2005年07月11日
『夜のピクニック』

学生時代から本屋さんはたいてい毎日覗く。もちろん毎日買うわけでもないし、立ち読みの常習犯というわけでもないけれど、ちょっと本の並びを眺めるだけで、なんとなく気分が落ち着く。
そう言っても、私は本の虫ではない。読書家でもない。好きな本は沢山あるけれど、本好きかといわれると、どうも自分ではそんな気はしない。本を読んでいるより、若い人と話しているほうが楽しいし、美しい風景をぼんやり眺めたりするほうが好きだ。賑わう街をひとり気ままに歩くのも大好きだし、面白い映画を見るのも本を読むよりすきな気がする。
けれど、毎日ちょっとでも店先を覗いていると、そのときどきに、いやでも目につく本の顔というのがある。ここ何週間か『電車男』の顔を見ずに本屋を出るのは難しい。少し前までは、<セカチュー>がそうだったし、ホンヤクものの『ダヴィンチ・コード』なんかもその部類だった。ブロック・バスターというのだろう、初版で大量に刷って、映画にテレビにビデオ、マンガや雑誌に、一粒で何度もおいしい展開をはかり、大々的な宣伝で売りまくる、現代の本の売り方を象徴するような平積みの本たち。私たち客のほうも、平積みされた本は、みんなが読む本だろうと思い、いちおう目を通しておくか・・・と誘惑されやすい。そして、背しか見えていない本棚の本と違って、平積みの本は顔をもろに見せているから、つい中身よりも器量で選んでしまう (^^;
恩田陸の『夜のピクニック』も私にとっては、そういう本の一つだった。ただし、この作者の本は一冊ではなくて、何冊も平積みされている。よほど人気のある作家らしい。それでも警戒心の強い私は、ここ数週間、買わずに我慢してきたのだけれど、学期も終わりに近づいて、少し気がゆるんだと見えて、つい手にしてしまって、今日の電車の往き帰りに読んでしまった。
これが結構面白い。ストーリーは、高校生活最後のイベント「歩行祭」で80キロを歩き通すまでの高校生男女の内面と相互の関わりを、同級生となった異母兄妹の緊張関係を軸に描くという単純きわまりないものだ。ただ、高校生たちの心情と振る舞いが、非常に微細に、丁寧に辿られていて、まさにこのように感じ、考え、振舞うであろうと思える。凡庸な想像力が、こうであろうと考えるよりも、もう一皮めくったところまで想像力が届いている、という確かな感じがある。そこが筆力というものだろう。
私は作者の名の漢字表記だけみて、なんとなく男性作家と思い込んで読み始めたが、途中でどうも変だな、と違和感を持ち、やがてこれは女性の筆だと確信した。そのとたんに読んでいてしっくりいくようになった。いますぐどこがどうとは言えないけれど、男性グループと女性グループの内面や振る舞いを交互に描いている中で、明らかに女性グループのほうの登場人物の感じ方、考え方、言動のほうがリアリティがある。
それこそ事件らしい事件も起こらない。暴力もセックスもない。ただ80キロをえんえんと歩くというイベントに参加している高校生たちの、惹かれあったり反発したりという互いの感情と振る舞いが丁寧に描かれる。それで結構読ませてしまう。後味もいい。本屋の店員さんが選ぶ本屋大賞や吉川英治文学新人賞などを受けているそうだ。平凡な人間の平凡な言動を描いてサスペンスのようにハラハラさせられ、この先どうなるのかと先を急ぎたくなる、そんなエンターテインメントが可能であることを実証したような小説だ。
at 23:00│