2025年04月21日
きょうの国会中継から(4月21日) ~ 愚かな愚かな小沼巧議員の質問時間の浪費
きょうの国会中継から
愚かな愚かな小沼巧議員の質問時間の浪費
先ほどから国会中継をやっていたが、自民のを一人聞いて、次の立憲民主の女性議員の何の意味もない質疑に続いて、同じ党の小沼巧という議員の質疑に入って、あまりにも阿呆な質問ばかりしつこくやっていたので、思わず一体どんな阿呆面した奴が居丈高に喋っているのかと、無理に首を捻って画面を確かめたほどだ。
質問はひたすら、過去の日米貿易協定関して、今回のトランプ政権の関税政策が協定違反であり、そもそも交渉のテーブルに載せること自体が協定違反ではないか、という理解を前提に、日本政府は日米貿易協定違反である、という認識を持っているのか。ならばなぜこれが交渉のテーブルに載るのか。そこが曖昧だから交渉せざるを得ないのではないか。
要はそんなことだ。それだけのことを繰り返し馬鹿みたいにしつこく重ねるだけで、ほかには何もない。
日米貿易交渉はかねてから貿易不均衡や、関連する日本の自動車産業の攻勢による米国自動車産業の衰退や米の特殊性を盾に米国の農産物を輸入に関税など様々な障壁を設けてきたことへの不満、次元は異なるが、国家の安全に関わる防衛に関して、米国には日本を守る義務はあるが、日本は憲法上軍事的に米軍を守れず、国土に米軍基地をおく義務を負うのみである、という片務的なものであることが、米国側の心象をずっと不満として抱き続けてきた。
これを確か安倍政権の時に押し切られそうな強いプレッシャーがあったが、トランプの恣意性と相対(あいたい)的なディールをこととする手法によって、「安倍との友情」とやらで、一時棚上げしたにすぎない。いずれは正面から向き合わなければならないことは言うまでもない。
私は、米や他の農産物に関する米国の要求は、ほぼ全て受け入れれば良い、とかんがえる。
また、自動車の誤解に満ちた「非関税障壁」についても事実上全部みとめ、米国と同じ規制水準にすれば良い。それでも米国車が売れなければ(売れるはずがない)、いくらお馬鹿な米国の怠惰な自動車産業の連中も、自分たちの製品に価値がないことを身に染みて覚らざるを得ないだろう。
米や農産物の市場開放は長期的には必須であり、また日本の農業振興に役立つ。当面は輸入増で、これまで膨大な税金を使って過保護にしてきた国内の零細生産農家は破綻するから、これをあらかじめ救済して新しい技術や体制に基礎をおく次の時代の農業の生産、流通のモデルを作り、根本から農業革命を推し進めなくてはならない。
ただし、絶対に間違えてはならないのは、生産農家への救済措置を取ることは許容されるが、その利害を代表するという建前で生産農家を搾取してとんでもなく肥大し、政権党議員らと癒着して巨大な政治力を持つに至った農協だのJAだの農業連合会だの私は知らないが巨大な利権を貪る既得権をしがみついて離さない組織、団体は、完膚なきまで叩き壊し、2度とゾンビのように再生することを許してはならない。
ましてやそんなゾンビに国民の血税を一滴たりとも注いではならない。
これまでのいわゆる政治改革が実質的には何もすすまず、もっとも安定した政権であった中曽根内閣でやっとの国鉄民営化、圧倒的に国民の支持を得た小泉内閣でも郵政グループの中途半端な解体しかなし得なかったのは、こうしたら一旦肥大した権力を手にした既得権者は、ほとんど暴力的な剥奪でしか既得権を手放すことはあり得ないことを世に知らしめた。
私たちはこの教訓から学ばなくてはならない。さもなくば改革など永遠に訪れない。
その意味では、今回のトランプの関税政策による破壊力は、日本の旧体制打破、肥大した無用の権力の完膚なきまでの解体、既得権からの引き剥がし、将来の日本のあり方を示す新しい体制づくりにとって、まさに千載一遇のチャンスであり、強力な外圧でしか動かないそれら抵抗勢力を、癒着政治家もろとも一掃するまたとはない機会だ。
