2020年08月29日

警戒音を発した母鹿~きょうは3頭、高野川の鹿

★水辺をゆく3頭
 きょうはこの3頭。馬橋のすぐそばにいましたが、母鹿らしい鹿がしきりに下流の方を見て警戒音らしい鋭い声を間歇的に発していました。
★警戒音を発する母鹿
 警戒音を発する母鹿。犬が高い声でキャンッ!というような声。

★ずっと後ろを警戒
 こんんふうにずっと後ろを気にしていました。

★この釣り人を警戒
 その原因はこの方。川床に降りて釣りをしたのです。かなり距離は離れていましたが、ふだん人が侵入しない川の仲間で入ってきていて、自分たちと同じ平面に居ることで、警戒したのでしょう。私が聞いただけでも20回くらい、良く響く高い声で間歇的に鳴くので、川端通りを通る人が皆、なんだろうと立ち止まって見ていました。

★おやこ
 しばらくはそれでも、そんなに動かずにいたのですが・・・

★飛んで逃げる
 何がきっかけだったのか、突然駆けだして、ぴょんぴょん跳ぶように逃げていきます。

★飛んで逃げる2
 駆ける姿もまた、とても楽しい。

★川へ入った3頭
 そのうちに川を渡りはじめ、中央あたりまでくると立ち止まって躊躇する様子。

★次々ジャンプ
 段差のある滝のように水が落ちる所をジャンプしていきます。縦一列に母鹿がリードしていくときは、つねに一番小さな仔鹿は真中です。

★3頭目のジャンプ
 みんなジャンプして高いところへ上がるのはなんなくやってみせます。

★甘えん坊
 松ヶ崎橋の手前の緑地で落ち着いて草を食んでいるとき、突然仔鹿がお姉さん鹿だと思っていた2番目のに大きな鹿のおなかの下に潜り込んでお乳をのみはじめました。まだほんの赤ちゃんなんですね。しばらく飲んでいました。そうしてみると、この仔の母親はこのしんがりをつとめていた鹿なのかな。すると警戒音を発したり、3頭が行くときいつも先頭を歩いて導いていたのは、おばあちゃん鹿?

★夕暮れ2頭へたりこむ
 しばらく草を食んでいましたが、やがて夕闇が迫ってきて、先頭だった鹿が腰を下ろして伏せた姿勢になり、しばらくすると仔鹿もダウン。どうやらきょうはここで眠るようです。

 今日はテレビでたまたま、「熊を叱る男」だったっけ、以前に放映した北海道知床でヒグマとすぐ近距離で共存している人たちのリーダー役の人のドキュメンタリーが再放送されているのを、また見てしまいました。再度見てもすばらしいドキュメンタリーでした。ヒグマが何頭も、漁師たちが漁の網を干す浜辺までやってきて、網に魚が残っていないかあさるのですが、近づきすぎると、その人が「コラッ!」と叱ると、なんとあの全長2メートル、200kgも300kgもあるというヒグマがすごすごと退散するのです。コツは決して餌を与えないことだそうで、あとは気合らしい。

 餌がなくて本当に痩せこけて、顔の相が犬のようになってしまったヒグマたち、必死で何も残っていない網をひっくり返して探す母と仔の2頭連れのヒグマを見ていると哀れですが、えさを一度与えると人間を襲うようになるので与えないそうです。それでたまたまカメラがとらえていたその子熊は栄養失調で死んでしまいます。死んだわが子を舐める母熊の姿も哀れですが、彼女もたまたま見つけた魚一匹を飢えて泣き叫ぶわが子に与えるゆとりもなく、自分で食べてしまいます。それほど自身の飢えが激しかったのでしょう。別の熊の母子は仔熊が1歳。オス熊が交尾の時期に相手を求めてくると、ときに仔熊を殺すそうで、母熊は子熊と逃げてから仔熊を置き去りにしてきます。
 ところが仔熊のほうは母熊を求めて捜し歩き、見つけるとしつこく付きまといます。母熊ははじめじゃけんにして追い払おうとしますが、仔熊がしつこく離れようとしないのを見て、驚いたことに自分の父を幼子に与えるように飲ませるのです。もう結構図体の大きい仔熊が母親の胸の乳房を吸うのを許容して胸を拡げているのです。しかし、飲み終わると、その仔熊はいさぎよく母親のもとを去り、二度と母親のもとに甘えには来ません。すごいなぁ、と思いますね。

