2020年07月23日
『言葉と物』第二部第十章 三 三つのモデル ~私的メモ
冒頭で言われていることは、人文科学の領域が、生物学、経済学、言語学(文献学)という「三つの『科学』によっておおわれている」ということですが、これをより正確に言えば、という感じで言い換えて、この三つの「科学」というよりは「それ自身の内部でさらに分けられ、たがいに交錯しあう、三つの認識論的領域によって」おおわれている、と述べています。
そして、「この三つの領域は、人文科学一般の、生物学、経済学、文献学に対する三重の関係によって規定される」として、人文科学と呼ばれる具体的な学問の領域が、どんな風にこれら三つの領域のいずれかと関わって拓かれたかを順に述べています。
例えば「心理学的領域」がその場所をみいだしたのは、「生物の機能、生物の運動神経の図式、生物の生理的調節の延長のうちで、しかもまた、そうしたものを遮り制限する中断のうちで、生物が表象の可能性にたいして開かれるところ」でした。
また、「社会学的領域」が拓かれたのは、「労働し生産し消費する個人が、そのような活動のおこなわれる社会について、社会を分けるグループや個人について、それによって社会が維持され、あるいは区切られる、命令、制裁、儀式、祭り、信仰について、みずからにたいして表象をあたえるところ」でした。
さらに、「文学と神話についての研究、口頭のあらゆる顕示と書かれたあらゆる資料との分析、つまり、文化あるいは個人がみずからについて残すことのできる言葉の痕跡の分析」が生まれてくるのは、「言語の諸法則と諸形態が君臨し、しかも、人間の諸表象のたわむれをそこに移行させることを人間に可能としながら、諸法則や諸形態がそれら自身の縁にとどまっている、あの領域」においてでした。
しかし、知の布置におけるこうした人文科学の由来をのべても、なお「二つの基本的問題を手つかずのまま残す」ことになる、とフーコーさんは言います。
その二つのこととは、「人文諸科学に固有なものである実定性の形態にかかわる」問題と、「人文諸科学の表象に対する関係」です。前者は、これまで繰り返し登場した<実定性>という言葉がとても曖昧で多義的で理解しにくい言葉なので、これだけ読んでも何のことかわかりませんが、そのあと具体的に語られていることを読めば、要は人文諸科学に固有のあり方を解明する鍵が、三つのモデルにある、ということだということが分かります。
後者つまり表象との関係ということでは、近代の思考は古典主義時代の表象の思考を脱して経験的諸領域がそれぞれ固有の組織や法則で自立した存在を主張するような世界に変わったはずですが、人文科学に関してはむしろ表象こそがその土台をなすほどに再びその存在感をひろげているということが、後の記述で見えてきます。
まずは人文科学の「実定性の形態」に関わる三つのモデルとは何か、です。それは「人文諸科学にとって基本的構成要素を成すモデル」であって、「人文諸科学の独異な知のなかで、『範疇』の役割を演ずるもの」だといいます。こういう抽象的な言葉を先に連ねて、さんざん煙に巻いてから、それは具体的にはこうだ、というのがフーコーの進め方なので、そこを先に読んだ方が、なぁんだ、そんなことか、早く言えよ!と思わずに済みます。
とても重要なところなので、三つともそのまま写してみましょう。
これら基本的構成要素をなすモデルは、生物学、経済学、言語の研究という三つの次元から借用されている。人間がさまざまな<機能>をもつ存在として姿をあらわすのは、生物学の投影面においてである─つまり、そこで人間は刺激(生理的な、しかしまた社会的で、人間間の、文化的な)を受け、それに反応し、順応し、進化し、環境の要請にしたがい、その課する諸変容と妥協し、不均衡を消去しようとつとめ、規則性にしたがって動き、要するに、生存諸条件と、彼にその機能の行使を許す、調整の平均的諸<規範>を見いだす可能性とを持つわけだ。
