2016年11月

2016年11月05日

東野圭吾『恋のゴンドラ』

恋のゴンドラ

 東野圭吾さんの作品は、すべてを読んでいるわけではないけれど、主要な作品はほぼ読んでいますが、そのどれも、いつも楽しみにして読んできました。読みやすくて、人間を見る目が温かくて、たとえ犯罪者であっても、彼や彼女が事件を起こすに至る背景がきちんと描かれて、読者がその気持ちに寄り添って納得することができ、どんな事件でも読んだ後味が悪くない。ジャンル小説としての推理小説のように、犯罪のトリックや事件の異様さだけに頼る作品ではなく、どんな特殊なジャンル名も付す必要のない「小説」として読める作品だからです。

 今回の小説は肩の力を抜いたラヴ・コメディといった趣の作品です。気軽に通勤通学の車中で楽しんで読んで、フェイスブックの記事に「いいね!」をつけるように、胸のうちで「いいね!」をつけて、次の読者であるパートナーのためにテレビの横にでも置いておこう、と。

 「いいね!」をチェックするとき、ハートマークの「すごくいいね!」 にしようか「いいね!」にしようか、選択肢を眺めて、今回は「いいね!」でいいかな、という感じで・・・。

 個人的には『白夜行』 での出合いが衝撃的だったこともあって、東野さんの作品の中では、『白夜行』『幻夜』のような、今回との比較で言えば、逆に「肩に力の入った」、言い換えれば著者が渾身の力を振り絞って独自の世界を創りだした作品、そこに描かれた犯罪者がなぜそのような生き方を選ばざるを得なかったかを客観的にも主人公らの心情的にも納得のいくという以上に、読者が深い思い入れなしに読めないほど深く描き切った作品が好きです。『白夜行』を読んで感じるのは限りない哀切さのような感情で、犯罪者であるヒロインに読者としてほとんど恋するように寄り添い、思い入れしている自分に気付きます。

 その後、『容疑者Xの献身』や『マスカレード・ホテル』のように余裕の円熟した技量で人間を描く普通の小説一般としても、また新味のある推理小説としてもすぐれた作品に接して、初期の作品とはまた違った大きな魅力を感じさせてくれた彼の作品ですが、私の手元にはもう一冊も残っていません。研究室にもっていったら、若い人がどんどん持って行ってしまうし、最後はほかのゼミが関わって某住宅団地に創設した一風変わった図書館(自分が読んでしまった本を持ってきたら、図書館の本と交換して持って帰れる図書館)用に寄贈したからです。

 記憶力の悪い私は小説でも映画でも、一度読んだり、見たりした作品を、最後の方まで気づかずに、もう一度最初から新鮮な気持ちで読んだり観たりできる特殊な才能(笑)を持っているので、本当は好きな作品は手元に置いておくべきでしたが、東野さんの作品に関してはみな文庫本になっていると思うので、また読みたくなればいつでも求められるという気持ちがあったからでしょう。老後の・・もう老後ですが(笑)・・老々後の楽しみにとっておきたいと思っています。 

saysei at 11:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年11月04日

國重惇史『住友銀行秘史』

住友銀行秘史

 元住友銀行取締役が沈黙を破って書いた、いわゆるイトマン事件の内幕ものです。

 事件当時の自身のメモを引用して、銀行内部の上層部の一人一人の動きを辿りなおしていく記述は、決して読みやすくはありませんが、その渦中で自らも決定的な役割を果たした人間の証言なので、迫力は超弩級(笑)。

 へぇ!あの住友銀行の頭取が、専務が、常務が、こんなことをやっていたのか!と、不断は絶対にうかがうことのできないメガバンクの奥の院の雲上の人たちの動きを逐一見せてくれるのですから、銀行経営などとまったく無縁の単なる好奇心の強いだけの覗き見趣味をいたく満足させてくれることは間違いありません。

 単なる内幕もの、暴露ものとちがって、派閥の対立、疑心暗鬼、権謀術策渦巻く銀行の中枢に、この銀行のいわばトップ下の位置で幹部たちの動きを、様々な情報のチャンネルを駆使して、ほとんど把握できたらしい著者が、単にその動きを活写しているだけでなく、自ら仕掛けて彼らを動かし、またマスメディアを動かし、大蔵省まで動かして住銀のドンであった頭取を辞任に追い込み、イトマンの社長を追い詰めていく、CIAみたいな積極的な諜報活動を仕掛けて意図を達成していく、「よくまぁ、ここまでやるよなぁ、えげつない奴っちゃ!」と思わせるほど攻撃的な行動者である点が、この本の内容を面白くしているのは間違いありません。

 それに、この著者は銀行内部で、自分がいかに辣腕で、周囲から高く評価されていたか、というのを無邪気に自慢するところがあって、私などのような銀行の世界とは縁もゆかりもない人間からは、銀行業務の遂行能力がいくら高かろうと、それが何か?というようなものにすぎないのですが、その辺にはまったく鈍感なその稚気に満ちたふるまいが、嫌味ではなく、けっこうえげつない剛腕の向こうに垣間見える素顔が案外かわいらしいところがあるじゃないの、と思えてきます。

 著者自身が住友銀行を愛し、そのあるべき姿に立ち返らせるために、その脚にまつわりついて次第に銀行本体を蝕み、取り返しのつかないまで腐食させそうなゾンビ企業を切り捨て、その内部の呼応者と戦っているのだ、と自己の行動を正当化するようなことを言っているのは、まぁ話半分に承っておくとしても、 大蔵省をも頭取をも上司をも欺いてシャアシャアとそんなことを言い、どんどんことを進めていくその大胆な手口、行動力には舌を巻くところがあります。そしてちゃっかり取締役までなっている(笑)

 私のような門外漢はもちろんメガバンクの頭取であろうが何であろうが、何の興味もないし、えらいなんてこれっぽっちも思わないけれど、ある種の権力者であることは間違いないので、そういう人間がこんなあほらしい権力争いを銀行の内部でやっており、権力にしがみついて自ら愚かな行動に出て墓穴を掘ったり、個人的な弱みをつかまれてうろたえる、そんな卑小な人間にすぎないことだけは、この本によって白日の下にさらされています。

 電通などからも、こういう内部の書き手が出てくると、どんなに面白いことか、わくわくしますね(笑)。

 
 

 

saysei at 01:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
記事検索
月別アーカイブ