2024年11月05日
アメリカ大統領選挙目前
いよいよアメリカ大統領選挙の投開票日が目前になり、テレビでもその話題が報じられていますが、世論調査はいずれもきわどい接戦となることを告げているため、勝敗の行方は誰にも分からない、というのが本当のところのようです。
その中で昨日だったか、ジャーナリストの木村太郎が番組の中で、ほぼ100%トランプの勝利と言いたいけれども90%(だったか)にしておこうというようなことを言っていました。いちおう長年世界の政治状況についてコメントしてきた人物が、なぜ今の段階でそんなに確信をもって言えるのか、訝しく思って、その判断の根拠は何だろうと思って聞いていたのですが、よくは分かりません。
ただ、番組の中で言っていたのは、有権者数からいえば民主党支持者の方が多いので、世論調査ではいつも民主党に投票するという人の方が多いという結果が出るが、それが逆になっているのは僅かであっても、実際には大差でトランプ有利な状況なのだ、というようなことを言っていました。
米国の大統領選挙の仕組みは複雑で、有権者の投票総数の多寡で直接選ばれるわけではなくて、各州ごとに決められた数の「選挙人」を、候補のいずれか獲得投票数の多い方が「総取り」する、というやり方で、州ごとにいずれかの候補に決し、その選挙人の数の合計数で争うといった方法らしいので、全国の有権者数の多寡で勝るほうが選ばれるとは限らないわけで、なかなか予測が難しいところがあるようです。
2016年の大統領選挙では、最初トランプは泡沫候補扱いで、ヒラリー・クリントン圧勝の勢いだったけれど、本番の蓋をあけてみたら世界中が驚嘆した事には、トランプが勝利していた、という結果になりました。このとき他のすべての世論調査がクリントン勝利を予想していたのに、ただ一社トランプの勝利を予想していたのが、トラファルガー・グループなる調査会社だそうです。
この調査会社は2020年の選挙でもトランプの勝利を予想していたらしくて、それは間違っていたわけだし、まっとうな調査会社からは、いかもの扱いされているようですが、その調査会社が今回も他の世論調査会社の予想とは反対に、ただ一社、激戦州6州におけるトランプの勝利を予想しているのだそうです。
木村太郎はこのトラファルガー・グループの予想を信頼しているらしく、ウェブサイトに出ていた文によれば、この調査会社が(ほかの調査会社とちがって)いわゆる「隠れトランプ」をカウントする方法をもっているから、というのがその主たる理由のようです。
トランプはこれまで数々の違法行為(とみなされうる)に手を染め、嘘八百を拡散し、人種差別的発言を公然と行い、移民を排斥し、選挙結果を認めず、民衆の暴力を煽動して議事堂に乱入させるような行為を重ねてきたこともあって、少しでも知性を備えた人は、トランプ支持者であることを知られることを回避したい、という心情を持つ傾向にあるらしいのです。それで世論調査などには、ハリス支持だ答え、投票行動ではトランプに一票を投じる、ということで、こうした「隠れトランプ」が無視できない数にのぼるようです。
こうした「隠れトランプ」は通常の世論調査ではとらえられないのですが、トラファルガー・グループでは、「一部の有権者が調査員が聞きたいと思っていることに合わせて世論調査の回答を調整するという仮説傾向「社会的望ましさのバイアス」効果に基づいて同社の世論調査を調整している。これは、回答者がどのように投票する予定であるかだけでなく、隣人がどのように投票すると思うかを尋ねることによって行われる」(ウィキペディア)のだそうです。
ただ、具体的な手法、解析方法など詳しいことは同社が公開していないため、こうした同社の方法の正当性を保証するものはいまのところないようです。いわゆる「隠れトランプ」がある程度存在することは事実かもしれませんが、それが選挙結果を左右するほど多くは存在しない、と批判もされています。
しかし、その数はともかくとして、「隠れトランプ」なる存在がある程度ある、ということが何を意味するかを考えてみると、それはアメリカ国民の中に、タテマエではあらゆる差別に反対し、民主主義を謳歌する、という理念を掲げたり、それに異論はない、という顔をしてみせていても、実は心底根深く差別主義的な考え方をもち、民主主義の理念よりもナショナリズム優先で、時によって暴力で民主主義を破壊することを公然と肯定するような考え方の持ち主が少なくないことをあらわしているのではないでしょうか。
