2005年03月
2005年03月29日
旭川
旭川は人口36万人、道内第二の人口というが、札幌がとびぬけているので、道央の中心都市という割には小さな地方都市の感はぬぐえない。大企業というと日本製紙など製紙業くらいで一次産業に依拠している。
繁華街はJR駅前からのびる買物通りと、これに交差する1条通から幾つかの通りのごく狭い幅だけ。夜の歓楽街も、「三六」と呼ばれる三条六丁目あたりに限られる。
それらの店々も、土日の夜だと言うのに、人の入りが寂しい。映画館もみんな車で行ける郊外に行ってしまったそうだ。そういえば、タクシーで博物館から博物館へ移動していくとき、郊外の幹線道路沿いに、ビデオショップなど、大きな店がときおり見えた。なにもかも車を前提にした暮らしになってしまって、都心は寂しいものになってしまったようだ。
そんな中で、動物園は全国にその名をとどろかせ、年間100万人を集める勢いで、いまや観光の目玉のようになっている。これも郊外の旭山という丘陵にあるが、マイカーや観光バスで続々と来園が押しかけるのである。
買物通りは歩行者天国で、ところどころに美術の造形作品が置いてあって、灯りがともると風情がある。西武百貨店やマルイのような大きな商業施設もあるが、若者向きのメディアショップやファッションの店を含む、雑多な店々が思い思いの表情で並んでいる。音楽を鳴らしてアメリカ村のようなところもある。
ちょっと左右の路地に入ると、居酒屋があったりする。食べ物は新鮮な魚介類もジャガイモもチーズ、ソーセージなどもおいしい。ラーメンは名高いけれど、私が入った「青葉」というラーメン屋のおすすめだった醤油ラーメンは、東京風の辛さで、京風薄味に慣れた私の口には合わなかった。
富良野まで1時間くらいとのこと。ラベンダーの咲く季節には観光客で賑わうらしい。旭川も道央の中心都市として、様々な産業の流通拠点になっているのであれば、その種の産業のプロセス自体を観光資源にすることができないかと思う。
オランダの花卉生産の中心地であるアールスメールを訪れたとき、徒歩で街へ近づいていくと周囲の畑がみな色とりどりのチューリップで、本当に花の街へ近づいているのだ、ということが感じられてワクワクした。街へ行くと花市場があり、花を競りにかける会場も見学でき、競り落とされた花が、そこから運河を使って船でヨーロッパ中に輸出されていく現場を見ることができる。
花卉生産でも農産物でも材木でもいい、いまそれぞれの企業でばらばらにやっている生産流通のプロセスの一部をうまく集約して、見て面白いものになるように工夫することはできないものか。道央の中心都市、という旭川という都市の性格を思ってそんなことを考えた。
at 02:50|Permalink│
2005年03月27日
旭山動物園
旭川に来ています。
今朝は雪がちらつく中、開園時刻の2時間前に旭山動物園へ行ったのですが、もう10人くらい門前にたむろしていて、それからは続々。30分前までには観光バスが6?7台勢揃いして、一挙に列が倍に。20分ほど開園を早めて、深い雪の積もる園内へ。
冬季最大の呼び物は、ペンギンの園内団体行進です。雪道の両側で見守る私たちの目の前を団体でヨチヨチ歩きしていくペンギンには何とも言えない愛嬌があって、みんなこれだけでも来園した甲斐があるといった表情。
ほかにもペンギン館、シロクマ館、アザラシ館、猛獣館、オランウータン館などに、動物園の展示革命と言えそうな工夫があります。
ひとつは動物を物理的に来園者に近づける工夫。
二つ目に、動物の習性に沿った自然な動きができる空間を用意し、これを来園者が様々な視点から見られるようにしたこと、
第三に解説を幼稚園の先生が園児に提示するような手書き文字にヘタウマ風のイラストで通していることです。
それは古い牢屋型展示と違うだけでなく、それに対するアカデミックな反省に立ったいわゆる「生態展示」とも決定的に異なります。この革命のポイントは、設計思想の中に、初めて来園者が捉らえられたことにあります。
理屈はさておき、閉園までの3時間余、童心に返って楽しみました。来園者の表情がこんなにみんな幸せそうなのをみたのは、東京ディズニ?ランド以外にはありません。
来てみるまでは、生態展示ならいま新しい動物園ならたいてい採用しているのに、なぜここだけそんなに話題になるの?と思っていました。実際に見て、年間100万人来園して日本一の動物園と言われるのもナットクです。
