2020年07月25日
『言葉と物』 第二部第十章 四 、五、六 ~私的メモ
四 歴史
<歴史>はもちろん「人文諸科学の成立以前から実在していた」(p388)、けれども近代以前のその<歴史>は、「人類の時間を世界の生成にしたがって秩序づけ」、あるいは逆に「キリスト教的<摂理>のやり方で」「人類の目的の原理と運動を自然の最小の部分にまで拡大」することによって、画一的な継起的時間としての「なめらかで大きな一種の歴史を人々が考えていた」。
19世紀の思考はこうした<統一性>を破り、自然に、生産に、言語に、固有の内在的法則、固有の時間継起を見出した。<歴史>に対して19世紀の「人々は、時間の連続する秩序と平面という観念を捨て去」り、各領域それぞれ固有の<歴史>を見出したわけです。
このとき、一般には、人間のうちに発見された歴史性を、人間のつくった品物、言語、さらに生命にまで人々は拡大したのだと考えられているけれども、「実際に起こったことはその逆であった」。つまり、「物はまず固有の歴史性を受けとり、それが人間とおなじ時間継起を物に課していたあの連続的空間から、物を解放したのである。」(p390)
この「実際に起こったことは」というのがちょっとひっかかりました。いずれにせよこれは19世紀的な<歴史>の概念がどのように発生したか、ということを問題にしているのですから、「実際に起こったこと」というのも客観的な自然の変化ではなくて、人々の考え方の変化にほかなりません。
したがって、ここは当時の人々、つまり<歴史>概念の変容を生きる渦中の人々が考えていたこと、或いはこれまでの思想史において考えられていたことは、人々が人間のうちに見出した<歴史>を生産物や、言語や、自然にまで拡張することによって、それぞれの領域に固有の<歴史>が見いだされた、ということであったけれども、実はそうではなくて、物の<歴史>つまり、自然に固有な<歴史>が先に見出され、18世紀以前には人間の<歴史>と一つながりの連続的な<歴史>から物つまり自然を解放したのだ、という意味でなければならないだろうと思います。あくまでも思想史において、<歴史>がどのようにして見いだされたか、という考え方において、従来の考え方が間違っていて、順序が逆なんだよ、ということを言っているのでしょう。
しかし、そういう結論を述べているだけで、フーコーはここではその根拠も証拠もあらためて示してくれてはいません。人々がまず人間の歴史を「発見」し、これを拡張して、生産物や言語や自然にも、それぞれの歴史があるんだ、と気づいたという、いかにもありそうな考え方がなぜ間違っていて、思想史的に(人々の<歴史>観の変化において)「実際に起こったこと」が真逆だった、とどうして断定できるのか、この個所自体では納得できません。
たぶんそれは、これまで彼がたどってきた生物、言語、労働(生産)をめぐる19世紀前後のエピステーメーの転回の具体的な様相の中で十分示してきたじゃないか、ということなのでしょう。つまりそれは、キュヴィエの比較解剖学だとか、リカードの経済学だとか、ボップの比較言語学だとか言ったものが人間の歴史(学)に先立って19世紀的思考を切り拓いてきたこと、むしろそれらの経験諸科学の成立こそが<人間>という近代固有の「知の形象」を生み出してきたことを考えれば納得のいくことです。
こうして自然、生産、言語が自律的、内在的な<歴史>を持つことによって、逆に人間が<非歴史化>されることになります。「人間の歴史とは、人間にとって無縁で、相互に異質の異った時間のもつれあう結び目以外の何ものでありうるだろうか?」ということになります。あたかも、「人間はそれ自身歴史的なものではなくなって」しまい、「時間は人間のもとに彼自身以外からくる」のであって、「人間が<歴史>の主体として成立するのは、諸存在の歴史、物の歴史、語の歴史の重ねあわせによってにすぎない」ことになってしまうでしょう。こうして「人間はそれらの純粋な出来事に従属させられる」に過ぎない受動的な存在になってしまいます。
けれどもすぐにフーコーはそうはならないんだ、と語り始めます。つまりこれはそう考える人がいるかもしれないが、とか、論理的そうなってしまうじゃないか、と思う人があるかもしれないが、という一種の思考実験的な仮定のごときもので、もちろんそうじゃないよね、つまり人々は<歴史>をそんな風には考えなかったし、人間がそういう自律的な<歴史>性を自然や生産や言語に剥奪された受動的な存在に過ぎないとは考えなかったのであって、と次に続く一節なのでしょう。しかし、この部分はどうもフーコーさん、へんにスコラ的な観念的議論に陥っているような気がします。