おそらく、この機会をのがせば、もうわが国の旧態依然の権力構造は永遠に変わらず、わが国は世界に大きく遅れをとった劣等国として衰亡の一途を辿るだろう。
この外圧を国内既得権の解体の武器に変えることに比べれば、トランプ旋風の良し悪しなどどうでも良い。
国難には違いない。だから、国難だからこそ、全国民、政治家、官僚らが一致団結して、これまで個々の利害に執着してきた既得権の類にしがみつくことを許さず、肥大した抵抗勢力の権力を剥奪し、組織を徹底的に解体してしまうことが、最優先だ。
与党内でも常に少数派だった石破にはそれがよくわかっているはずだ。くれぐれも米作農家を守り育てることと、肥大した無用の既得権者に過ぎない農業団体を守ることとを混同しないことだ。後者は外圧を利用して、すぐにでも解体すべきだ。
ここを忘れたら、改革などありえない。米などいくら輸入しようが、国内の個々の生産農家を守る手立てさえ講ずれば、まったく恐れる必要などない。農業団体には解体の恐怖を味合わせでやれば良い。
こうした外圧を国内の劇的な改革の水路に導くことで、日本の農業が将来にわたり国民の食糧を持続的に供給し続け、貿易摩擦や戦争などに遭遇しても耐えられる可能な限り自給自足的な体制に近付けることが、食糧安全保障における国家百年の計として是非とも必要だ。
それはまた同時に将来の先端技術農業で世界野市場に打って出るまたとないチャンスでもある。
これらすべてに、国家百年の計を構想し得る透徹した構想力に支えられた長期的な展望が不可欠だ。
はたして今の日本の政治家にそれだけの人物が一人でもあるだろうか。おそらくはいないだろう。いれば、とうに頭角を現しているはずだ。
私たちは、次かそのまた次の世代に期待するしかないのかもしれない。しかし、許された時間は長くはない。
時計の針を逆回転させるようなおバカたち(与野党を問わず愚衆に取り入るへつらいのポピュリストのような)にだけはまかり間違ってもバトンを渡さないようにして、いまある人材のうちまだしもましな政治家や官僚につなぎ役をしてもらって、次またはそのまた次の世代を育て、確実にバトンを、引き継がなくてはならない。
石破や野田、枝野や森山は引き継ぎ役が出来る程度の賢明さと能力、ある程度の長期的展望ができる視野を持つ政治家だ。
逆に今、現金給付だ、消費税減税だと騒ぐポピュリストたち、国民民主の不倫男玉木雄一郎や榛葉幹事長ら大半、次々お宿を変えてきた維新のヤドカリオトコ前原、立憲民主の江田、自民党高市早苗やそれ以下の阿呆たち、公明の斉藤ら、みな選挙のことしか頭にない超近視眼的、視野狭窄的病者は、この上もない無責任ぶりを発揮して、確実に時計の針を逆回転させるだろう。
代替財源をきちっと明示して、その影響を査定した上で、選択した政策の効果、悪影響を厳しく第三者に査定させ、結果責任を負うことを国民の前で明言した上で、減税でもゲンナマバラマキでもやるがいい。それなら、尻軽男らの言葉でも少しは騙されてやってもよい。
しかし、そんなことができるポピュリストなど与野党を問わず一人もいやしない。みな口先だけの詐欺師に過ぎない。玉木の大衆蔑視のあのヘラヘラした迎合ヅラを見るとムシズが走る。さっさと議員を辞めてほしい。
103万円の壁などという小咄をでっち上げて、少しでも所得を増やしたいという庶民の思いにつけ込んで、将来世代への責任を放棄した迎合政策に狙いを絞って選挙で思わぬ「勝利」をおさめたために、その成功体験に味をしめ、ますます無責任の度を強めてポピュリズムへの傾斜を強めるだろうことは誰にだってわかることだ。
この衆愚政治が私たちをどこへ連れて行くかは誰にも分からない。
お馬鹿なポピュリストを導くのはお馬鹿な衆愚だから、いずれも自分たちがどこへ行くのかを知らない。
