2024年09月21日
河川敷にも芙蓉咲く

明日は雨だというので、きょうは朝のうちにリハビリ自転車で上賀茂へ。でも野菜はまったく出ていなくて、収穫はゼロでした。帰りに松ヶ崎橋から下がっていったら、河川敷にわが家同様、ピンク色の芙蓉の花がたくさん咲いているのが目につきました。

向こう岸(西岸)にもあります。栄養が乏しいせいか花はわが家のものより小さいけれど、たくさん咲いているとそれなりに綺麗です。

ちょうど河川敷の草刈りが行われていて、何人かの作業員が長い柄の電動草刈り機で、伸びた雑草を刈っていました。わが家の庭も次男宅の庭も草ぼうぼうなので、あの強力な草刈り機で、ついでにガーッとやってもらえると助かるのですが(笑)、そうもいかないから、自分たちでそのうちやるしかありません。庭に散水するのはいいけれど、花壇のオレンジレモンやバラ、あるいは鉢のハーブ類が元気になるよりも、雑草が倍くらい元気になるようです。

鹿さんたちがよく寝そべったり、隠れたり、遊んだりしていた一番大きな洲のあたりも、いまはひっそり。伸び放題伸びていまは枯れかかっている雑草に覆われています。ここも綺麗に五分刈りにされるでしょう。鹿さんたちはとっくにお山へ帰って行ったにちがいありません。

あとにいるのは鴨たちと

シラサギ、アオサギといったところでしょうか。たまにカワウをみかけますが。

わが家の芙蓉、きょうは27輪を数えました

2階から全体をみるとこんな感じ

きょうの一輪①

きょうの一輪②

きょうの一輪③
きょうの夕餉

トウガンと鶏団子のスープ

ハマチの薄造り

豆腐のオクラ、エノキのせ

加茂茄子の味噌田楽

モズクきゅうり酢

のこりもの
(以上でした)
今日も少しだけ古今集を読み進みました。
平かなのお習字の稽古をしました。前にやっていたときより、ずっと下手くそになっていることがよく分かりました。すっかりコツを忘れてしまっています。手を机につけずに筆をもつ手をまひろさんみたいに宙に浮かして書くのがひどく難しく感じられます。まともな線が書けません。一字一字の仮名もまともに書けないのですから、つづけ字なんてはるか先のことになりそうです。明日は天気が悪いようなので、家でおとなしくしています。
最近創作的な文章を書くことも考えることも、ものすごく気が重くて、ひどく重い腰をヨイショッと自分で掛け声でもかけて、どこかにつかまりながらでなければ立ち上がって歩きだせないようです。それだけ気力がひどく衰えているのでしょう。なにかわずかでもオリジナルな自分の言葉を紡ぎ出そうとすれば、かなりエネルギーが必要らしくて、気力も体力も時間も揃わないと、とても難しいという実感があります。
古今集のノートのように、支えになる柱だか手すりだかがしっかりしてて、ただそれにつかまってちょっと一歩二歩歩くような作業は、まだしもそれほど気が重くないようですが、それでもずっとさぼっていて、前に進める気分になかなかなれませんでした。読んだり書いたりしているときは、それなりにとても楽しくて、別段苦しい作業ではないのですが、その世界へ入っていくのが、以前には考えられなかったほど億劫になってしまっているようです。
自分でも時間がたって振り返ってみて、そうなってしまっているな、と気づくようなことなのですが、あんまり好ましい変化ではありません。そうかといって自らお尻をひっぱたいてまでやらなければならないようなことでもないので、読みたいとか、書きたいという気持ちを億劫さが上回ってしまえばそれまでです。古今集にしてもこれまで読んできた上巻と同じくらいの分厚さの中巻、下巻が先にひかえていると思うと、こりゃこのペースではとても生きているうちには読み切れないな、と思います。
前に入院していたとき先まで読んでしまったように、ただ読んで、評釈も含めて一読して、ああそうか、そういう歌か、と理解出来たら先へいく、というだけなら、もうとっくに三巻とも読み終えていたでしょうけれど、退院してから、やっぱりまたもとに戻って、じっくりと一首ずつ舐めるように読んで、理解したところを自分なりの現代語訳にしてみて、はじめて一首読んだという実感がわくので、やっぱりそういうやり方でいこうと思いました。これでは八代集に目を通すどころか、古今集も終わりまでいかずに沈没するのは確実ですが、はて困った・・・
saysei at 12:51│Comments(0)│