そうした人たちは、近代以降先進的な人たちが苦労して勝ち取り、打ち立てて来た、現在正しいとされている様々な理念、価値観、たとえば平和だとか平等だとか民主主義だとか、人種差別や男女差別、職業差別など、あらゆる差別を否定する考え方や態度だとか、そういったいわゆる「ポリティカル・コレクトネス」と言われるような正義の理念にうんざりし、反発しているのではないかと思います。
たしかにタテマエとしてはそういう理念や姿勢には反対できないけれど、そういうタテマエを語る社会の支配層、富裕層、それに加担する知識層らの多くは、みずからの金力、権力、知力等々を武器にして自らを守り、その経済的、権力的、知的「富」を増やし、たくわえてこの社会を実質的に支配しているけれども、天と地ほどのひらきのあるこの米国社会の巨大な格差(資産格差、収入格差、社会的格差・・・)には一指も触れず、それを無くそうという努力などまったくしていない。
そういう現実には目をつぶって、タテマエとしての平和や平等や民主主義などと言っても、自分たちにとっては何の恩恵にもならないし、こんな不平等な格差社会、実質的な差別社会をますます固定化するのに貢献しているだけじゃないか・・・そんな苛立ちが人々の間に充満しているのではないか、という気がします。
だから「ホンネ」を語る人物が共感を得るのではないでしょうか。その「ホンネ」がいかに差別主義的なもの、暴力礼賛的なもの、民主主義の原則に反するものであったとしても、そんな空疎なタテマエを吹き飛ばして、現実に即し、自分たちのホンネと重なり、共鳴する言葉として少なからぬ人々の心に響くのではないか。
それ以外に、あの反社会的ともいえる差別主義者、暴力礼賛者、政治的なヴィジョンもなく、その場その場の機会主義的な言動しかない、他者を口汚くののしる下品で卑劣な言葉や嘘八百で民衆を煽動することしか知らない人物を、少なからぬ米国市民が支援する理由がまったくわかりません。
米国の少なからぬ民衆のうちに潜む差別意識については、米国に移住して、そこで暮らし始める移民たちが日々体感してきたことでしょうし、わたしたちがたとえ短い期間であっても米国に滞在し、米国人と具体的なかかわりを持つ中で、時折平穏な日々の中に生じる突然の亀裂、断層のように遭遇することがある事態で、なにも米国だけではなく、ある程度はどの国の社会にもみられることではありますが、いわば多民族国家と言える米国は、平時から諸民族間の複雑な社会的軋轢がいたるところに潜在していて、これを顕在化させないためにこそ、差別反対の理念や民主主義的な理念が高く掲げられ、そうした旗印のもとでの一つの国家としての統合性、統一性をことさら強調するところがあるのだろうと思います。
しかし、少しそうした社会のいたるところに存在する軋轢がきつくなれば、たちまち人々の心深く存在する差別観や暴力的な衝動が現実の社会的場面のほうへ溢れ出してくるのでしょう。
私自身も1年足らずロンドンで暮らした中で、しばらく居住したホステルのバスルームで私とは無関係な他の日本の若者の不作法がもたらした結果について突然叱責され、こんなことをするのは日本人しかいない、英国人は絶対にこんなことはしない!と頭から湯気が立つほど怒る英国の老人に向き合ったことがあるし、あと2度ほど、一人は英国人であろう若者、今一人は北欧のいずれかの国の若者で、いずれもかなり酩酊して周囲に迷惑をかけていた人物にたまたま出くわして、いきなりジャップめ!というような侮蔑の言葉を投げつけられたことがありました。こういうことはわたしのみならず、欧米にしばらくでも滞在した日本人なら、大衆と接触せずに済む環境のもとで繭の中にとじこもっていたのでない限り、大抵の人が一度や二度は体験しているでしょう。
いま大谷翔平選手が米国の野球ファンこぞっての声援を受けていますが、通訳の詐欺事件のときも、しつこく大谷も通訳がギャンブルに関わっていることを知っていたに違いない、と断言するような輩がけっこう著名らしいジャーナリストの中にもあったようだし、いまでも(MVP選びに関しての記事など)もっぱら大谷選手のあらさがしをしたり、その評価をできる限り低くみつもろうと躍起になっているような評論家、ジャーナリストの類が必ずいるのも、私はホンネのところでは日本人にMVPなどとらせたくないし、ベ―ブ・ルースを超えさせたくなどないし、米国野球史を塗り替えるような記録をつくらせたくもない、という人たちがあるのだろうな、と感じさせる場面がよくあります。