それはともかく、フーコーさんが続けて言っていることは、「しかしこうしたたんなる受動性の関係は、ただちに逆転させられる」なぜなら、言葉を話すのも、経済において労働し消費するのも、人間生活を生きるのも、みな「人間それ自身であるからだ」と。これは人間が言語や生産や自然に関わる場面での<主体>なんだ、ということにほかならないのではないでしょうか?この辺の議論はどうもトートロジーに過ぎない気がしてなりません。
ともかくフーコーさんは、人間がそういう行為の主体であるがゆえに「こうした資格において、人間はまた、諸存在と物の生成とおなじように実定的で、それに劣らず自律的な─そしておそらくはより基本的ですらある─一個の生成にたいする権利を持つのである」として、「人間に固有でその存在のなかふかく刻みつけられた歴史性」の役割、それが生産に、言語に、自然に対して働きかけ、影響を及ぼし得る所以であることを述べ、「こうして、実定的諸領域の歴史の背後に、より根源的な、人間それ自身の歴史があらわれてくる」と、こうした生産、言語、自然に対する主体的な働きかけの中で、人間固有の<歴史>が成立する、という思考の逆転が語られています。
その結果、さきほどの中身を全部自然と言語と生産の<歴史>にもっていかれて、それらから受動的に与えられる時間性に過ぎなかった、風前の灯みたいな人間固有の歴史性が、今度は大変な存在感を持って立ち現われることになります。
人間が自身のまわりに「ある量の<歴史>を「持つ」ばかりか、人間自身がその固有の歴史性において、それをとおして人間生命の歴史、経済の歴史、言語の歴史が描き出されるところのものでもあるということが証明される以上、歴史はいまや人間そのものの存在にかかわることとなろう。だからひじょうに基底的なレベルに、それ自身で人間固有の歴史であり、しかもまた、他のすべての歴史を基礎づける根源的分散性でもあるような、人間の歴史性というものがあるはずなのだ。(p391)
こうして再び確固たるものとされた<歴史>は次に人文諸科学との関係について語られています。「歴史的人間とは生き労働し話す人間である以上、<歴史>の全ての内容は、それがどのようなものであれ、心理学、社会学、あるいは言語の諸科学に所属する。」のは当然ということになります。
しかし同時に、「人間存在がはしからはしまで歴史的なものとなった以上、人文諸科学により分析された内容のどのようなものも、それ自身において安定したままではありえぬし、<歴史>の運動を逃れることもできない。」これもその通りでしょう。<歴史>の概念は人文諸科学に確固としたそれぞれ固有の時間軸を与えるけれど、同時にその共時的な認識とそれが対象に適用する方法を相対化するでしょうから。
ここまではいいとして、この直後にフーコーが例によって<歴史>という語を抽象的な語彙のレベルのままで展開して述べている次のような一節は私には不可解です。
<歴史>がその起源と選択の歴史的相対性を超えて普遍性の範囲に到達しようと努力すればするほど、<歴史>はよりはっきりとみずからの歴史的誕生の烙印を担い、<歴史>をよこぎってより明確に、<歴史>がその一部をなす歴史がそのすがたをあらわすのだ。逆にいえば、<歴史>がみずからの相対性をよりよく受けいれ、<歴史>の物語るものと<歴史>とに共通する運動のなかにのめりこんでいけばいくほど、<歴史>は物語の厚みのなさに向い、<歴史>が人文諸科学をつうじてみずからにあたえた実定的内容のすべてが一掃されるのである。(p392-393)
またも「実定性」が現れて理解を阻むようです。がここではそれだけではなく、<歴史>という言葉の使い方もそれまでとまたちょっとズレているようで、理解しにくくなっています。「<歴史>をよこぎって現れる<歴史>がその一部であるような歴史」っていったいどんな歴史?(笑)そして最後のところは、いったい何が「一掃され」ちゃうの?(笑)
残念ながらいまの私にはこの一節はさっぱりわかりません。
いや、この一節だけではなくて、それに続く議論は難解でほとんどわかりません。
<歴史>が人文諸科学に対して特権的なものとなり、「人間科学それぞれにたいして、それを確立する根底をあたえ、その地盤、そしていわば祖国のようなものを固定する」というのは分かるし、それを言い換えて「つまり、この知にその有効性を認めることのできるような文化的領界─時間継起の挿話、地理的挿入─を決定する。」というのもいいでしょう。
しかし次の「けれども、それはまた、人文諸科学を制限する境界線によって人文諸科学を縁取り、普遍性の本領内で価値を持とうとする人文諸科学の野望を、そもそもの最初から崩壊させもする。」(p393)という風な言い回しになると分からない。<歴史>が、時間というファクターを入れることで人文諸科学の認識に或る制約を課する、とか「縁取る」というのはなんとなくわかるけれど、「普遍性の本領内で価値を持とうとする人文諸科学の野望を、そもそもの最初から崩壊させ」る?(笑)こうなるとお手上げです。