経済学の投影面に、人間は、必要と欲望をもつものとして、必要と欲望をみたそうとして関心をいだき利潤を狙い他の人々と対立関係にはいるものとして、姿をあらわす。要するに、人間があらわれるのは、<葛藤>のぬきさしならぬ状況においてである。こうした葛藤を、人間はかわすか、逃れるか、支配し、すくなくともあるレベルにおいてしばしその矛盾を鎮静する解決を見いだすのに成功するか、いずれかであろう。彼は<規則>の集合体を創りあげるが、それは葛藤の制限であると同時に新展開となるのにほかならない。
最後に、言語の投影面に、人間の諸行為は、何かを語ろうと望むものとして、姿をあらわす。人間の最小の身ぶりも、その無意志的メカニズムや失敗にいたるまで、ひとつの<意味>を持つ。そして彼が品物や儀式や習慣や言説に関してみずからのまわりに配置するすべてのもの、彼がみずからのあとに残す痕跡の澪は、ひとつの整合的集合体と記号の一<体系>とを構成する。
このようにして、<機能>と<規範>、<葛藤>と<規則>、<意味作用>と<体系>というこれら三対のものは、人間についての認識領域全体をあますところなくおおうわけだ。(p378)
このあとのところでフーコーは註を入れるような言い方で、これら對を成す概念が、それが現れた投影面に局限されたままであると考えてはならない、と言い、例えば機能と規範は心理学的でしかないわけではないし、葛藤と規則は社会学的領域に制限されるわけではない、これらすべては、人文科学の共通な立体的空間(あの三面角の内部)のなかへとりこまれて、その空間内部の各領域それぞれの中で価値をもつようになるのだと述べています。
しかし、概ね前述のような領域と機能の結びつきを頭においておけば理解しやすいことは確かです。
すなわち、心理学は、基本的に機能と規範の用語による人間の研究であり、社会学は、基本的には規則と葛藤の用語による人間の研究であり、文学と神話の研究は、本質的に意味と意味する体系との分析に属する、と。
そして、19世紀以来の人文科学の歴史を振り返ると、この三つのモデルが人文科学の生成すべてを覆っていて、これらのモデルの系譜をたどることができ、まず最初が生物学的モデルによる<機能>の用語による分析、次いで経済学的モデルによる<葛藤>のキーワードによる人間とその活動の分析、最後に文献学的、言語学的なモデルが支配して、隠された意味を解釈し、発見し、あるいは意味する体系を構造化しあきらかにしようと企てられたのだ、と。
この<葛藤>の用語による分析から<意味作用>の用語による分析への移行について、フーコーは「フロイトがコントとマルクスのあとにきたように」と例示的にその名を挙げていて分かり良くなっています。
しかも「この変位は、もうひとつべつの変位によって倍加された。すなわち、それが、対をなす構成要素それぞれの最初のもの(機能、葛藤、意味作用)を後退させ、さらに一層の強度をもって、第二のもの(規範、規則、体系)の重要性を浮きだたせた」(p381)というのです。
ここも何となくわかるような気はしたけれど、フロイトをその代表例として挙げたところで腑に落ちたといったところでしょうか。
他のだれよりもフロイトが、人間についての認識をその文献学的で言語学的なモデルに近づけ、しかも、肯定的なものと否定的なもの(正常なものと病理的なもの、理解しうるものと伝達しえぬもの、意味をもつものと無意味なもの)との分割を根源的に消去しようと企てた最初の人であったことを思いおこすとき、いかに彼が、機能、葛藤、意味の用語による分析から、規範、規則、体系の用語による分析へという移行を予告しているか、納得できるであろう。(p382)
なるほどフロイトの精神分析は、葛藤や意味の背後に隠された規範、規則、体系を見出す仕事だったでしょう。
こうして「規範と規則と体系の観点」に移行するにつれて、ペンディングになっていた2番目の問題、つまり人文科学における表象の役割という問題にわれわれは近づいていくことになる、とフーコーさんは言います。どういうことか。
少し乱暴に要約的に言うと、たとえば「ある意味作用についての意識との関係においては、体系は既にその意識以前に存在し、意識が宿るのがそこであり、そこから出発して意識が実現されるのであるから、つねに無意識的なもの」(p383)ということになるでしょう。
規範、規則、体系といったものは、三つのモデル、経験的諸領域のいずれにおいても、そういう「意識されないけれども表象される」ものを意味しているでしょう。