今回の大統領選挙でも、ハリス現副大統領がアフリカ系だかインド系だかの血を引く女性であることが、一方では多様な人種的構成をもつ国民の或る層をひきよせるかもしれないけれど、他方では根強い人種差別あるいは女性差別的な前近代的な感覚、偏見、心情を呼び起こしているところが必ずあるだろうと思います。
それがトランプの公然たる差別主義者としての発言や移民排斥の激しい発言と、ホンネのところで符合し、呼応し、共鳴するところがあるのでしょう。
そういう「隠れトランプ」たちにとっては、ハリスの言うことは、すべて米国民が掲げてきたタテマエであり、綺麗ごとにすぎず、自分たちのホンネをずばりと言ってくれるトランプは、タテマエ派にいくら非難されても、自分たちの心に響く真実の人に感じられるのでしょう。
実際、ハリスにはそういうところが多々あることは申すまでもありません。その矛盾があらわになったのが、イスラエルのネタニエフによるガザやレバノン侵攻に関する発言でしょう。
彼はバイデン同様、ネタニエフのやっているジェノサイト(皆殺し作戦)を事実上容認し、それによって殺害される何万人にも達する子供や女性、老人たちに対しては一顧だにせず、米国はなにがあろうとイスラエルの味方だというような従来の政権の立場を繰り返すだけでした。これが平和を追求する民主主義陣営の理念とあからさまに矛盾する言動であることは明らかで、彼女に平和や民主主義を口にする資格はないと言わざるを得ないでしょう。
トランプが勝利すれば、米国はますます急速にかつてのモンロー主義よろしく国際社会から退いて内向き国家として、顕在化する分断と混乱の社会状況を招来するに違いないし、ロシアのウクライナ侵略についても中国の台湾侵攻に対しても、同じくインド・太平洋海域での横暴に対しても、有効な抑止力を行使することができないでしょう。
日本は米軍基地の維持や共同防衛の名目でこれまでにない過大な負担を強いられるに違いないし、米軍の使い古しの、現段階での防衛には実質的に何の役にも立たない巨大・巨額な戦闘機だのミサイル関連機器だのを押し付けられ、国民の血税を使って米国の軍需産業の肥大に貢献させられるでしょう。
それでいて中国や北朝鮮やロシアと何かトラブルを生じても、米国は本土に関わる事態をどんなことがあっても回避するために、日本をいつでも見捨てるでしょうし、日本を楯にして米国を守ることはあっても、米国が矢面に立って日本を守り通すことはあり得ないでしょう。
また、中国やロシアに高い関税をかけるにとどまらず、日本の輸出品に対しても関税を上乗せし、数少ない日本の高度技術は(もちろん中国やロシアに渡ることを禁ずると同時に)米国のほうで力づくか金づくかは別としてすべて吸収し、自国の利益と安全に奉仕させるでしょう。それが彼の「アメリカファースト」ということだと思います。
ただ、それは短期的には米国の景気を押し上げたりして米国民を喜ばせるかもしれないけれど、長期的にみれば米国の世界的な存在感を著しく損ない、米国の国際的競争力を産業・経済や金融の面は言うまでもなく、あらゆる点で失わせる原因になることは確実です。日本と同様、米国も日の沈む国となり、衰亡の一途をたどることは疑いのないところです。
ハリスが勝利したからといって、こうした事情が大きく変わるわけではないと思いますが、世界の国々と積極的に関わり、時代の変化に即したあらたな関係を模索し、構築しようとし、自由貿易と世界の諸国諸地域との交流(物質的な意味では広義の「交通」と言う言葉のほうが適切かもしれませんが)を拡大していく志向を失わなければ、いくらかでも衰微の傾向を食い止め、米国の存在感をとりもどすきっかけを見出すことができるかもしれません。
わたしたちはこの選挙結果を眺めていることしかできないのですが、無関心でいることはできません。いま予想されるような接戦であれば、最終的な票数が確定するまでは、各種訴訟を経てすべての判決も出そろったうえのことでしょうし、数か月を要するのかもしれませんが、そうでなければおそらく数日で大勢は判明するのでしょう。注視して待ちたいと思います。