人文諸科学は、歴史に対するどのような照合をも避けるときでさえ、ひとつの文化的挿話をもうひとつの文化的挿話と関係づけることしかけっしてしない。そして、人文諸科学がみずからの固有の共時性に応用されるとしても、みずからが由来する文化的挿話を人文諸科学が関係づけるのは、この挿話そのものにたいしてである。したがって人間は、その実定性がただちに<歴史>の無制限性によって制限されることなくしては、その実定性のなかにけっして姿をあらわさないのだ。(p393)
ここで「文化的挿話」というのはカッコして、「人文諸科学がみずからの対象に対するようにそこに応用される挿話と、人文諸科学が、みずからの実在、みずからの存在様態、みずからの方法と概念に関して、そこに根づいている挿話」と註されていますが、だからと言って分かり良くなるわけではありません(笑)。この一節も全然わからない。要は人文諸科学は共時的な認識で成り立っているけれども<歴史>の時間的規定を受けることなしには、実証的な認識の地平には現れてこない、ということを言っているんだろうとでも、あてずっぽうに見当をつけておくしか術がありません。
ここからこの節の最後までの2ページ弱は、殆ど私の読解力を超えた部分です。
この僅か2ページの間に「実定的「実定性」というキーワードが14回登場します。また、「有限性」というキーワードも11回登場します。
ついでに言いますと、この「第四節 歴史」と次の「第五節 精神分析、文化人類学」の二つの節、わずか20ぺージの間に、「実定的」または「実定性」という言葉も、「有限性」「有限なもの」という言葉も、それぞれ30回ずつ登場します。
私が大学で女子大生を教えていたころ、ある学年のゼミ生の中に一人だけ、いい子だけれどひどく落ち着きのない学生さんがいて、私がしゃべっているときでも、わずか5分、10分の間も落ち着いて聞くことができず、きょろきょろして何かほかのことに気をとられたり、隣の子にこそこそ喋りかけたりせずにはいられない、という困った性癖を持っていました。
ところがある日ゼミの時間に私が話し始めると、彼女はいつになくじっと私の目をその大きな目で見つめて、私の話に聞き入っている様子なので、内心私は驚くとともに大いに気をよくして、いつもより少し長話をしたのですが、私が話し終えるや否や、彼女は満面の笑みを浮かべて、私にともゼミのみんなにともつかぬ大きな声で「先生いま<要するに>って10回言った!」(笑)
熱心に耳を傾けているようにみえて、どうも私の話の力点と、彼女のわずかな表情の反応のリズムが少し合わないなぁ、とは喋りながら薄々感じてはいたのですが、案の定、彼女は私が口癖で「要するに」を何回口にするかをひたすら勘定していたのでした。
私がフーコーさんの「実定性」あるいは「実定的」を数え、「有限性」を数えるのもまあ同じ類のことですね。肝心の中身は頭を素通りして何も残していかない(笑)。
しかし、いまあのときのゼミの学生の「要するに」の勘定について思い返して、それは何の意味もないお笑い草だったかと言えば、どうもそうじゃないんじゃないか、と思うのです。やっぱりそれは、私の話がいつも冗長で、<要するに>のような無意味な言葉を繰り返すことで彼女を退屈させていたんだろうと思います。つまり私のほうにも問題があったわけです。
女子大生相手にまっとうな講義もできない自分とフーコーさんを一緒にするのは申し訳ないけれど(笑)、やっぱり、<実定性>だの<有限性>だの、それ自体無定義な抽象語をわずか20ページほどの間に30回ずつも使って語らなくてはならないような語り口というのは、いかに難解な哲学、思想の語りであるとしても、やっぱりとても素敵な語り口だとは言えないのではないか(笑)
自分の「手ブラ読み」を棚に上げて言うのも少しは気が引けるけれど、やっぱりこういうキーワードをこんな風に使いたいのなら、きちんとそれぞれを定義してみせ、分かりやすい具体的な事例を挙げてその言葉でもって自分が描いているイメージを明瞭に読者が共有できる形で示すことが必要ではないでしょうか。
もちろん輸入学問の翻訳と解読を仕事にしている日本の哲学者のような人は、自分の能力を棚に上げたこういう言いがかりを嗤うでしょうが、案外ご本人が生きていて講演にでも来て、そんな指摘を受けたら、頭を掻きながら苦笑まじりに、いやご指摘の通りだね、若気の至りで少々気負ったもんだから、あんな生硬な文体になってしまって、いま読み返すとお恥ずかしい限りだよ、とでも言って率直に認めそうな気がしますね(笑)。