「これらの範疇は、人間に関する現代の知全体にとって特徴的な、意識と表象とのあいだの分裂を可能にするもの」(p384)なのです。
「範疇」というのはこの節のはじめのほうで、三つのモデルについて紹介されたときに「こうしたモデルこそ、人文諸科学の独異な知のなかで、『範疇』の役割を演ずるものにほかならない。」という個所で初めて登場した用語で、ここでは単に三つのモデルを指すと考えて読める言葉です。
「意識と表象とのあいだの分裂」、とはどういうことでしょうか。ふつうはこの本の事項索引で言うように、「表象」は代名動詞に対応する「思い描く行為」あるいはその結果としての意識内容を指す言葉で、観念、心像などが「表象」と呼ばれる、その意味でしょう。
もうひとつ他動詞に対応する、他の物の「かわりになる」「代替する」「代表する」といった代替の観念を含む言葉として、「かわりになるもの」「かわりになること」を表わすと言った具合に二系統の異なる意味をもっているけれども、フーコーはあくまで一語としての統一性のもとに用いているそうです。
これまではこの言葉を「思い描くこと」から「観念」「心像」と置き換えて読んできたように思いますが、ここでは無意識について語られ、「表象は意識ではない」(p383)と明言されているのですから、そのまま「表象≒観念、心像」、と考えたのでは、右辺は「意識」そのものでしょうから、おかしなことになります。「表象」は「意識にのぼらないもの」つまり無意識の世界に属するものも含めた意味合いだと考えないとつじつまが合いません。
表象は意識ではないし、意識にそうしたものとしてけっしてあたえられぬ、諸要素や諸組織体をこうしてあきらかにするのが、人文諸科学を表象の法則から免れさせることだとは何ものも証明しはしまい。(p383)
屈折した言い方ですが、要は無意識の世界の構造を明らかにすることは、人文科学が表象の世界の法則の外部にあることを示すわけではなく、むしろ表象は依然として人文科学の世界を覆い、その土台をなすものだよ、ってことだと思います。
たとえば「その言説が誰かの意識のために展開されていないとしても、言語のような何かがいかにして一般に表象にあたえられるか」、あるいは「意味作用と体系という対をなす概念は、言語の表象可能性と、近いが後退した起源の現前とを同時に保証するものである」、さらに「葛藤の概念は、必要、欲望もしくは関心そのものが、たとえそれらを感じる意識にあたえられぬとしても、いかにして表象のなかでかたちをとりうるか、示すものであろう」、また「葛藤と規則という対をなす概念は、必要の表象可能性と、有限性の分析論が解明する、あの思考されぬものの表象可能性とを保証する」、最後に「機能の概念は、生命の諸構造がたとえそれらが意識的でないとしても)いかにして表象を生みだすか示すことを役割とし」・・・と具体例を列挙して示されたように、ここで語られているのは、「意識と表象とのあいだの分裂」であり、意識にのぼることがなくても、言語として表象され、労働者の必要や欲望が社会意識のような形で意識されなくても、その客観的な社会関係(生産関係)の見えざる構造は葛藤の概念のもとで分析されれば「表象のなかでかたちをとりうる」だろうし、というふうに、「十九世紀以来、人文諸科学は、表象の懇請が中断されたままになっている無意識のあの領域に接近する」(p383)のです。
かくして近代の知においても、表象はずいぶん大きな役割を果たすわけです。
表象は、人文諸科学にとってたんなる一対象ではない。それは、既に見たように、人文諸科学の、そのあらゆる拡がりにおける場そのものなのである。それは、知の人文諸科学という形態の一般的台座、そこから出発してその知が可能となるものにほかならない。(p385)