その中で昨日だったか、ジャーナリストの木村太郎が番組の中で、ほぼ100%トランプの勝利と言いたいけれども90%(だったか)にしておこうというようなことを言っていました。いちおう長年世界の政治状況についてコメントしてきた人物が、なぜ今の段階でそんなに確信をもって言えるのか、訝しく思って、その判断の根拠は何だろうと思って聞いていたのですが、よくは分かりません。
ただ、番組の中で言っていたのは、有権者数からいえば民主党支持者の方が多いので、世論調査ではいつも民主党に投票するという人の方が多いという結果が出るが、それが逆になっているのは僅かであっても、実際には大差でトランプ有利な状況なのだ、というようなことを言っていました。
米国の大統領選挙の仕組みは複雑で、有権者の投票総数の多寡で直接選ばれるわけではなくて、各州ごとに決められた数の「選挙人」を、候補のいずれか獲得投票数の多い方が「総取り」する、というやり方で、州ごとにいずれかの候補に決し、その選挙人の数の合計数で争うといった方法らしいので、全国の有権者数の多寡で勝るほうが選ばれるとは限らないわけで、なかなか予測が難しいところがあるようです。
2016年の大統領選挙では、最初トランプは泡沫候補扱いで、ヒラリー・クリントン圧勝の勢いだったけれど、本番の蓋をあけてみたら世界中が驚嘆した事には、トランプが勝利していた、という結果になりました。このとき他のすべての世論調査がクリントン勝利を予想していたのに、ただ一社トランプの勝利を予想していたのが、トラファルガー・グループなる調査会社だそうです。
この調査会社は2020年の選挙でもトランプの勝利を予想していたらしくて、それは間違っていたわけだし、まっとうな調査会社からは、いかもの扱いされているようですが、その調査会社が今回も他の世論調査会社の予想とは反対に、ただ一社、激戦州6州におけるトランプの勝利を予想しているのだそうです。
木村太郎はこのトラファルガー・グループの予想を信頼しているらしく、ウェブサイトに出ていた文によれば、この調査会社が(ほかの調査会社とちがって)いわゆる「隠れトランプ」をカウントする方法をもっているから、というのがその主たる理由のようです。
トランプはこれまで数々の違法行為(とみなされうる)に手を染め、嘘八百を拡散し、人種差別的発言を公然と行い、移民を排斥し、選挙結果を認めず、民衆の暴力を煽動して議事堂に乱入させるような行為を重ねてきたこともあって、少しでも知性を備えた人は、トランプ支持者であることを知られることを回避したい、という心情を持つ傾向にあるらしいのです。それで世論調査などには、ハリス支持だ答え、投票行動ではトランプに一票を投じる、ということで、こうした「隠れトランプ」が無視できない数にのぼるようです。
こうした「隠れトランプ」は通常の世論調査ではとらえられないのですが、トラファルガー・グループでは、「一部の有権者が調査員が聞きたいと思っていることに合わせて世論調査の回答を調整するという仮説傾向「社会的望ましさのバイアス」効果に基づいて同社の世論調査を調整している。これは、回答者がどのように投票する予定であるかだけでなく、隣人がどのように投票すると思うかを尋ねることによって行われる」(ウィキペディア)のだそうです。
ただ、具体的な手法、解析方法など詳しいことは同社が公開していないため、こうした同社の方法の正当性を保証するものはいまのところないようです。いわゆる「隠れトランプ」がある程度存在することは事実かもしれませんが、それが選挙結果を左右するほど多くは存在しない、と批判もされています。
しかし、その数はともかくとして、「隠れトランプ」なる存在がある程度ある、ということが何を意味するかを考えてみると、それはアメリカ国民の中に、タテマエではあらゆる差別に反対し、民主主義を謳歌する、という理念を掲げたり、それに異論はない、という顔をしてみせていても、実は心底根深く差別主義的な考え方をもち、民主主義の理念よりもナショナリズム優先で、時によって暴力で民主主義を破壊することを公然と肯定するような考え方の持ち主が少なくないことをあらわしているのではないでしょうか。