それはともかく、この節の最後の2ぺージは、かつて登場してまたここに再登場している「有限性」と一貫して登場しているけれどうまく定義できない「実定性」という、二つの言葉だけでのべ60回も登場するこのキーワードの理解なしに解読することは不可能に思われます。よって、ここはとばします(笑)。
もちろん「有限性」が人間という存在のあり方が有限だという、ごく普通の意味合いで理解されるのでいいなら、誰にでも分かっていることだけれど、それで読んでいけるほど素朴な言葉としては使われていないので、例えば「無限のない有限性、それはたぶん、けっしておわらなかったし、それ自身よりつねにうしろにある有限性、そこにはそれ自身が思考するまさしくその瞬間に思考すべき何かがなお残されるとともに、それ自身が思考したものをふたたび思考するための時間もつねに残されている、そのような有限性」と言われても、いったいどのような有限性なのか(笑)分からないでしょう。
いずれにせよこの一節は、<歴史>という概念と人文諸科学との関係のありようが、人文諸科学の基盤である「実定的諸領域」を出現させる<有限性>という以前に登場した概念と同様の分析パターンを示す、というようなことが言いたいらしい。ただ今の私にはその内在的な論理はうまくたどれません。それをたどるには、この2ページのうちにある14個の「実定性」(または「実定的)と11個の「有限性」がどんな意味を持っているかよく理解することが必要でしょう。
五 精神分析、文化人類学
第五節では、人文諸科学のうち、精神分析と文化人類学が「特権的位置を占めている」ことを強調して、その理由と特権的であることの内容を述べています。
フロイトの精神分析は、フーコーによれば次のようなものです。
人間の有限性にたいして大きく開かれたままでいる─ことの性質上、人間に関するどのような理論的認識も、意味作用、葛藤、もしくは機能の用語によるどのような連続的把握も近づきえぬ─そのような契機へと赴くのである。つまり、無意識なもののほうへと逆もどりしながら、つねに表象されうるものの空間にとどまっている人文諸科学とは異って、精神分析は前進し、表象を跨ぎこえ、それから有限性の側へとあふれ出て、こうして、諸規範の担い手である諸機能、諸規則を負わされた諸葛藤、体系を形成するおおくの意味が期待されていたところに、体系(したがって意味作用)、規則(したがって対立関係)、規範(したがって機能)がありうるという赤裸々な事実を浮びあがらせるのだ。(p396)
つづめれば、無意識は人間の有限性に連接する場、人間の有限性に対して開かれた場だということで、精神分析による無意識の探究はそういう人間という存在の根源的なありようである有限性の構造に迫ろうとする分析だということになるのでしょう。
そこでは<死>と<欲望>と<法則(言語)>という形象が現れてきます。
<死>はその反復によって「人間の存在様態を有限性の中で特徴づける」経験的=先験的<二重性>の形象として現われ、生命の機能と規範性を明らかにする形象として、
<欲望>は思考の中心でつねに<思考されぬ>まま止まることにおいて、有限な人間が捕われている葛藤と規則を明らかにする形象として、
<法則(=言語)>は、言語の中でそれ自身によって意味と体系を明らかにする形象として、現われてきます。
死、欲望、法則、これらは人間の経験的諸領域の知の内部にあるものではなく、「人間についてのあらゆる知の可能性の諸条件を指示する」ものだとフーコーは述べています。
ここからの論理のつながりが良く見えないのですが、そのあとに精神分析がどういうものであるかが述べられていて、精神分析は「純粋な思弁的認識、もしくは人間に関する一般理論としては展開されえぬ」ものだというのです。精神分析がたどることのできる通路は、上に述べた<死>や<欲望>や<法則>を伴う人間そのものがかかわる実践の内部においてのみ可能なのだ、と。実はなぜそうであると言うのか、その前に書いてはあるのだけれど、私にはうまく呑み込めません。
しかし、この理屈を飲み込んでしまえば、次に書かれている、だから精神分析はこういう方法をとらざるを得ないのだ、という部分はよくわかります。すなわち「精神分析的なすべての知は、実践に、すなわち、一方が他方の言語に耳を傾け、そうすることによって他方の欲望を失われた対象から解放(彼がそれを失っているということを理解させることによって)し、さらにつねに反復される死との隣接から相手を自由にする(他日彼が死ぬことを理解させることによって)、二人の個人のあいだのあの関係の圧縮に、ぬきさしならぬほどつながれているのである。」ということです。