いやはやえらいことになってきました。<表象>という概念は、19世紀初めに始まる近代的思考が古典主義的思考を脱するときに、そこにまだあることはあるけれども、もはや世界≒意識のすべてを覆い、また生み出していく力を失い、生物や労働や言語は表象の世界を脱して、それぞれ固有の組織と法則を持った自律的な領域として拓かれたのだったはずなので、近代的な知の配置の中で表象というのはただ世界の表層として形骸的に残っているだけだと、例えば労働の所産は商品として表象され、市場で交換される、確かに依然として表象であることには変わりないけれど、そうした表象の等価交換の体系が労働の価値を基礎づけるわけではなく、逆に労働こそがあらゆる価値の源であり、その表象としての商品はそうした生産と生産関係(流通)の形作る固有の組織、法則、自律的な運動の表層に現われるものに過ぎない、といったことだったはずです。
ところがどっこい、人文諸科学に関しては、依然として<表象>は、むしろその知の成立を可能とする土台なんだ、というのです。
どこやらの大学にたしか表象文化論なんていう学科だか専攻だかがあるようですが、フーコーさん流に言えば人文諸科学の対象領域すべてがその表象文化ってやつにあたるでしょう。乱暴に言えば表象の介在する領域を扱うのが人文科学で、そんなものを扱わないのが科学だ、ということになるでしょう。
表象が知の人文書科学の一般的台座だということから、フーコーさんは二つの帰結が生じると言います。
一つは、歴史的な帰結であって、「人文諸科学は、十九世紀以来の経験的諸科学とは異り、また近代の思考とも異り、表象の優位を回避することができなかったという事実」だそうです。
またもう一つの帰結は、「人文諸科学が、表象であるところのものを扱いながら、その対象として、はからずもみずからの可能性の条件であるものをとりあげているということ」だそうです。この後者の言い回しはとても分かりにくいですね。
前者は表象が人文科学成立の土台だとまで言うのだから、それを認めるのなら当然だとも言えますが、フーコーさんは古典主義時代の知が表象のうちに宿っていたのと、近代のそれとは全然違うんだ、と言います。なぜなら、「知の布置全体が、変様してしまっているから」だと。
人文諸科学が誕生したのは、人間とともに、それ以前には<エピステーメー>の場に実在しなかった存在が出現したからにほかならない。(p385)
その限界をこえて人間についての知の分野を拡大しながら、人々は、人間をこえて表象の支配権をも拡大しているのであり、こうしてふたたび古典主義的タイプの哲学のなかに身を落ち着けるのである。(同前)
例によって「人間とともに、それ以前には<エピステーメー>の場に実在しなかった存在が出現した」などと、もったいぶった言い方をしていますが、要はフロイトが見出した無意識の世界のようなものを指しているのでしょう。
もちろん無意識だけでなく、<人間>の外部にあって(内部にあって、と言っても同じこどだけれど)<人間>をかくあらしめている「意識にのぼらない構造」はみんなその類でしょう。フロイトの無意識でも、レヴィ=ストロースの構造でも、ソシュールのラングでもなんでもいいわけです。そんなものは確かに古典主義時代の<エピステーメー>の場には実在しなかった。
そんな見えない構造みたいなものもまあ、「意識的形態のもとでにせよ、無意識的形態のもとでにせよ」表象される世界として対象とされていくわけで、そういう世界にまで「人間をこえて表象の支配権を拡大している」ということになるでしょう。
フーコーさんのいう「帰結」の二つ目は私にはちょっとわかりにくいです。「人文諸科学が、表象であるところのものを扱いながら、その対象として、はからずもみずからの可能性の条件であるものをとりあげている」?・・・みずからの、とは人文諸科学自身の、という意味でしょうから、素直に読めば、「表象であるところのものを扱いながら、その対象として」というのは、たとえば心理学なら人間の心理あるいは無意識(「意識的形態のもとでにせよ、無意識的形態のもとでにせよ」)の世界における表象を対象として扱う場合に、そこで対象としている表象自体が、「人文諸科学の可能性の条件」、そもそもの成立条件なんだ、ということでしょうか。これだと単に表象というものが人文諸科学を成り立たせる基盤なんだ、と言っていることに戻ってしまうから、「帰結」でもなんでもない、単なるトートロジーだと思えます。要は人文諸科学というのは、経験的諸科学とは違って、<表象>を扱うものだ、と言ってしまえば済むのではないでしょうか。だったら、それが「人文諸科学の可能性の条件」をなすのは当たり前だし、「人文諸科学の成立の基盤」であるのも自明です。だって表象を対象とする、というのが人文諸科学の定義になってしまっているんだから。