 この知床半島の一帯はユネスコの自然の世界遺産に登録されたんだったか、申請中なのか、とにかくユネスコで審査を担当する自然保護の権威と称するアメリカ人(だったかと思う)の何とか博士という専門家たちが車を連ねて現地視察にやってきます。そして、その博士とやらは、自然はそのままにまったく人の手をくわえず保全されるべきだと考えていて、別の場所での熊の生息地でも、熊たちと人間とは画然と区別され、囲いで隔てられ、高い位置に設けたプラットホームみたいなものの上から熊たちを安全に観察できるような環境になっています。この博士とやらは、知床でもそういうふうに自然と人間は画然と隔離されるべきだという考えにこりかたまっています。

 そして、知床のこの地域の川に設けられた人工的なダムや、道路や橋を撤去しろ、というのです。これに対してこの地域(漁師たち)を代表して、さきの「ヒグマを叱る男」が質問に答え、自分たちの意見や立場を申し述べます。その言葉はこの土地の生活から生まれた必然性を持ち、確固とした裏付けを持つものだけれど、博士と称するようないわゆるインテリさんとは違って、饒舌ではなく、とつとつとしています。おそらく論理と論理をぶつけあうとすれば、博士さんは彼の言葉を理解しないでしょう。
しかし、さすがのアメリカ人の専門家と称する博士たちも、ヒグマたちが彼らのすぐそばまで来て見守っているのを見て驚くのです。こんなのを見るのは初めてだ、と。

 それでも、そのユネスコのインテリさんは、人間と自然は画然と区別され、隔てられるべきだ、という考えに固執してあらためることはなかったそうです。所詮西欧流の、人間と自然を対立的にしかとらえられない文化が骨の髄までしみこんだ連中に、知床の自然の中で、みずからもその生活も自然の一部なのだ、と考え、その通り生きてきた人たちの生活思想が理解できるはずがないでしょう。しかし、映像は正直なもので、この「熊を叱る男」と、自然保護の権威那留アメリカ人とを並べてみれば、どちらが人間として上等かは一目瞭然で、自然保護の専門家博士なんてものがいかに、人間的にも薄っぺらな存在かというのが、顔を見るだけでわかってしまうのです。もちろんその自然保護の思想も薄っぺらな西洋流の自然観のコピーにすぎず、とても「熊を叱る男」の生きてきたほんものの自然と、その中で自らも自然の一部として生きてきた歳月を刻んだ存在感やその生活思想、自然観に太刀打ちできるものではないな、ということが、このドキュメンタリーを見ている人には直観的にわかってしまいます。所詮人間としての存在感が違い、格が違うのです。ユネスコも、あんな薄っぺらな自然保護の権威なんてやつを大将にしているようでは、ほんとうに世界各地の自然の中でそれぞれの自然観を背負って生きてきた人たちに軽んじられても仕方がないでしょう。自分たちは世界遺産審査の権力を持っているから、えらそうにしているのだろうけれど、あれでは世界遺産なるものも、仕方のないものだと思わされます。

 
☆ゴーヤチクワニンジンジャコかき揚げ、コーンかきあげ
 今日の夕餉。ゴーヤとチクワ、ニンジン、じゃこのかき揚げ。コーンのかき揚げ。

☆白菜タマネギ牛肉すき焼き風煮
 白菜と玉葱、牛肉のすき焼き風煮。

☆厚揚げのメンタイ炒め
 厚揚げのメンタイ炒め。

☆アラメの五目煮
 アラメの五目煮。

☆シシャモ
 ししゃも。

☆丁字麩きゅり酢味噌和え
 丁字麩と胡瓜の酢味噌和え。

☆揚げ出し豆腐
 揚げ出し豆腐。

☆小松菜のおひたし
 小松菜のおひたし。

☆サラダ
 グリーンサラダ。以上でした。



















saysei at 21:48│Comments(0)

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