2011年02月
2011年02月27日
ヤン・イクチュン「息もできない」
遅ればせながらDVDで、ヤン・イクチュン製作・監督・脚本・主演の「息もできない」を見た。
新聞などに載る梗概を見て、辛い映画だろうな、と思って、机の横に積んで、敬遠していた。去年、公開された映画のベストテンをみると、悪を描いたもの、暴力を描いたもの等々、みんな暗そうで、どれもしばらくは見たくないな、わざわざ映画館へ足を運んでまでは・・・と、もともと映画をエンターテインメントとしてしかみない無責任な観客の一人としての気分はそんなところだった。
こういう先入観で、いい作品をよく見逃してしまうのだけれど、今回もどうやらそれだったらしい。この映画はたしか「初めての監督作品」で、「なんとか賞をもらった」というような触れ込みだったから、あぁ若い新人監督の、このくらいの作品かな、と思ってみたら、最初から最後まで強烈なインパクトで猛烈な情念の塊をぶつけてくる中で、こちらの心も固く強張っていたと思うと突然心の奥底の鋭い裂け目から涙がほとばしり出るような、最高に上質な作品で、一気に魂を掴まれてしまった。
主人公サンフンを演じたヤン・イクチュンは、映画の中ではほんとうに役柄ぴったりの、ヤバイ目つきのアンちゃんで、これ、ほんとに俳優かよ(笑)と思うほどの面構えだが、なんとこれが監督も脚本も主演を兼ね、家を売り払って制作費を捻出して製作したという青年監督なのだ。
特典映像でみる彼は、作品の中の彼よりふっくら丸顔の人のよさそうな目をして、世の中に怒りをぶつけようなんて、学生みたいなことを言ってみたり、ちょっとおちょけた声を挙げたりする、まだほんとうに「青い年ごろ」といった感じで、映画の中のサンフンとは別人のようなソフトな印象だ。
相手役の女子高生を演じたキム・コッピも良かった。映画の中では私の知った女性によく似ているのでそのイメージを払い落とすのに苦労としたけれど、サンフンと同様に、家族関係に由来する深い傷を負いながら、それを漏らそうともせずにサンフンに向き合い、心を通わせる女性を見事に演じている。
作品は最初から最後まで暴力づくしで、サンフンの心の深い傷から、汲んでも汲んでも汲み尽せない井戸のように怒りと暴力が迸り出てくる。その唐突で誰にもとめようのない怒りと暴力の奔流や極度に乏しい語彙ゆえの粗野な言葉の向こうに、深く傷ついた柔らかな心が隠れている。
その二人の傷ついた心が溶け合う漢江の畔の深夜のシーンにきて、涙しない観客はいないだろう。ほかの圧倒的な怒りと暴力に覆われたシーンあってのこととはいえ、このシーンは私が見てきた映画の広い意味でのラブシーンのうちで、最も感動的で美しいシーンだった。
ラブシーンと書いたけれど、二人が男女の仲になるような話ではないし、そんな描かれかたをしないのがいい。それぞれの背負う傷の深さが、そんな話になる可能性を封じているといってもいい。男女になるよりもずっと深い、人間の魂と魂がその秘めた核心において触れ合うような交感のシーンと言っていい。
このところ気が滅入るような、行政がどうの、ホールがどうの、というようなことばかり読んだり考えたりしてきたので、久しぶりに心を揺さぶられるような映画を見ることができて、ようやく気持ちの上で、平衡がとれた。
新聞などに載る梗概を見て、辛い映画だろうな、と思って、机の横に積んで、敬遠していた。去年、公開された映画のベストテンをみると、悪を描いたもの、暴力を描いたもの等々、みんな暗そうで、どれもしばらくは見たくないな、わざわざ映画館へ足を運んでまでは・・・と、もともと映画をエンターテインメントとしてしかみない無責任な観客の一人としての気分はそんなところだった。
こういう先入観で、いい作品をよく見逃してしまうのだけれど、今回もどうやらそれだったらしい。この映画はたしか「初めての監督作品」で、「なんとか賞をもらった」というような触れ込みだったから、あぁ若い新人監督の、このくらいの作品かな、と思ってみたら、最初から最後まで強烈なインパクトで猛烈な情念の塊をぶつけてくる中で、こちらの心も固く強張っていたと思うと突然心の奥底の鋭い裂け目から涙がほとばしり出るような、最高に上質な作品で、一気に魂を掴まれてしまった。
主人公サンフンを演じたヤン・イクチュンは、映画の中ではほんとうに役柄ぴったりの、ヤバイ目つきのアンちゃんで、これ、ほんとに俳優かよ(笑)と思うほどの面構えだが、なんとこれが監督も脚本も主演を兼ね、家を売り払って制作費を捻出して製作したという青年監督なのだ。
特典映像でみる彼は、作品の中の彼よりふっくら丸顔の人のよさそうな目をして、世の中に怒りをぶつけようなんて、学生みたいなことを言ってみたり、ちょっとおちょけた声を挙げたりする、まだほんとうに「青い年ごろ」といった感じで、映画の中のサンフンとは別人のようなソフトな印象だ。
相手役の女子高生を演じたキム・コッピも良かった。映画の中では私の知った女性によく似ているのでそのイメージを払い落とすのに苦労としたけれど、サンフンと同様に、家族関係に由来する深い傷を負いながら、それを漏らそうともせずにサンフンに向き合い、心を通わせる女性を見事に演じている。
作品は最初から最後まで暴力づくしで、サンフンの心の深い傷から、汲んでも汲んでも汲み尽せない井戸のように怒りと暴力が迸り出てくる。その唐突で誰にもとめようのない怒りと暴力の奔流や極度に乏しい語彙ゆえの粗野な言葉の向こうに、深く傷ついた柔らかな心が隠れている。
その二人の傷ついた心が溶け合う漢江の畔の深夜のシーンにきて、涙しない観客はいないだろう。ほかの圧倒的な怒りと暴力に覆われたシーンあってのこととはいえ、このシーンは私が見てきた映画の広い意味でのラブシーンのうちで、最も感動的で美しいシーンだった。
ラブシーンと書いたけれど、二人が男女の仲になるような話ではないし、そんな描かれかたをしないのがいい。それぞれの背負う傷の深さが、そんな話になる可能性を封じているといってもいい。男女になるよりもずっと深い、人間の魂と魂がその秘めた核心において触れ合うような交感のシーンと言っていい。
このところ気が滅入るような、行政がどうの、ホールがどうの、というようなことばかり読んだり考えたりしてきたので、久しぶりに心を揺さぶられるような映画を見ることができて、ようやく気持ちの上で、平衡がとれた。