それに続く部分で、こんな一節があります。
非意識的なものの解明というかたちに逆転させられた先験的なものへの上昇志向は、すべての人間科学の基本的構成要素をなすものなのだ。(p386)
「非意識的なものの解明というかたちに逆転させられた先験的なものへの上昇志向」などという言い回しは<プレシオジテ>の典型のように思えますが、言い得て妙というのか、無意識等々の世界、私たちが「意識しない」けれども<人間>の外部性として確かに存在して私たちを支配している表象の世界を解明することは、経験的諸科学がそれ自身の自律的な組織や法則の探究に向かうのと違って、思考する私の先験的な領域を志向する、というのは直観的に腑に落ちる言い方だと思えます。
だからこれに続く「人文諸科学固有のものを顕示するのが、人間という、特権的で奇妙にもつれあった、あの対象でないことは見てとれるにちがいない。人文諸科学を構成し、それに特異な領域を提供するのが人間ではないという、もっともな理由からである。」という一節も、えぇ~っ?と驚かずに(笑)、納得して読めます。
人文諸科学にこうして人間をその対象とすることを許しながら─人文諸科学のために場所をつくり、それらを呼びよせ、創始するのは、<エピステーメー>の一般的配置にほかならない。したがって、人間が問題とされるどこにでもというのではなく、無意識的なものに固有な次元で、意識にたいしてその形式と内容の諸条件を解明する諸規範、諸規則、意味する集合体が分析されるどこにでも、「人文科学」はあると言えるであろう。(p386)
フーコーさんの、人文諸科学のイメージ、知の空間における布置というのは、こういう表現に落ち着くことになるのでしょう。かくして「人間諸科学」は、このようなものとして、近代の<エピステーメー>の一部をなす、つまり、認識論的な場の一部をなす、とされています。
さらにありうる誤解を避けるために、フーコーさんは、人文諸科学がそんなふうに認識論的な場の一部に位置づけられるということは、人文科学が、所説、関心、信仰のレベルで動機付けられたイデオロギーのごときものではない、ということを示しているだけであって、それが「科学」だというのではない、と述べています。
人文科学が科学じゃないとしたら、何なのか、それは科学とどんな関係にあるのか。フーコーさんは「その構図、その位置、その働きが考古学的タイプの分析によって、それらの実定性において復元されうるような認識論的諸現象がある」(p387)と言います。またもや「実定性」です!(笑)こういうことを言うのなら、まず君の言う<実定性>とは何だね?と訊いてみたいところですが、この本を最初から最後まで読んでも、俺の言う<実定性>ってのはさ、とフーコーさんが説明しているところは一か所もありません。いきなり使いはじめてそれきり、何十回も登場する結構キーワード的な重要な言葉ですが、定義されません。かといって、英語のpositive だとかpositiveness にあたるフランス語の日常的な意味や、コント的な実証的なとか、実証主義のといった意味合いにとろうとしても、うまくいきません。
何か実体的に定まるというか、明瞭に実在するものというか、積極的にその存在を主張しうるものというのか、そんな風な意味合いでパスして読んで読めなくはなかったのですが、やっぱりしっくりきません。
ここでいう「実定性において復元されるような認識論的諸検証」は、「種類の異なった組織体に従属することができる」のだそうで、「その一方は、それらを科学として規定することを可能にする、客観性と体系性の特徴を示し、他方は、これらの規準にはしたがわず、整合性の形態と対象との関係はその実定性のみによって決定される。」(同前)
科学が客観性と体系性の特徴を示すというのは誰だってわかります。もう一方の「整合性の形態と対象との関係はその実定性によってのみ決定される」っていったい何でしょう?