これはまさに吉本さんが「対幻想」の領域、つまり一人の人間が一人の他者に出会う出会い方の問題を扱う領域と呼んだ、広義の「性」の領域です。フロイトが対象とした領域こそがこの対幻想の領域であって、それは三人以上の観念の共同性である「共同幻想」とは位相の異なるものとして区別しなくてはならない位相にある領域として、吉本さんが初めて論理化したものにほかならないでしょう。
次いで文化人類学についてフーコーがまず言っているのは、精神分析学が無意識的なものの次元に置かれているのと同様に、文化人類学は歴世の次元に置かれているということです。
文化人類学は伝統的に、歴史のない諸民族の認識とされているので、歴史性と結びつけるのは不都合に見え、たしかにそれは出来事の継起よりも、むしろ「構造上の不変式を研究するもの」であり、「われわれがわれわれ固有の文化をそれ自身の内部で反省してみようとこころみる際依拠する、ながい「時間継起の」言説を中断し、他の文化的諸形態の中に共時的関係を浮びあがらせる」ものでしょう。
しかし、とフーコーはこれも二つの歴史性の交錯によって成立する観点にほかならないあくまでも<歴史性>の次元にあるものだ、というのですね。
文化人類学そのものは、われわれの歴史性と文化人類学の対象を構成しうるすべての人間の歴史性とが同時にかかわりあう、特定の状況、絶対的に独異な出来事から出発してはじめて可能となるのにほかならない。(p399)
これを難しく言うと次のようになります(笑)。
精神分析が、独異な関係とその関係の招く感情転移との穏やかな暴力のなかでのみ展開されることができるのとおなじように、文化人類学も、ヨーロッパ的思考と、それをそれ自身にたいしてばかりでなく他のすべての文化にたいしても対決させうる関係との─つねに抑制されているがつねに顕在的な─歴史的至上権のなかにおいてのみ、その固有の次元を持つのにほかならない。(同前)
文化人類学のこうした歴史性にもかかわらず、それは文学と神話の分析が見出すような各文化の独特の形態や他の文化との相違等々を、歴史に関係づけるのではなく、フーコーの言う「実定的領域」に属する生命、生産(労働)、言語という経験的諸領域との関係がむすばれる次元の中に置く、としています。
したがって、文化人類学がどういう方向を目指すのかと言えば、生物学、経済学、文献学(言語学)という経験諸科学(専門学)に対して人文諸科学が連接されている領域をめざして進んでいくことになります。
「だからこそ、文化人類学全体の一般的問題は、まさしく自然と文化とのあいだの諸関係となるであろう」と言われれば、なるほど、と納得できますね。この辺は基本的にレヴィ=ストロースの構造人類学を思い浮かべていれば見当を外さないで済むでしょう。彼が「野生の思考」や「構造人類学」で扱っていたのは、まさに「自然と文化とのあいだの諸関係」でありました。
こういう文化人類学のあり方の中では、歴史性はフーコーの言い方では「裏返しになってあらわれる」。つまりそこでは、対象となる文化的事象がかくあるためには、どのような歴史的生成が可能か、という形で歴史性が問われるわけで、それは文化によって異なり、そこでみえてくる歴史性には累積的なものもあれば円環的なものもあり、漸進的なものもあれば規則的振動に従属するタイプのものもあり、自然発生的なものか危機に遭遇した結果かという風に多様でありうる、と。
文化人類学も精神分析学も、人文諸科学のように人間それ自身に問いかけるのではなく、人間についての知一般を可能にする分野に向かって問いかける点で共通している、とフーコーは言います。少しややっこしい言い方だけれど、それぞれをやや詳しく解説しているところを引きます。
精神分析は、精神分析的な言語と実践との極限に有限性の具体的形象を描く、<欲望>、<法則>、<死>を表象の外郭の境に発見するため、感情転移という独異の関係を使用する。
一方文化人類学のほうは、西欧の<ラティオ>が他のすべての文化との間に設定する独異な関係の内部に宿り、そこから出発して、文明のなかで人間が、自分自身について、その生命について、その必要について、その言語のなかに寄託される意味について、みずからにあたえうる表象を回避する。そしてそれらの表象の背後に、そこから出発して人々が生命の諸機能を遂行しつつその直接的圧力を斥ける諸規範、それらをとおして人々がその必要を経験し維持する諸規則、それらを下地としてあらゆる意味が表象にあたえられる諸体系が、浮びあがるのを見るわけだ。(p400)
フロイトとレヴィ―ストロースを思い浮かべながら読めば直観的には納得のできる一節です。同様に次の指摘も重要かつ興味深いものでした。
それら〈精神分析と文化人類学〉が二つとも無意識的なものの科学であるのは当然のことであった。なぜなら、文化人類学と精神分析は、人間のなかにおいて意識のしたにあるものに到達するからではなく、人間のそとにあって、その意識にあたえられるものは何か、その意識を逃れるものは何か、実定的知によって知ることを可能にするものを目指しているからである。(p401)
