつぎつぎとつらなっていたから、人々は、こうした継起の一点から他の一点へと準同一性の内部を移動し、一方のはしから他方のはしへと「同類のもの」のすべすべした連続面によって導かれていけばよかった。(p349~p350)
それは「時間継起的発展がひとつの表(タブロー)の内部に宿り、そこで巡歴をなすのにすぎぬとするような思考」であり、「出発点は現実の時間のそとと同時になかにある」。
これに対して、近代の思考ではこうした<起源>はあり得ない、と。
歴史性をもたらすのはもはや起源ではない。その横糸そのもののなかで、それにとって内在的であると同時に外部のものかもしれぬ、起源の必要性の輪郭を描きださせるのが、歴史性にほかならない。起源とは、あらゆる相違性、あらゆる分散性、あらゆる不連続性が、もはや同一性の一点のみを、みずからのうえで炸裂して他者となる力をそれでもうちに秘めている、触知しえぬ<同一者>の形象のみを、形成するため、そこで凝縮されるような、そうした円錐体の虚の頂点なのである。(p350)
起源が歴史をもたらすのではなく、歴史が起源をつくりだすのですね(笑)。もともとフーコーにとっては、<歴史>自体が、経験的諸領域がそれぞれに固有の組織を持ち法則を持ち自律性を持って遷移してきた、そのような領域として知の空間に拓かれた時、それぞれの貫く軸として生み出された近代的な理念にすぎないので、そのもっぱら拡散していく<歴史>をつらぬく同一性の形象として、また拡散する要素の凝縮であるような、<起源>がそこから生まれてくるのは必然であって、「円錐体の虚の頂点」というのは、非常に適切なイメージだと思います。
人間は、十九世紀のはじめに、この歴史性との相関関係において、あのすべての物、すなわち、自身に巻きつき、みずからの並列をとおし、しかもその固有の諸法則にしたがって、自身の起源の近づきがたい同一性を指示する、あのすべての物との相関関係において、成立したのであった。(p350)
…実際のところ、人間は、すでにつくられている歴史性と結びついてはじめて姿を見せたのにほかならない。(p351)
つまり「人間が人間固有のはじまりを発見するのは、それ自体人間以前に登場していた生命を下地としているにすぎない」し、人間が労働する存在としてみずからをとらえなおそうとこころみるとき、人間が労働のもっとも初歩的な諸形態をあきらかにするのは、すでに制度化され、社会によってすぐに制御されている、人間の時間と空間との内部においてにすぎない。言語についても同様であって、「人間がみずからにとって起源としての価値をもつものを思考することができるのは、つねにすでにはじめられたものを下地としてなのである。」
したがって起源とは、人間にとって、はじまり
─そこから出発してその後の獲得物がつみかさねられていくような、いわゆる歴史の夜明けではまったくない。起源とは、それよりずっとさきに、人間一般が、あるいはどのようなものであれ任意の人間が、労働や生命や言語というすでにはじめられているものとみずからを連接させる、その仕方にほかならない。(p351)
ここまでは一応たどることができそうです。この後再び古典主義時代の発生論と近代の起源についての思考との違いを、ヘーゲルを例に挙げて語る部分になると、私にはよくわからなくなります。
ヘーゲルの『精神現象学』以後、近代の思考が記述するのを止めなかった起源にあるものは、したがって、古典主義時代が再構成しようとこころみたあの観念上の発生過程とはまったく違ったものだ。・・・人間のなかの起源にある物は、そもそもの最初から、人間を彼自身とは別の物に連接させるのである。(p352)
「人間を彼自身とは別の物に連接させる」? 近代が拓いた経験的諸領域において人間という概念はその経験的諸領域の知が明らかにするところによって構成されるわけで、それがたとえばこれこれの進化の頂点に立つヒトであり、これこれの言語史を背後にひかえた話す人であり、これこれの経済活動をふまえた労働する人間であるわけで、それらの背後にあって<人間>を生み出してきた経験的諸領域の知は<人間>に先立って、<人間>の外部にある、<人間>とは別の物にほかならないでしょう。
人間の<起源>を問うことが、人間に先立つ人間の外部へと人間を結びつけるだけのことであるなら、人間の起源への問いに答えを見いだすことはもともとできないわけで、「人間は、人間をその固有の実存と同時期のものとするような起源から引き離されている」(p353)のであって、「時間のなかで生れ、もちろんそこで死んでいくあらゆる物のなかで、人間は、いかなる起源からも引きはなされ、すでにそこにある」(p353)・・・いささか禅問答めいていますが、そうなるわけです。
