2009年08月25日

高校野球

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 中京という名を聞いて記憶の底から、子供の頃の思い出が甦ってきた。
 
 小学校の4年生から卒業までの3年間、甲子園球場のすぐそばの、父の勤務先の社宅に住んでいた。今津網引町と言ったから、昔は浜で網を曳いていたようなところだったのだろう。庭で苗木を植えようと掘っても、すぐ砂地があらわれた。

 住まいの周辺は比較的落ち着いた住宅街だったけれど、浜までは子供の足でも歩いて遠くはなかったし、浜風がそのあたりまで渡ってきた。すぐ前はテニスコートで、軟球しか知らなかった私には、毛の生えた黄色い硬球がハイカラに見えた。

 テニスコートに沿って駅のほうへ少し行くと、その向こうに甲子園球場がデンとひかえている。いまのようにアスファルトの広い道路が縦横に走って、高架になっているようなこともなかったし、周囲に緑もあって、のんびりしていた。うちの横も長い間、なんにも建っていない原っぱで、そこでよく三角ベースをやっていた。

 夏の甲子園は独特の熱気があって、家の2階にいると、ときおり風にのって、球場内のワァーッ!という歓声や、鉦・太鼓の音が聞こえくる。そわそわしはじめるころに、一足先にたまらなくなった友達が誘いに来る。いまでもそうなのかもしれないが、高校野球は外野が無料なので、少し遠いのだけれど、広い球場の外周を回りこんで外野の入口まで行って、球場へ入る。

 私自身は野球少年でも何でもなかったけれど、友達はごりごりの阪神ファンで、熱心な野球少年だった。彼に誘われて、阪神タイガースの現役選手たちがお相手をしてくれる、夏の野球教室にも行った。

 そのころは藤村兄弟の兄のほうが一軍の監督をしていたが、太ったおもしろいおじさんで、選手たちがあんまりふがいないと、自分がバッターで登場して豪快に空振りしたりしていた。弟のほうは、スリムで、とても真面目そうだった。

 4番バッターは田宮でこれも太めで、冗談好きな子供受けする選手だった。ショートは吉田。いまの若い人が辛うじて記憶しているかもしれないのは、のちに監督になったこの人くらいだろうか。

 彼は抜群のフィールディングでボールを捌いて走者をアウトにするので、そのすばやい動作やワザをツバメだとか、ツバメ返しだとか言われていたと思う。本人は冗談など言いそうにもない、生真面目で暗い印象の、小柄な選手だった。

 それでも、それらの選手がみな私たちがもって行ったサイン帖にサインしてくれて、いまでもそれは少年時代の思い出として大切にしている。

 そのころは高校野球もよく見に行ったが、それも私の友人に誘われてということが多かった。私は父の転勤で4年生で引っ越してきたので、クラスメイトたちには色々教えてもらったが、とくに一番近所だった彼には色んなところへ連れまわしてもらった。

 彼はなぜだったか思い出せないけれど、中京商業(「商業」がついたと思う)を応援していた。そのころ、中京商業は夏の全国大会の常連でけっこう強かった。あるときなどは、彼が行こうと言いだして、選手たちの泊まっている宿舎まで二人でおしかけ、別に知り合いがいたわけでもなかったのに、部屋まで上げてくれて、なんとなく憧れの選手たちを見るような感じで、荷物をあけてくつろいでいる選手たちの姿を眺めていたのをおぼえている。

 私はそれまで広島に住んでいたので、広島代表を応援し、さらに両親の出身地で親戚の多い三重県代表を応援していた。ただ、当時は「三岐代表」といって、三重と岐阜で一校しか出てこないので、たいていは岐阜商だったかを応援していた。

 ところが、或るとき、三重県から初出場の四日市高校が代表で出てきて、勝ち進んだ。これは外野席でおさまらず、父も応援しに行くというので、内野席で決勝戦を見た。あのときの投手の高橋は、あまりスタミナがなくて(というより一人で全試合連投していたから無理も無いのだけれど)、ベンチへ戻ると酸素吸入している、というようなことが報じられていたが、コントロールがとても良かった。ネット裏で、一球一球祈るような気持ちでみつめていた。

 結局、四日市は初出場で全国優勝をはたした。その後高橋投手はジャイアンツに入ったので、期待していたけれど、鳴かず飛ばずで消えていった。プロは厳しいもんだな、と子供心に思った。

 それでもプロですぐに通用するどころか、並み居るプロ選手たちを飛び越えて、新人賞からさらに引き続きプロ選手として記録を塗り替えていくような、人並み外れた資質をもった高校野球の選手も少なからず出てくるようになったのだから、もうそんな感想も古い時代のものになってしまったのかもしれない。少なくとも、その手の才能というのは、個人次第ということだろう。

 ただ、個々の技量云々は別として、今回の決勝戦のように、とても追いつけまいと思うような状況でも、信じられないような意地と粘りをみせて、あわや最後の最後でひっくり返すかというところまで引っ張っていくのは、いまも昔も変わらない高校野球の良さだろう。実際、そんな場面でひっくり返してしまったようなケースも少なくは無い。高校野球にはプロとはまた別のドラマがあるのだな、と納得する。
 




 

at 17:48│
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