こうして両者は他のものと同列に置かれる人文科学ではなく、「人文諸科学の全領域を通覧し、その全表層にわたってそれを活気づけ、あらゆるところにみずからの概念を広め、あらゆる場所にみずからの解読の諸方法と諸解釈とを提示することができる」ようなものであることになります。
しかし、これらは「双方とも人間に関する一般概念に近づくことはない」のです。
精神分析と文化人類学は、人間という概念なしですますことができるばかりか、人間を経ていくこともありえない。なぜなら、それらはつねに人間の外部の諸限界を構成するものを対象とするからだ。(p401)
ここでレヴィ=ストロースが、それらは人間を解消するものと語ったという言葉とともに引き合いに出されています。それらは人間を自由な存在として再発見するものではなく、「人間の実定性を醸成するものへと遡っていく」からそういう言い方になるのだ、といいます。ここでも「実定性」の壁(笑)です。フーコーによれば、精神分析が明るみに出す<無意識>の構造や、文化人類学が明るみに出す<構造>は、人間の<実定性>を基礎づけ、醸成するものであり、同時に「人間の外郭の諸限界を構成するもの」であるようです。
精神分析と文化人類学とは、むしろ「反=科学」であるかもしれない。それは、この二つが他のものより「合理的」でも「客観的」でもないということではなく、それらが人文諸科学を逆向きにとらえ、それらをその認識論的台座につれもどすとともに、人文諸科学のなかでその実定性をつくり、さらにつくりなおす、あの人間をたえず「解体する」ことをやめないからだ。(p401)
精神分析学と文化人類学は「基本的相関関係のなかで互いに向き合って確立されている」ものであって、文化人類学は神話の諸言説を意味するものとし、これを支配する法則性を文化にかかわる無意識的なものの体系と規定するだろうし、無意識的なものがそれ自身ある種の形式的な構造だという発見によって精神分析的な世界は文化人類学的な世界とつながっていくでしょう。
ただ、フーコーは両者の関係は重なり合うとかつながるというものではなくて、異なった方向を持つ二本の直線のように交叉しあう関係にある、と言います。精神分析のほうの一本は「能記の体系(=意味する体系)」内への空隙へ赴く直線であり、もう一本は「おびただしい数の所記(たとえば神話における)相互の類比から、その形式的変形がさまざまな物語の多様性を生みだすであろう構造の統一性へと赴く」直線だそうです。
そしてこの2本の直線はその交点でのみ共通点をもつもので、「それによって個人の唯一無二の経験が成立する能記の鎖は、そこから出発して文化におけるおおくの意味が成立させられる形式的体系にたいして垂直だから」だそうです。
難しい言い回しをしているけれど、ここは言語におけるパロール(そのつど話される言葉、発語) とラング(規範としての言語)をモデルに考えればいいんじゃないかと思います。精神分析がとらえようとする無意識を能記、「個人の唯一無二の経験が成立する」云々と言っているのは、個々の発語の世界、パロールの世界、それと垂直に交わり、「一定数のありうべき選択」を可能にする場としての「社会の諸体系」をラング、規範としての言語をモデルに考えればよく理解できるように思います。
実際、フーコーはこのすぐあとのところで「このようにして構想された文化人類学と精神分析に形式的モデルをあたえる、言語の純粋理論というテーマが形成されるわけだ」(p403)と述べています。いや、単に両者の関係を理解するためのモデルというより、そこにもうひとつの「反科学」として、この二つに並ぶ認識の領野が見いだせる、という言い方をしているようです。
言語学によって、人間の外部にある実定的諸領域において完全に基礎づけられ(純粋言語が問題だからである)、人文諸科学の全空間をつらぬいて有限性の問題にふたたびつながるであろう(思考に思考することが可能となるのは、言語をつらぬき、言語のなかにおいてだからである。それゆえに、言語はそれ自身のなかで基本的なものとしての価値をもつ実定的領域となる)、ひとつの科学が得られるわけだ。
文化人類学と精神分析のうえに、より正確に言えば、それらと交錯しながら、第三の「反科学」が、人文諸科学という出来あがっている場全体を通覧し、活気づけ、不安にする最も一般的な異議申し立てを形成することになるだろう。(p403)
こうして成立するだろう言語学は単に生物学や経済学から借用した概念のもとに人文諸科学を統一しようとした十九世紀あるいは二十世紀初頭の試みとはるかに超えた役割を果たすことになるだろう、とフーコーは言います。