そのような人間のありようから、むしろ「物がそのはじまりを見出だすのは、人間のうちになのであって、人間こそ、持続の何らかの瞬間に刻印された傷痕というよりはむしろ、そこから出発して時間一般が再構成され、持続が流れ、物がそれ固有のときに出現することのできる、そのような入口にほかならない。」(同前)
この転倒は、ひどく観念論的で、唯物論者のわたし(笑)には???です。その前のところで「物は人間よりずっと以前にはじまっていたし、そのおなじ理由から、経験が完全にそうした物によって構成され限られている人間にたいして、何びとも起源を指定することはできまい」(p352)と述べているので、物は当然ながら人間に先駆けて存在するものであって、起源を問うということがそれら人間の外部に先在する物と人間を結びつけようとすることにすぎないから、実存としての人間の起源は問うことができない、と言っていたと思うので、そうだとすると、その人間に先立って存在するはずの物が「その始まりを見出だすのは、人間のうちなのであって…」以下の言い方というのはよくわかりません。
もっとも、ここで言っているのは人間の起源、というのに代わる物の起源というのではなく、単に人間にとっての物の現れ方というのか、人間にとって意味のあるもの、かかわりのあるものとして物が現れることをもって「物がそのはじまりを見いだすのは」と言っているのであって、ここでいう「物のはじまり」は「物の起源」という意味ではなく、人間に先立つものとして既にあった、その起源という意味ではない、とすれば、まあ矛盾はしないけれど。
というのは、人間というものが見いだされてはじめて、「時間一般が再構成され、持続が流れ、物がそれ固有のときに出現する」というような言い方は、別段違和感がないのです。それはもちろん実存としての人間が生まれてから人間の意識にとってどうか、ということであって、それ以外にそういう時間の再構成とか持続と言った概念はあり得ないですし、ここでは物の誕生とか起源とかはじまりとか言わずに、「物が固有のときに出現する」という言い方をしています。物には物の固有の組織があり、法則があり、担う<歴史>があるわけだから、その固有のあり方をしているけれども、そいつが人間からみたとき、「固有のときに出現する」わけです。変な日本語だけど(笑)・・・
こうした一種の起源をめぐる思考の転倒を、フーコーは「物の後退」という言葉で表現しているようです。
たぶんしかし、いま書いた解釈は間違っているでしょう。というのは、それを正解していれば理解できるのであろうと思われる次の半ページほど(p353下段)が、私にはさっぱり意味不明だからです。意味不明のお経なので、いくら写経と言っても、ワープロではお習字の練習にもならないのですが、少しふれておきます。
再び物の「起源」という言葉を使いながら、ただちに「この場合の起源とは、そこから出発してすべてが誕生することのできる、起源もはじまりもない起源のことだ」という註釈が入るのですが、分かります?(笑)私にはさっぱりわからない。
上に述べた箇所からの論理的帰結として、そういう「物の起源を基礎づけるために異議を申し立てる任務が、思考に与えられる」のだそうです。
そしてこのような任務は「そこから時間の由来する裂け目が時間継起も歴史もなく出現するように、時間に属するすべてのもの、時間の中で形成されたすべてのもの、時間の可動的な本領に宿るすべてのものが、疑問に付せられることを含意している」のだそうです。これも分からない(笑)
ただ、困ったことに、ここから、フーコーさんは次のキーワードである「回帰」という言葉を導き出してくるのですね。
つまり、何かわからないけど、上に述べたような「時間に属するもの」がすべて疑問に付されたときどうなるかを述べたところ。
そのとき時間は、それでも時間を逃れられぬあの思考のなかで、その思考がけっして起源と同時期のものでない以上、中断されるであろう。けれどもこの中断は、起源と思考とのあの相互関係を顛倒させる力を持つにちがいない。起源と思考との相互関係はそれ自身のまわりを一回転し、起源は思考がなおつねにあらたに思考しなければならぬものとなるから、つねにより間近い、だがけっして到来しない切迫のうちに思考にたいして約束されるであろう。(p353)
このあとに「回帰」がやってきます。
そのとき起源は、立ちもどりつつあるもの、思考の赴く反復、つねにすでにはじまっているものの回帰、どんな時代にも輝いてきた光の接近となるだろう。(同前)
かくしていったんは葬られたようにみえた「起源」というキーワードが復活するらしい(笑)。