でも動物はほかの動物園でみたものばかりだし、もっとお金をかけた動物園だってたくさんあるはず。いままで全国の動物園はなにをしていたのかと思えてくるほどです。
しかしそれはコロンブスのタマゴ。現場で客に接する職員の声に耳を傾け、廃園寸前の施設を徹底してユ?ザ?の視点で甦らせた園長に心から敬意を表したいと思いました。
at 23:04|Permalink│
2005年03月25日
金沢21世紀美術館
金沢21世紀美術館を訪れて驚いたのは、常設展示が見られなかったことだ。開館記念展は終了していたが、休館日は避けて行ったので、当然常設展示が見られると思っていた。
施設ガイドにはコレクション展示室という名称もちゃんとある。ところが中心となる有料展示室は全部閉ざされていて、次は4月の5日(?)からとか。それもインフォメーションの女性スタッフによれば、新聞社共催の企画展のようだ。
「常設展は無いんですか?」と尋ねると、「まだ展示をどうしていくかは、はっきり決まっていませんので・・・」と驚くべき返答だった。
まさか方針未定はありえないと思うけれど、コンテンポラリー・アートを取り上げていこうという美術館だから、常設展示という概念を相対化して、コレクションを短いサイクルで展示替えしていくようなことを考えているのだろう。
それにしても、開館展のあと、市民がこの美術館へ来ても中心になる展示室は全部クローズドで、ほとんど何も見られない期間が1?2週間もあるというのは信じられない。
マスメディアを使ったPRが上手で、この美術館を紹介したテレビ番組を見た人は、よほど魅力的な美術館だと思うのではないか。私もそうだったが、来てみるとテレビでみた印象とはかなり違う。規模も思ったよりずっと小さい。円の輪郭の内部に、博覧会のパビリオンのように、大小幾つかの直方体の箱が置かれている、と思えばいい。その箱が展示室だ。すべての展示室がオープンしていても、たぶん見て回るのに小一時間もあれば十分で、見方によっては疲れなくて済む手頃な規模かもしれない。
休館日でもないのに、今日の来館者が見られたのはサークル状の細い館内通路の外側に配された数点の作品と「タレルの部屋」と名づけられた一室、それに通路から垣間見える作業中の中庭(「光庭」)に設けられたレアンドロ・エルリッヒの「スイミング・プール」(ただし、プール内部にははいれないので、どこにでもあるプールとして眺めるだけ)と、パトリック・ブランの「緑の橋」くらいのもの。
「タレルの部屋」は何も無い空間だが、天井に四角い大きな穴があいていて、今日も昼間は青空が見えていた。「ブルー・プラネット・スカイ」という、ジェームズ・タレルの作品だそうだ。金沢のことだから、この穴から室内に雪が降ると面白い光景になるかもしれない、と思った。
休館日でもないのに、訪れる市民にとっては休館日同様の今日の美術館で一番良かったのは、午後10時まで開いているというカフェレストランだ。
前は全面ガラスで視覚的に外と内の境を消し、内部は白が基調で明るい。私にはまぶしい、けばけばしい白で、もっとシックな色がいいけれど、若い人好みかもしれない。
料理もセットメニューのメインディッシュは美味しいと思わなかったが、前菜とデザートが良かった。前菜は肉、野菜、魚介類など、様々な素材を調理した極めて多種類の大皿が並んだコーナーから、各自自由に選んで、プラスチックの広い皿に取り放題。おかわりもできる。これは若い人に受けるだろう。一つ一つの味も悪くない。
デザートも多種から選べて、どれもおいしそうだし、若者向きにボリュームがある。コーヒーカップなども面白いデザインのものを採用していて、楽しめる。ちなみに、私が選んだのは、マンゴー添えジェラートののったジャスミン風味のクリーム・ブリュレ。これは良かった。
前菜からメインディッシュ、デザート&コーヒーまで、「上」の部のワンセット2000円少々は、昼食としては高めかもしれないが、内容を考え、オシャレな雰囲気が楽しめることを加味すれば、コストパフォーマンスは悪くない。
at 01:04|Permalink│
2005年03月11日
「バレエ・ダンサー」