その理由は3つあって、まず第一に言語学は「諸内容そのものの構造化を許し─ともかくも可能にするように努力していること」。第二に、「いまや構造のこうした出現によって、人文諸科学の数学との関係は、あらたにまったく新しい次元にしたがって開かれることになること」、第三に、「言語学とその人間認識への応用の重要性が、謎めいた執拗さをもって、すでにそれがどれほどわれわれの文化の基本的諸問題につながっているか見たところの、言語の存在の問題をふたたび出現させること」です。
…と写経的に写しても、この理由を述べた部分の論理はよくわからないですね、最初のは分かりやすいけれど、二番目は例えば次のように説明されています。
「言語学は諸内容そのものの構造化を許す(あるいは可能にするよう努力している)」→したがってそれは他で得られた解釈原理ではなくて「一次的解読の原理」にほかならない。このつながり自体も分からないけれど、次に置かれている、「言語学によって武装された視線のもとで、物が実在に接近するのは、物が能記の体系の諸要素を形成することができるかぎりにおいてなのだ。」という一文がなぜここに置かれているのか、どういうつながりなのか、いまのところチンプンカンプンです。「物が実在に接近する」?なんのこっちゃ(笑)。
とにかくそれに続けて「言語学的分析は、説明である以上に知覚である。すなわち、それはその対象そのものの基本的構成要素をなすわけである。」で説明は終わっています。これもずいぶん独断的な言い方で、なぜ「言語学的分析は知覚である」ということになるのか、何の論理的説明もありません。
しかしまあ大雑把にこの第二の理由を見ると、要は言語学を武器に対象を捉えれば、対象を分節し、再構築して構造化してとらえることができ、それはほかの方法の出来合いの原理の借り物ではなくて、直接対象に向き合った上での第一次的な解読作業の結果であるし、その言語学的分析(対象把握)自体が、対象の構造を言語のうちにとらえるのだから、それ自体一種の対象知覚にほかならない。…というような意味なんでしょうかね。ヤレヤレ・・・
こうしてとにかく言語が認識という人間の営みにおいて基本的な役割を担うことになり、「認識の純粋な諸形態に連接され」るためには、あらためて言語の存在とは何か、が問われなくてはならなくなる、というのがフーコーさんの言いたいことのようで、この問い掛けの端緒を創ったと彼が考えるニーチェとマラルメの場所にわれわれは連れ戻されることになる、というのですね。
こうして「言語の問題がこのように強力な重層的決定とともにふたたび浮びあがり、それがあらゆるところから人間という形象を攻囲するように見えるその点において、現代文化は、その現在とおそらくはその将来のかなり大きな部分のために働いている」ことになるのだそうです。
そして、そこに経験的領域に間近く、しかもそこからすっかり遠ざかっていた諸問題が立ち現われるのであって、その諸問題というのは「思考と認識との一般的形式化」の問題なんだそうです。
それは「数学的ア・プリオリの新しい諸形態から出発して第二の純粋理性批判を行おうとする、可能性とまた任務にむかっている」というから穏やかではありません。
この後フーコーさん好みの作家らしいアルトーやルーセルの評価につながるような、文学の現代的な意味に触れる箇所が続きますが、ここは<実定的>と<有限性>という暗号的キーワード(笑)が肝心かなめの場所に埋め込まれているので、解読不能です。
いずれにせよ、「リカード、キュヴィエ、ポッブの時代に起こったこと、経済学、生物学、文献学とともに創始された知のあの形態、カントの批判が哲学にたいする任務として指定した有限性の思考、こうしたすべてのものは、なおわれわれの反省の直接的空間を形成している。われわれが思考するのはこの場所なのだ」そうですから、難しいことはともかく、その辺まで戻って考えないと、どうやらこのあたりで結論めいたところへもっていくフーコーさんを理解することも難しそうです。
フーコーさんが結論めかして述べているのは、「今日われわれがその約束を怖れ、その危険を受け入れる、こうした近く危ない切迫」は、「この場合もまたニーチェが、遠くから屈折点を指示しているのであるが、確認された神の不在ないし死ではない。人間の終焉(人間の有限性が人間の終焉となるようにするあの厚みのない、あの知覚しえぬずれ、同一性の形態のなかでのあの後退)なのである。」ということです。
これを言語と人間の関係の角度から再度彼は語っています。
人間は、表象の内部に宿り表象のなかに解消させられたかに見えた言語が、細分化されたかたちにおいてのみ表象から解放されたとき、はじめて成立したものにすぎなかった。人間はその固有の形象を断片化された言語の隙間につくりあげたのである。(p409)