そうした人たちは、近代以降先進的な人たちが苦労して勝ち取り、打ち立てて来た、現在正しいとされている様々な理念、価値観、たとえば平和だとか平等だとか民主主義だとか、人種差別や男女差別、職業差別など、あらゆる差別を否定する考え方や態度だとか、そういったいわゆる「ポリティカル・コレクトネス」と言われるような正義の理念にうんざりし、反発しているのではないかと思います。
たしかにタテマエとしてはそういう理念や姿勢には反対できないけれど、そういうタテマエを語る社会の支配層、富裕層、それに加担する知識層らの多くは、みずからの金力、権力、知力等々を武器にして自らを守り、その経済的、権力的、知的「富」を増やし、たくわえてこの社会を実質的に支配しているけれども、天と地ほどのひらきのあるこの米国社会の巨大な格差(資産格差、収入格差、社会的格差・・・)には一指も触れず、それを無くそうという努力などまったくしていない。
そういう現実には目をつぶって、タテマエとしての平和や平等や民主主義などと言っても、自分たちにとっては何の恩恵にもならないし、こんな不平等な格差社会、実質的な差別社会をますます固定化するのに貢献しているだけじゃないか・・・そんな苛立ちが人々の間に充満しているのではないか、という気がします。
だから「ホンネ」を語る人物が共感を得るのではないでしょうか。その「ホンネ」がいかに差別主義的なもの、暴力礼賛的なもの、民主主義の原則に反するものであったとしても、そんな空疎なタテマエを吹き飛ばして、現実に即し、自分たちのホンネと重なり、共鳴する言葉として少なからぬ人々の心に響くのではないか。
それ以外に、あの反社会的ともいえる差別主義者、暴力礼賛者、政治的なヴィジョンもなく、その場その場の機会主義的な言動しかない、他者を口汚くののしる下品で卑劣な言葉や嘘八百で民衆を煽動することしか知らない人物を、少なからぬ米国市民が支援する理由がまったくわかりません。
米国の少なからぬ民衆のうちに潜む差別意識については、米国に移住して、そこで暮らし始める移民たちが日々体感してきたことでしょうし、わたしたちがたとえ短い期間であっても米国に滞在し、米国人と具体的なかかわりを持つ中で、時折平穏な日々の中に生じる突然の亀裂、断層のように遭遇することがある事態で、なにも米国だけではなく、ある程度はどの国の社会にもみられることではありますが、いわば多民族国家と言える米国は、平時から諸民族間の複雑な社会的軋轢がいたるところに潜在していて、これを顕在化させないためにこそ、差別反対の理念や民主主義的な理念が高く掲げられ、そうした旗印のもとでの一つの国家としての統合性、統一性をことさら強調するところがあるのだろうと思います。
しかし、少しそうした社会のいたるところに存在する軋轢がきつくなれば、たちまち人々の心深く存在する差別観や暴力的な衝動が現実の社会的場面のほうへ溢れ出してくるのでしょう。
私自身も1年足らずロンドンで暮らした中で、しばらく居住したホステルのバスルームで私とは無関係な他の日本の若者の不作法がもたらした結果について突然叱責され、こんなことをするのは日本人しかいない、英国人は絶対にこんなことはしない!と頭から湯気が立つほど怒る英国の老人に向き合ったことがあるし、あと2度ほど、一人は英国人であろう若者、今一人は北欧のいずれかの国の若者で、いずれもかなり酩酊して周囲に迷惑をかけていた人物にたまたま出くわして、いきなりジャップめ!というような侮蔑の言葉を投げつけられたことがありました。こういうことはわたしのみならず、欧米にしばらくでも滞在した日本人なら、大衆と接触せずに済む環境のもとで繭の中にとじこもっていたのでない限り、大抵の人が一度や二度は体験しているでしょう。
いま大谷翔平選手が米国の野球ファンこぞっての声援を受けていますが、通訳の詐欺事件のときも、しつこく大谷も通訳がギャンブルに関わっていることを知っていたに違いない、と断言するような輩がけっこう著名らしいジャーナリストの中にもあったようだし、いまでも(MVP選びに関しての記事など)もっぱら大谷選手のあらさがしをしたり、その評価をできる限り低くみつもろうと躍起になっているような評論家、ジャーナリストの類が必ずいるのも、私はホンネのところでは日本人にMVPなどとらせたくないし、ベ―ブ・ルースを超えさせたくなどないし、米国野球史を塗り替えるような記録をつくらせたくもない、という人たちがあるのだろうな、と感じさせる場面がよくあります。