京都シネマでロバート・アルトマン監督の「バレエ・カンパニー」を観る。単純な内容だし、映画としての奥行きの深い作品ではなく、妙に行儀のよいオーソドックスで古典的な映画だが、登場するバレエが素敵で、映像も音楽も美しい。
主演以外のダンサーはすべてジョフリー・バレエ・オブ・シカゴの現役ダンサーだそうだ。しかし、ドキュメンタリーではなく、あくまで劇映画。けれども登場するダンサーや振り付け師はホンモノにこだわるという、劇映画としては過剰ともいえるリアリティが追求されている。
主演のネーヴ・キャンベルはこの映画の企画を製作会社に持ち込み、6歳から15歳までダンサーとして活躍した彼女は、すべてのダンスシーンを代役なしでこなしたという。
現実の彼女はダンサー間のはげしい競争からノイローゼになって15歳のときダンサーをやめ、モデルを経て女優に転身した人。そのバレエカンパニーでの経験が原案に生かされている。
顔つきも体型も必ずしもバレエダンサーらしくないけれど、15歳でバレエをやめたとはとても思えないほど、映画の中で彼女が踊る姿は美しい。
もう一つ、とても魅力的なのは、ヒロインの恋人ジョシュ役のジェームズ・フランコ。ジェームズ・ディーンの印象だな、と思って観ていたが、帰宅して調べると、すでに「ジェームズ・ディーン」という映画で主役をこなしたことのある俳優らしい。「スパイダーマン」でブレイクしたらしから、知らなかったのは、「スパイダーマン」を観ていない私くらいのものだったのかもしれない。
ジェームズ・ディーンほどのクセがなくて、シャイな感じはジェームズ・ディーンそっくり。やさしい素敵な目をしていて、身体が美しい。この俳優はもっともっと人気が出るだろうし、ジェームズ・ディーンの「エデンの東」のような、彼にぴったりの役柄をこなして大成する日がくるだろう。
あと一人、準主役級の芸術監督ミスターAを演じているのが、「if」のマルコム・マクダウェル。歳とっているので見違えたけれど、よく観ればあの特徴のある目鼻が記憶の底から甦ってくる。彼がダンサーたちに、「そうじゃないんだ。いま表現しようとしているのは若者が反乱を起こした60年代なんだぞ!」と60年代を講釈するシーンが、それを揶揄する若いダンサーたちの茶番劇とともに登場するのは可笑しかった。
「if」はイタリア人の友人と一緒にロンドンの映画館で封切を観た。司祭が反乱学生と体制(大学)側との仲裁にしゃしゃり出る最後のシーンで、ぼくらはいっせいに「撃て!」と叫び、そのとおり屋根の上でピストルを構えたマクダウェルが司祭の額をぶちぬくと、客席から喝采をおくって、(たぶん)周囲のイギリス人紳士淑女の顰蹙を買ったものだ。若気の至りである。
主演以外のダンサーはすべてジョフリー・バレエ・オブ・シカゴの現役ダンサーだそうだ。しかし、ドキュメンタリーではなく、あくまで劇映画。けれども登場するダンサーや振り付け師はホンモノにこだわるという、劇映画としては過剰ともいえるリアリティが追求されている。
主演のネーヴ・キャンベルはこの映画の企画を製作会社に持ち込み、6歳から15歳までダンサーとして活躍した彼女は、すべてのダンスシーンを代役なしでこなしたという。
現実の彼女はダンサー間のはげしい競争からノイローゼになって15歳のときダンサーをやめ、モデルを経て女優に転身した人。そのバレエカンパニーでの経験が原案に生かされている。
顔つきも体型も必ずしもバレエダンサーらしくないけれど、15歳でバレエをやめたとはとても思えないほど、映画の中で彼女が踊る姿は美しい。
もう一つ、とても魅力的なのは、ヒロインの恋人ジョシュ役のジェームズ・フランコ。ジェームズ・ディーンの印象だな、と思って観ていたが、帰宅して調べると、すでに「ジェームズ・ディーン」という映画で主役をこなしたことのある俳優らしい。「スパイダーマン」でブレイクしたらしから、知らなかったのは、「スパイダーマン」を観ていない私くらいのものだったのかもしれない。
ジェームズ・ディーンほどのクセがなくて、シャイな感じはジェームズ・ディーンそっくり。やさしい素敵な目をしていて、身体が美しい。この俳優はもっともっと人気が出るだろうし、ジェームズ・ディーンの「エデンの東」のような、彼にぴったりの役柄をこなして大成する日がくるだろう。
