2024年09月22日
芙蓉41輪 / アーちゃんの異変

きょうも芙蓉がたくさん咲いています。とくに最上辺のあたりに密集しています。

2階からみるとこんな具合。41輪まで数えられたので、今年、いままででは最多の開花です。

花が密集しているところは、どの部分を拡大しても、とても綺麗

スケッチしてみたいとは思うのですが、芙蓉はとても難しい

こうしてほぉっと眺めているのがいいかもしれません
昨夜は午後10時になったので、いつものように、部屋に解き放っているインコのアーちゃんにケージへ戻ってもらって寝かせようとしたのですが、どう説得の言葉をかけてもダメで、しまいにはらちがあかないので追い立てても、頑としてケージに入ろうとしません。
いつもは、その時刻には自分で眠たくなるのか、先にケージの中に入って止まり木にとまって、すでに寝る態勢をとっているか、まだケージの天井のところにいて、ケージと壁の間に立ててある大きな姿見に映る自分の姿を相手にキスしているのか、それとも給餌しようとしているのか、せっせと自分の唾液と口の中でぐじゃけた餌の混じったのを鏡になすりつけていたりして、私が「もうお休み、また明日」と何度か声をかけると、素直に降りて来てケージへみずから入っていくことがほとんどです。
たまに鏡の前を動かず、私の言うことは分かっているようですが、そのままケージに入ろうとしないで頑張ることがあるので、あまり長くかかるようだと、私が立ち上がって、ケージの向こう側から両手で少し追い立てるようなしぐさを見せると、バタバタして、仕方なしにケージの扉のところに降り立って、ケージの中へ入っていくので、すかさず私が扉を閉じ、おやすみ、と言ってへやをでて電気のスイッチをオフにして真っ暗にするのが毎日の習慣でした。
ところが、昨日はどうしたことか、こちらがじれて、追い立てるところまでやっても、彼は絶対にケージの水平に開いた扉の上には降りずに、部屋の中のほかのところへ逃げまわります。
ふだんせいぜい部屋の中でちょっと飛ぶくらいで、そんなに長く飛んでいることもないし、降り立ったときに心臓がバクバクしているようなありさまで、高齢でいらっしゃるので、飛んでもすぐにバタッと下へ落ちるように降りたり、それも足の指が高齢化でひん曲がっているので、いつもの止まり木ならちゃんととまっていられるようですが、床などに飛び降りてもまともに着地できずにずっこけたり、ひどいときはころがって裏返しになったり、なにか怪我をした小鳥が地面に落下するみたいにバサッと落ちる感じで降りるので、こちらが心配になるようなありさまです。
それでもケージに戻ろうとはしないので、あまり追い立てていると心臓麻痺でも起こさないかと危惧し、いったん室外に出てそのままで消灯してどうするか様子をみようと思って階下へ降りました。
しばらくはそのままにしていましたが、パートナーが話を聞いてとても心配して、大丈夫やろか、と自分でこっそり見に行き、部屋の明かりをつけてどこにいるかと探しましたが、ようみつけず、おらへん!というので、私もあがっていって部屋を見ると、一見どこにもいないようなので、かつて息子が寝ていたロッジの屋根裏部屋風の、はしごで上がっていく上のところにいるのかいな、と思いましたが、念のため部屋の隅々まで探すと、まだ未処分の本を三つの段ボールに詰めたのを重ねて積み、壁との間の隙間には大きめの脚立を立てかけてある、窓際の部屋の一番隅っこの暗がりにじっと潜んでいるアーちゃんをみつけました。真っ暗になって不安だから、そういう隅っこに隠れていたのでしょう。
そのあとパートナーがいろいろ説得しながら手をさしのべたものの、アーちゃんは結局ケージの天板の所に戻ってあいかわらず姿見に向き合うだけで、決してケージにもどろうとはせず、仕方がないので電気をつけたまま、そのままでパートナーは降りてきました。