今回の大統領選挙でも、ハリス現副大統領がアフリカ系だかインド系だかの血を引く女性であることが、一方では多様な人種的構成をもつ国民の或る層をひきよせるかもしれないけれど、他方では根強い人種差別あるいは女性差別的な前近代的な感覚、偏見、心情を呼び起こしているところが必ずあるだろうと思います。
それがトランプの公然たる差別主義者としての発言や移民排斥の激しい発言と、ホンネのところで符合し、呼応し、共鳴するところがあるのでしょう。
そういう「隠れトランプ」たちにとっては、ハリスの言うことは、すべて米国民が掲げてきたタテマエであり、綺麗ごとにすぎず、自分たちのホンネをずばりと言ってくれるトランプは、タテマエ派にいくら非難されても、自分たちの心に響く真実の人に感じられるのでしょう。
実際、ハリスにはそういうところが多々あることは申すまでもありません。その矛盾があらわになったのが、イスラエルのネタニエフによるガザやレバノン侵攻に関する発言でしょう。
彼はバイデン同様、ネタニエフのやっているジェノサイト(皆殺し作戦)を事実上容認し、それによって殺害される何万人にも達する子供や女性、老人たちに対しては一顧だにせず、米国はなにがあろうとイスラエルの味方だというような従来の政権の立場を繰り返すだけでした。これが平和を追求する民主主義陣営の理念とあからさまに矛盾する言動であることは明らかで、彼女に平和や民主主義を口にする資格はないと言わざるを得ないでしょう。
トランプが勝利すれば、米国はますます急速にかつてのモンロー主義よろしく国際社会から退いて内向き国家として、顕在化する分断と混乱の社会状況を招来するに違いないし、ロシアのウクライナ侵略についても中国の台湾侵攻に対しても、同じくインド・太平洋海域での横暴に対しても、有効な抑止力を行使することができないでしょう。
日本は米軍基地の維持や共同防衛の名目でこれまでにない過大な負担を強いられるに違いないし、米軍の使い古しの、現段階での防衛には実質的に何の役にも立たない巨大・巨額な戦闘機だのミサイル関連機器だのを押し付けられ、国民の血税を使って米国の軍需産業の肥大に貢献させられるでしょう。
それでいて中国や北朝鮮やロシアと何かトラブルを生じても、米国は本土に関わる事態をどんなことがあっても回避するために、日本をいつでも見捨てるでしょうし、日本を楯にして米国を守ることはあっても、米国が矢面に立って日本を守り通すことはあり得ないでしょう。
また、中国やロシアに高い関税をかけるにとどまらず、日本の輸出品に対しても関税を上乗せし、数少ない日本の高度技術は(もちろん中国やロシアに渡ることを禁ずると同時に)米国のほうで力づくか金づくかは別としてすべて吸収し、自国の利益と安全に奉仕させるでしょう。それが彼の「アメリカファースト」ということだと思います。
ただ、それは短期的には米国の景気を押し上げたりして米国民を喜ばせるかもしれないけれど、長期的にみれば米国の世界的な存在感を著しく損ない、米国の国際的競争力を産業・経済や金融の面は言うまでもなく、あらゆる点で失わせる原因になることは確実です。日本と同様、米国も日の沈む国となり、衰亡の一途をたどることは疑いのないところです。
ハリスが勝利したからといって、こうした事情が大きく変わるわけではないと思いますが、世界の国々と積極的に関わり、時代の変化に即したあらたな関係を模索し、構築しようとし、自由貿易と世界の諸国諸地域との交流(物質的な意味では広義の「交通」と言う言葉のほうが適切かもしれませんが)を拡大していく志向を失わなければ、いくらかでも衰微の傾向を食い止め、米国の存在感をとりもどすきっかけを見出すことができるかもしれません。
わたしたちはこの選挙結果を眺めていることしかできないのですが、無関心でいることはできません。いま予想されるような接戦であれば、最終的な票数が確定するまでは、各種訴訟を経てすべての判決も出そろったうえのことでしょうし、数か月を要するのかもしれませんが、そうでなければおそらく数日で大勢は判明するのでしょう。注視して待ちたいと思います。
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