あと一人、準主役級の芸術監督ミスターAを演じているのが、「if」のマルコム・マクダウェル。歳とっているので見違えたけれど、よく観ればあの特徴のある目鼻が記憶の底から甦ってくる。彼がダンサーたちに、「そうじゃないんだ。いま表現しようとしているのは若者が反乱を起こした60年代なんだぞ!」と60年代を講釈するシーンが、それを揶揄する若いダンサーたちの茶番劇とともに登場するのは可笑しかった。
「if」はイタリア人の友人と一緒にロンドンの映画館で封切を観た。司祭が反乱学生と体制(大学)側との仲裁にしゃしゃり出る最後のシーンで、ぼくらはいっせいに「撃て!」と叫び、そのとおり屋根の上でピストルを構えたマクダウェルが司祭の額をぶちぬくと、客席から喝采をおくって、(たぶん)周囲のイギリス人紳士淑女の顰蹙を買ったものだ。若気の至りである。
at 00:57|Permalink│
2005年03月06日
フィレンツェ展
岡崎公園の京都市美術館で開催中の「フィレンツェ展」を見てきました。ウッフィツィもピッティも放浪時代に魅せられて印象に残っているので、おなじみの絵画や彫刻に限れば、今回はるばる海を渡ってきた作品には悪いけれど、少し寂しい気がしました。
学芸員さんがこれは重要である、と書かれても、そういう美術的な知識なしで、素人が一目見て魅入られてしまうような圧倒的な作品が、両美術館にはいくらでもあるので、どうしようもないところがあります。
それでも、ボッティチェリのテンペラ画「婦人の肖像」や、ジョットの「悲しみの聖母」、ミケランジェロの「磔刑のキリスト」などは強く印象に残る作品です。
今回の展覧会では、しかし、美しい写本や建築、医学関係の展示に面白いものがありました。ルネサンスのフィレンツェをアートを軸にしながらも多元的にとらえようという視点が、その意味では生きていたのだろうと思います。
建築や医学のあたりには、私たちにとって興味深い市民の生活の匂いが少しですが、漂っています。そのへんがもっと展開されれば、美術展も新しい次元へひらかれていくような気がします。
*
高島屋の地階で野菜とフォーションのパンを買って、寺町通りを三条まで歩く。かつては沢山のお寺があったこの地域も、肝心のお寺が移転してしまって、関連商品である数珠を売る店なども2?3軒を残すのみ。
結婚祝いに親戚の伯母さんたちがプレゼントしてくれて初めて背広を仕立てたのも寺町通りの店だったけれど、いまは若者向きのカジュアル系のファッション全盛で、派手なTシャツなど店先につるし、ガンガン流行のポップスやロックを流している。あとはファーストフードの店、たこやき屋等々、すっかりアメリカ村化してしまった。
三条の角を西へ折れて、建築的に面白い旧毎日新聞京都支局、いまはちょっといい活動をしているホールやレストランのある「1928ビル」のはすかい向かいの「BCP」、Brasserie Cafe Paris へ。
ここは赤や緑の簡素な椅子、テーブルも、壁にべたべた貼ってあるポスターも、黒板に手書きのメニューも、従業員のユニフォームも、パリの大衆的なカフェ&レストランのスタイル。嬉しいのは、軽食の味もパリの大衆カフェそのまま。
今日のランチから「ポークとソーセージのシュークルート」を選ぶ。ああ、この味、この味、と妙に懐かしくなる。パンも、がわが硬くて中の柔らかいちょっぴり塩っけのある、テーブルの上にゴロンと置かれる、あの田舎っぽいフランスパン。バターなんかついてない。クリームをつけて食べるケーキがまた素朴でおいしい。コーヒーの味もいい。お勘定はテーブルで。
真似もここまで徹底してくれると嬉しい。
だいたい、日本の「フランス風」の店は、カフェでもレストランでも、へんに高級めかして、馬鹿高い値段をつけている。たいした味でもないのに、店構えやらメニューやら店員ばかりがめかしこんで、「おフランス」を気取っている。そういうカフェでうまいコーヒーを出してもらったためしがない。
また、パリなら4000?5000円で美味しいフルコースで堪能できるレストランがいくらもあるのに、形だけ同じものを日本のフランス料理店で食べると倍はとられる。味はせいぜい八掛け。
BCPはそういう気取りから自由だ。パリのいたるところにある、若者が気軽に入れて、毎日でも行ってくつろげるカフェ&レストラン。観光で京都へいらっしゃるみなさん、三条界隈をうろつくなら、一度試してごらんになっては?
at 23:17|Permalink│