おそらくは世界的な混乱の時代に自らとそれに続く子や孫の世代に何の責任も取ろうとしなかった報いとして、私たちは衰亡の一途をたどり、あらゆる意味で貧しい三等国、四等国に成り下がり、他国のお情けで生きる、世界に相手にされようのない、何の存在感も持たない劣等国民になり下がるほかはないだろう。
だいぶ話が脱線したので、過去の貿易協定をめぐって日米交渉にお馬鹿なイチャモンをつけている議員に戻ろう。
小学生にもわかることだが、交渉には相手がある。
圧倒的な腕力のガキ大将相手に、おチビが「おまえのいうことは前の約束に反するから、そもそも交渉のテーブルに載せることなどできない!」と拒否したらどうなるか、よほど低能でない限り誰にでも分かる。
こういうのを「正論」というのだろうか。
独りよがりな議論に固執し、相手が戦略的に開けておいた隘路を自ら潰して、交渉に背を向けてしまう、最悪の姿勢であることは馬鹿でもわかる。
小沼なる議員がどういう出自かは知らないが、彼の愚かで勇ましい質疑を聞いていると、ひたすら現実離れしたトンチンカンな「正論」を庶民感覚と大きく乖離したインテリ言葉で語っていた1950年代くらいの、ソ連などの影響下にあった社会党などいわゆる革新系と言われた政党の党首らの硬直した語り口を彷彿とさせた。
いまだにこんなアナクロ議員が国民の代表でござい、という顔をして国会に席を持っているんだなあ、と呆れた。
彼のような愚かな議員に比べれば、石破や赤澤は数段上等であることは答弁を聞いていてすぐに分かる。
お馬鹿な質疑に付き合って、長い無駄な時間を浪費することはこんな時期にまことに気の毒だが、頭の悪いのはともかくも相手も身分は議員だから、政府として付き合うのは仕方ないだろう。
いずれにせよ、国会質疑でまともな中身のあるものは与野党を問わずない。
やはり議会とは、対立する政治権力が対峙して、自己アピールするパフォーマンスと妥協の装置にすぎないのだろう。
愚かな愚かな小沼巧議員の質問時間の浪費
先ほどから国会中継をやっていたが、自民のを一人聞いて、次の立憲民主の女性議員の何の意味もない質疑に続いて、同じ党の小沼巧という議員の質疑に入って、あまりにも阿呆な質問ばかりしつこくやっていたので、思わず一体どんな阿呆面した奴が居丈高に喋っているのかと、無理に首を捻って画面を確かめたほどだ。
質問はひたすら、過去の日米貿易協定関して、今回のトランプ政権の関税政策が協定違反であり、そもそも交渉のテーブルに載せること自体が協定違反ではないか、という理解を前提に、日本政府は日米貿易協定違反である、という認識を持っているのか。ならばなぜこれが交渉のテーブルに載るのか。そこが曖昧だから交渉せざるを得ないのではないか。
要はそんなことだ。それだけのことを繰り返し馬鹿みたいにしつこく重ねるだけで、ほかには何もない。
日米貿易交渉はかねてから貿易不均衡や、関連する日本の自動車産業の攻勢による米国自動車産業の衰退や米の特殊性を盾に米国の農産物を輸入に関税など様々な障壁を設けてきたことへの不満、次元は異なるが、国家の安全に関わる防衛に関して、米国には日本を守る義務はあるが、日本は憲法上軍事的に米軍を守れず、国土に米軍基地をおく義務を負うのみである、という片務的なものであることが、米国側の心象をずっと不満として抱き続けてきた。
これを確か安倍政権の時に押し切られそうな強いプレッシャーがあったが、トランプの恣意性と相対(あいたい)的なディールをこととする手法によって、「安倍との友情」とやらで、一時棚上げしたにすぎない。いずれは正面から向き合わなければならないことは言うまでもない。
私は、米や他の農産物に関する米国の要求は、ほぼ全て受け入れれば良い、とかんがえる。