言語が分散を余儀なくされたとき人間が成立したとすれば、言語が集合しつつあるいま、人間は分散させられるのではなかろうか?(p408)
六
最後に見出しのない第六節でもう一度フーコーは<人間>という概念がごく最近の1世紀半ばかり前に見出された挿話に過ぎず、その終焉は間近いのだ、と繰り返しています。有名な最後の一節:
もしもこうした配置が(知の基本的諸配置)が、あらわれた以上消えつつあるものだとすれば、われわれがせめてその可能性くらいは予感できるにしても、さしあたってなおその形態も約束も認識していない何らかの出来事によって、それが十八世紀の曲り角で古典主義的思考の地盤がそうなったようにくつがえされるとすれば─そのときこそ賭けてもいい、人間は波打ちぎわの砂のように消滅するであろうと。(p409)
以上、引用はこの連載の最初に書いたとおり、すべてミシェル・フーコー著『言葉と物~人文科学の考古学』渡辺一民・佐々木明訳、新潮社 1974年6月5日発行 によります。
これでようやく『言葉と物』を一応読み終えた、というか、とても「読んだ」とは言えないので(笑)「とにもかくにも一行一行目で印刷された文字を最初から最後までたどりました」ということになります。
自分で後でメモだけ読んだら、大体どんなことが書いてあったか、記憶力の悪い私にもわかるだろう、というので始めたことですが、分からない部分が多すぎてうまくつながっていないから、メモを通読したとて自分でもやっぱり何が書いてあったか分からないかもしれません(笑)。
全体として思想史を自分流に解体して、エピステーメーをキーワードに、目立つ断層を目印に幾つかの地層に腑分けして、それぞれの知の世界を形作った思考そのものを構成する思考を掴みだしてみせた大変な書物で、思想史を一通りやっていれば、もう少しは読めたのでしょうが、フーコーさんの切り分け方に従ってその切り分けたササミだかスジだかを評価し、位置付けていくのをあれよあれよと眺めるばかり、まあその力技には感心しましたが、ここから何が立ち上がってくるのかはもちろんまだ全然見当もつきません。
ただ、この書物一冊でふっとばされたり、ていよく小さな小箱に収納されて整理されてしまったり、解体されてしまった思想というのが山ほどあるだろうな、というのは何となく実感できたような気がします。ヘーゲルやマルクスの扱いにはちょっと驚きましたが、まあフーコーさん流の解体術からすれば、こんなふうに片づけられてしまうのが必然だったのでしょうね。
他方で、カントやニーチェに対する評価は非常に肯定的で、随分高いんだなぁと思い、前者は若いときにチャレンジして挫折した口、後者は拾い読みしながら、肌合いが合わなくて敬遠してきた口なので、これはまずかったな、時間がゆるせば、あらためて読んでみたいな、と思わされました。
フーコーさんの危機意識がラストの人間の終焉という言葉に集約されているのは分かるけれど、その本当の意味合いはまだ私にはわかりません。他方で現実の身の回りの世界を見ていれば、いくら呑気でもかつての素朴なヒューマニズムがもうまったく色あせてボロボロになってしまっていることは実感できるし、人間中心主義的な言説がみななにか胡散臭く、いかがわしいものに思えることも事実なので、では私たちの思考から一切、人間を消去してしまったときに、いったい私たちの思考を支えてくれるのは何なのだろう?ということを改めて身近なところから、できれば自分が馴染んだものの考え方を棄ててしまったり、カッコに入れたりして棚上げしてではなく、もう一度そこにかえって、そこから考え直して見たいものだな、と思いました。
もともと言語にとって美とはなにか、みたいな吉本さん流の考え方に惹かれて、著名な思想家が言語をどんなふうにとらえていたのか、あらためて覗いてみたいという程度の関心で、とりあえずソシュールの『一般言語学講義』から初めて、フッサール『純粋現象学及現象学的哲学考案』、メルロ=ポンティ『知覚の現象学』、ハイデガー『存在と時間』とソシュール以外は正面から言語について論じた部分だけを拾い読みして、フーコーにかかったら、実は一番面白かったこともあって(難しかったせいももちろんあるけれど)あとに行くにしたがって読む速度が滅茶苦茶遅くなって、それまでは数日でやっつけていたのが、たぶんここ1,2カ月かかっていたんじゃないでしょうか。哲学的素養もなければ何の準備もしていない素人の自称「手ぶら読み」で何とか文字面だけでも追っかけてこれたので、今後も懲りずにこの安直な方式で(笑)読んでいこうと思います。
私の特殊事情でもうそんな時間は残されていないとは思いますが、それはそれ、もう自分がどうじたばたした何とかなる問題でもないし、淡々とやりたいことができるところまでやっていくだけのこっちゃ、と思っています。