12時近くなって、こちらも寝なくてはいけない時刻になったので、決着をつけないと、と思って私が上がっていき、いつものように呼び掛けて、ケージに入るように説得したところ、今度はいつものように、すこし考えるふうをみせたものの、やがてすっとケージの水平に開いた扉の上に飛び降りて、そのままケージの中へ歩み入ったので、私はすかさず扉を閉めて、おやすみ、と言って部屋を出て消灯しました。とくにそれで騒ぎ立てるようなこともなく、あれはなんだったんだ、という感じで一件落着となりました。
それにしても、いつも例外なく最後にはケージに入っていたのに、昨夜に限って、なぜ突然あんなにも頑なに入ろうとせずに逃げ回り、徹底抗戦したのか、私たちにとっても大きな謎になって残りました。ケージの中になにか異常なことがあったというのでもないし、原因らしきものが見当たらないのです。
今朝はどうということもなく、いつものように餌と水を替え、彼もいつものようにケージを出ていこうとする仕草をみせましたが、きょうはおしおき(笑)。ちょっと様子をみることにして、いまのところ扉は閉じたままですが、それについてはとくに騒ぎ立てもせず、きょうは出してもらえないのか、とすぐにあきらめておとなしくしているようです。小さな頭脳、小さなハートのアーちゃんですが、なかなか複雑な頭と心のはたらきをみせて、こちらも駆け引きが必要なのですが、ときたまこんなふうに、まったくこちらの理解を絶するようなことがあって戸惑います。
まあそれでも、彼が元気でいてくれることはわれわれの安心の種です。アーちゃんの存在がわたしたち老夫婦の変化に乏しい日常に、罪も害もないささやかな小さな波風を立てて刺激をもたらし、ある種の張り合いをもたらし、疑似的なコミュニケーションの機会を与えてくれていて、それはそれで私たちの日常生活の貴重な要素のひとつとして埋め込まれているので、それが突然亡くなったりすると、こちらにとってもダメッジが大きそうな気がします。
実際、私は頑固に逃げ回ってケージに入ろうとしない彼に腹を立てて、消灯して階下へ降りてきてしまったのですが、話を聞いたパートナーは、大丈夫やろか?どうしたんやろ?とアーちゃんのことが気がかりでならない様子でそわそわして、ついに今度は自分が行って見るわ、と上がっていったのですが、そこで電気をつけて部屋をあけたとき彼の姿がなかったので、ちょっとパニックを起こして私に、いない、いない、と叫んで呼ぶのでした。消えるわきゃないんですが(笑)・・・
まぁ私も、逃げて飛び立っては、銃で撃たれたみたいにバサッと落ちてくるかのように床のカーペットの上に落下して、ちょうど私が階段をあがったり、着替えをしたりした直後に呼吸が苦しくて動けずにハァハァ荒い呼吸を繰り返しながらじっとしているときのように、心臓のあたりをバクバクと激しくふくらませたりしぼませたりして、まさに高齢者が無理に運動したあとのような恰好でうずくまっているのを見ると、こんなことをしていたらポックリいっちゃうんじゃないか、と心配になったので、もう追い立ててケージに戻すのをあきらめて部屋を出たのでした。
ああして頑張って飛びまわっているときは、小さくても、それなりに自我をもって欲望をあらわにし、それなりにこうしたい、という主張をして、非常に大きな存在感のある生き物ですが、死んでしまうときは、きっとあっけないのでしょう。
小学生のころには何羽ものジュウシマツを飼っていたことがありましたが、それが死んでしまうときは、ほんとうに昨日まで元気で掌に乗っかったりして慣れていた個体が、なんとあっけなくコロっとケージの床に転がって硬直した死体になってしまうことか、衝撃と大きな喪失感を伴って経験したことが幾度かあります。
ああいう思いは今もしたくないなぁ、と思いますが、いずれは(私とどちらが早いかは分かりませんが・・・笑)そういう思いをしなければならない日がくるのかもしれません。私よりさらに情緒的で、感情的な思い入れの深いパートナーのほうが心配ではありますが・・・
saysei at 11:40│Comments(0)│