また、自動車の誤解に満ちた「非関税障壁」についても事実上全部みとめ、米国と同じ規制水準にすれば良い。それでも米国車が売れなければ(売れるはずがない)、いくらお馬鹿な米国の怠惰な自動車産業の連中も、自分たちの製品に価値がないことを身に染みて覚らざるを得ないだろう。
米や農産物の市場開放は長期的には必須であり、また日本の農業振興に役立つ。当面は輸入増で、これまで膨大な税金を使って過保護にしてきた国内の零細生産農家は破綻するから、これをあらかじめ救済して新しい技術や体制に基礎をおく次の時代の農業の生産、流通のモデルを作り、根本から農業革命を推し進めなくてはならない。
ただし、絶対に間違えてはならないのは、生産農家への救済措置を取ることは許容されるが、その利害を代表するという建前で生産農家を搾取してとんでもなく肥大し、政権党議員らと癒着して巨大な政治力を持つに至った農協だのJAだの農業連合会だの私は知らないが巨大な利権を貪る既得権をしがみついて離さない組織、団体は、完膚なきまで叩き壊し、2度とゾンビのように再生することを許してはならない。
ましてやそんなゾンビに国民の血税を一滴たりとも注いではならない。
これまでのいわゆる政治改革が実質的には何もすすまず、もっとも安定した政権であった中曽根内閣でやっとの国鉄民営化、圧倒的に国民の支持を得た小泉内閣でも郵政グループの中途半端な解体しかなし得なかったのは、こうしたら一旦肥大した権力を手にした既得権者は、ほとんど暴力的な剥奪でしか既得権を手放すことはあり得ないことを世に知らしめた。
私たちはこの教訓から学ばなくてはならない。さもなくば改革など永遠に訪れない。
その意味では、今回のトランプの関税政策による破壊力は、日本の旧体制打破、肥大した無用の権力の完膚なきまでの解体、既得権からの引き剥がし、将来の日本のあり方を示す新しい体制づくりにとって、まさに千載一遇のチャンスであり、強力な外圧でしか動かないそれら抵抗勢力を、癒着政治家もろとも一掃するまたとはない機会だ。
おそらく、この機会をのがせば、もうわが国の旧態依然の権力構造は永遠に変わらず、わが国は世界に大きく遅れをとった劣等国として衰亡の一途を辿るだろう。
この外圧を国内既得権の解体の武器に変えることに比べれば、トランプ旋風の良し悪しなどどうでも良い。
国難には違いない。だから、国難だからこそ、全国民、政治家、官僚らが一致団結して、これまで個々の利害に執着してきた既得権の類にしがみつくことを許さず、肥大した抵抗勢力の権力を剥奪し、組織を徹底的に解体してしまうことが、最優先だ。
与党内でも常に少数派だった石破にはそれがよくわかっているはずだ。くれぐれも米作農家を守り育てることと、肥大した無用の既得権者に過ぎない農業団体を守ることとを混同しないことだ。後者は外圧を利用して、すぐにでも解体すべきだ。
ここを忘れたら、改革などありえない。米などいくら輸入しようが、国内の個々の生産農家を守る手立てさえ講ずれば、まったく恐れる必要などない。農業団体には解体の恐怖を味合わせでやれば良い。
こうした外圧を国内の劇的な改革の水路に導くことで、日本の農業が将来にわたり国民の食糧を持続的に供給し続け、貿易摩擦や戦争などに遭遇しても耐えられる可能な限り自給自足的な体制に近付けることが、食糧安全保障における国家百年の計として是非とも必要だ。
それはまた同時に将来の先端技術農業で世界野市場に打って出るまたとないチャンスでもある。
これらすべてに、国家百年の計を構想し得る透徹した構想力に支えられた長期的な展望が不可欠だ。
はたして今の日本の政治家にそれだけの人物が一人でもあるだろうか。おそらくはいないだろう。いれば、とうに頭角を現しているはずだ。
私たちは、次かそのまた次の世代に期待するしかないのかもしれない。しかし、許された時間は長くはない。