こうして、三たび、起源は時間をつらぬいてその横顔を見せる。けれどもこのたびは、それは、未来のなかへの後退であり、思考を可能にすることを止めなかったものを目指して鳩の足どりですすみ、前方、つねに後退していく地平線上に、思考がそこからきた光、思考がそこから豊かにあらわれる光を見張るようにという、思考が受けとりみずからに課する緊急命令にほかならない。(p353-354)
「鳩の足どり」ってどんな足取り?(笑)「緊急命令」は「緊急事態宣言」とどう違うのか?(笑)・・・さっぱり分からないです。お手上げ。
でも、とにかくこの「起源」をめぐる「ひじょうに複雑で錯綜したひとつの問題群」の「創始」は「われわれの時間経験の基礎として役立つものであり、そこから出発して、十九世紀以後、人間の領域において、はじまりと再開、隔たりと発端の現前、回帰と終焉が何でありうるのか、とらえなおそうとするあらゆるこころみが生まれた。」とされているのですから、大変重要な思想史上のポイントなのでしょう。
これにつづけて、「じじつ、近代の思考は、人間にとってと物にとってとでは正反対な、起源に対する関係を設定した」と書かれ、次にこの設定にもとづく二通りの「異議申し立て」のあり方を比喩的な表現で説明しています。
こうして、近代の思考は ─ あらかじめ裏をかいていずれにたいしても異議申し立ての力を温存しながら
─ 二種類の努力を認可したのだ。
すなわち、一方においては、時間の統一が再興され、人間の起源がひとつの日付け、諸存在の継起的系列のなかのひとつの折り目以外の何ものでもなくなるように、人間の時間継起を物の時間継起の内部にはさみこもうとする、実証主義者たちの諸努力(この起源を、それとともに文化の出現、諸文明の黎明を生物学的進化の運動のなかにおくこと)をであり、他方において、人間が物についていだく経験、物についておこなう認識、それらにもとづいえて創りだすことのできた諸科学を、人間の時間継起にしたがって一列に並べるための、前者と逆ではあるが補いあうような努力(つまり人間のあらゆるはじまりが物の時間のなかにその場所を持つ以上、人間の個人的あるいは文化的時間は、心理学的あるいは歴史的発生過程のなかで、物がはじめてその信じるの相貌と出会う瞬間を規定することを可能にするはずだからである)をであった。(p354)
このうち前者は実証主義と名指されているし、たとえ、起源への問いとのかかわりで発生した異議申し立てなんだ、とフーコーさんが位置付けて見せる意味合いはまだよく分からなくても、ここで言われている「人間の時間継起を物の時間継起の内部にはさみこもうとする」という比喩的な言い方で実証主義の<起源>に対する思考を特徴づけていることはよくわかります。
でも後者については、フーコーさんの頭の中には具体的な誰それのこういう哲学の主張、というのが明確にあるはずなのに、彼が俺の読者なら誰だって常識としてわかるやろ?と考えたからか、それとも単に片っぽだけ明らかにして半分はテメエで考えな、という意地悪をしただけか(笑)手ぶら読みのわたしには、どういう考え方のことを言っているのか、ここだけ読んでもよくわかりません。
「諸科学を人間の時間継起にしたがって一列に並べ」たって、認識の歴史になるだけだけれど、それは認識の起源につながるんだと考えれば、すなわち人間の起源を問うことになるんだ、というのでしょうかね。
そのあとで「こうした二つの直列化のそれぞれのうちで、物の起源と人間の起源とは互いに従属しあうだろう」というくだりがあるので、実証主義的な人間の<起源>は物の時間継起に挟んで明らかにしようというのだから、物の起源にいたろうとする直列化の操作で、認識の時間継起の直列化を人間の起源に至る操作と見なそう、ということでしょうか。
いずれにせよ、フーコーさんが、<起源>への問いから<回帰>に至り、その対蹠点として「ヘルダーリン、ニーチェ、ハイデッガーの経験」をこの意味不明の文脈で評価するあたりは、まったくお手上げです。彼はニーチェの永劫回帰なんかにつなげたいんですかね。
この節の最後にフーコーさんはこれまでのところを概括しているところがあるので、わからないまま写しておきましょう。さあもしも3回目に通読する機会があったとして、その時には少しは歯が立つかどうか・・・
このようにして、起源についての問い掛けのうちに有限性を再発見することによって、近代の思考は、西欧の<エピステーメー>全体が十八世紀の末に顛覆したとき描き始めた、大きな四辺形を閉ざすのである。実定的諸領域と有限性との紐帯、経験的なものの先験的なもののなかにおける二重化、コギトと思考されぬものとの恒久的関係、起源の後退と回帰、そうした四つのものこそ、われわれ近代人に人間の存在様態を規定してくれるものなのだ。(p356)
きょうはほんとの写経に終始しましたね(笑)
仔鹿ちゃんが気になって、じっくり考えながら再読する気分になれなかったかも(笑)