時計の針を逆回転させるようなおバカたち(与野党を問わず愚衆に取り入るへつらいのポピュリストのような)にだけはまかり間違ってもバトンを渡さないようにして、いまある人材のうちまだしもましな政治家や官僚につなぎ役をしてもらって、次またはそのまた次の世代を育て、確実にバトンを、引き継がなくてはならない。
石破や野田、枝野や森山は引き継ぎ役が出来る程度の賢明さと能力、ある程度の長期的展望ができる視野を持つ政治家だ。
逆に今、現金給付だ、消費税減税だと騒ぐポピュリストたち、国民民主の不倫男玉木雄一郎や榛葉幹事長ら大半、次々お宿を変えてきた維新のヤドカリオトコ前原、立憲民主の江田、自民党高市早苗やそれ以下の阿呆たち、公明の斉藤ら、みな選挙のことしか頭にない超近視眼的、視野狭窄的病者は、この上もない無責任ぶりを発揮して、確実に時計の針を逆回転させるだろう。
代替財源をきちっと明示して、その影響を査定した上で、選択した政策の効果、悪影響を厳しく第三者に査定させ、結果責任を負うことを国民の前で明言した上で、減税でもゲンナマバラマキでもやるがいい。それなら、尻軽男らの言葉でも少しは騙されてやってもよい。
しかし、そんなことができるポピュリストなど与野党を問わず一人もいやしない。みな口先だけの詐欺師に過ぎない。玉木の大衆蔑視のあのヘラヘラした迎合ヅラを見るとムシズが走る。さっさと議員を辞めてほしい。
103万円の壁などという小咄をでっち上げて、少しでも所得を増やしたいという庶民の思いにつけ込んで、将来世代への責任を放棄した迎合政策に狙いを絞って選挙で思わぬ「勝利」をおさめたために、その成功体験に味をしめ、ますます無責任の度を強めてポピュリズムへの傾斜を強めるだろうことは誰にだってわかることだ。
この衆愚政治が私たちをどこへ連れて行くかは誰にも分からない。
お馬鹿なポピュリストを導くのはお馬鹿な衆愚だから、いずれも自分たちがどこへ行くのかを知らない。
おそらくは世界的な混乱の時代に自らとそれに続く子や孫の世代に何の責任も取ろうとしなかった報いとして、私たちは衰亡の一途をたどり、あらゆる意味で貧しい三等国、四等国に成り下がり、他国のお情けで生きる、世界に相手にされようのない、何の存在感も持たない劣等国民になり下がるほかはないだろう。
だいぶ話が脱線したので、過去の貿易協定をめぐって日米交渉にお馬鹿なイチャモンをつけている議員に戻ろう。
小学生にもわかることだが、交渉には相手がある。
圧倒的な腕力のガキ大将相手に、おチビが「おまえのいうことは前の約束に反するから、そもそも交渉のテーブルに載せることなどできない!」と拒否したらどうなるか、よほど低能でない限り誰にでも分かる。
こういうのを「正論」というのだろうか。
独りよがりな議論に固執し、相手が戦略的に開けておいた隘路を自ら潰して、交渉に背を向けてしまう、最悪の姿勢であることは馬鹿でもわかる。
小沼なる議員がどういう出自かは知らないが、彼の愚かで勇ましい質疑を聞いていると、ひたすら現実離れしたトンチンカンな「正論」を庶民感覚と大きく乖離したインテリ言葉で語っていた1950年代くらいの、ソ連などの影響下にあった社会党などいわゆる革新系と言われた政党の党首らの硬直した語り口を彷彿とさせた。
いまだにこんなアナクロ議員が国民の代表でござい、という顔をして国会に席を持っているんだなあ、と呆れた。
彼のような愚かな議員に比べれば、石破や赤澤は数段上等であることは答弁を聞いていてすぐに分かる。
お馬鹿な質疑に付き合って、長い無駄な時間を浪費することはこんな時期にまことに気の毒だが、頭の悪いのはともかくも相手も身分は議員だから、政府として付き合うのは仕方ないだろう。
いずれにせよ、国会質疑でまともな中身のあるものは与野党を問わずない。
やはり議会とは、対立する政治権力が対峙して、自己アピールするパフォーマンスと妥協の装置にすぎないのだろう。
saysei at 20:23│Comments(0)│