やっぱりここでも<実定性>に躓いて、ぴたっとはまるような理解、納得がいきません。
ともかくそうした領域における諸形象を「それらを可能にし、それらの形態を必然的に決定する、実定性のレベルに置きなおさなければならない」(またもや<実性>!)というのですから、ますます<実定性>が分からないと理解できないことになります。
しかし、フーコーさんは知の考古学がそれらの形象に対して二つの任務をもっていると言い、ひとつは、「それらの根づいている<エピステーメー>のなかで、それらが配置されているやり方を決定すること」もうひとつは「それらの布置が、厳密な意味における諸科学の布置といかなる点で根源的に異っているかを示すこと」だそうです。
それが分かれば、おのずと科学との違いにおいて、人文科学がどういう位置づけのどういうものだと考えられているかが明らかになるでしょう。
最初のいかなる布置において位置づけられるているか、という点に関しては、ます「それらはその固有の形象において、諸科学のかたわらに、同一の考古学的地盤のうえに、知の<他の>布置をなしている」のだと述べられています。これだけだとよく分からないけれど、次の個所を読めばよくわかるような気がします。
人文諸科学が「古学的分析を行えば、全に実定的布置を描きはするが、それらの布置とそれらが近代の<エピステーメー>のなかで配置されているやり方とを決定するやいなや、なぜそれらが科学ではありえぬか理解されてくるであろう」と言い、次のように述べています。
すなわち、それらを事実上可能にしているのは、生物学、経済学、文献学(あるいは言語学)にたいする特定の「隣接関係」の状況であり、人文諸科学は、これら三つの科学のかたわらに─というよりはむしろ、それらの射影の空間にこっそりと─宿っているかぎりにおいてのみ、実在しているのにほかならぬ。(p387-388)
そして、この人文諸科学は、みずからがモデルとして導入した三つの科学と、連結したり類縁関係をもったりというような関係にあるものとは全く異なった関係にあるのであって、「無意識的なものと意識との次元への外部のモデルの移入と、それらのモデルが出てきた場所そのものへの批判的反省の逆流とを前提とする」ような関係にあると言います。
つまり、無意識を含む自分が対象とする領域に、その解明のために三つの科学からモデルを借りるけれども、他方で、それら三つの科学に対して固有の哲学的反省(有限性の反省)を差し向けるような独特の関係にあるわけです。
じゃなぜ人文科学は「科学」という名称を帯びているのか。それは「人文諸科学が諸科学から借用したモデルの移入を求め、受け入れること自体、それらの根づきの考古学的規定の一部をなしていることを想起すればこと足りよう」と述べています。つまり、人文科学が科学からモデルを借りていること自体が、それがこの時代の知の<エピステーメー>の布置のありかたをなしているからなのだ、ということでしょう。
したがって、人間が科学の対象と為れないのは、人間の非還元性に寄るのでもなければ、その超越性によるのでもなく、人間があまりに大きい複雑なものだからでもなく、単位西欧文化が「人間という名のもとに、諸理由の唯一で同一のたわむれによって、<知>の実定的分野でなければならないが、<科学>の対象とはなりえない、ひとつの存在を成立せしめたのにほかならない」(p388)からだ、というのです。これがこの第三節のラストの言葉です。「人間という名のもとに、・・・一つの存在を成立せしめた」というのですから、もちろんその「一つの存在」というのが<人間>であって、西欧文化は、知の「実定的分野」でなくてはならないけれど、「科学」の対象とはなりえない<人間>という存在(概念)を作り出したのだ、ということですね。またも<実定的>に躓いて、本当のところよくわからないけれども、人文科学が表象に覆われた世界を扱い、三つの経験的科学をモデルにして無意識的な諸形象を対象とするような認識論的領域として、またみずからがモデルとする三つの科学に対する哲学的反省において先験的領域を志向するような領域として、知のエピスt-めーのうちで、科学ではない独異性を持つ領域として配置されている、という程度のことなら理解出来そうな気はします。
[追記]
「実定性」「実定的」というキーワードが分からない、と繰り返しメモってきたのですが、どうもそれは巻末の事項索引の解説にとらわれ過ぎていたんじゃないか、という気がしています。それによれば、フーコーは『言説の秩序』(邦訳名『言語表現の秩序』)のなかで、言説(ディスクール)の「断言する力」を説明して、「それらに関して真または偽の諸命題を肯定もしくは否定しうるような、客体の諸領域を成立せしめる力」と述べ、その「客体の諸領域をpositivitesと呼ぼう」と記している、と言い、これを参照することによって、フーコーのpositivetesは、「言説の成立を可能にする場およびその場のもつ性質」とみることができるだろうと推測しています。そして、この語はコント的意味をもちえないゆえに「実証性」という訳語は用いられない、として、その訳語を充てず、「実証性」の意味で用いられているときだけその訳語を充てたとしています。
ただし、「実定的」positifの項では、上記の説明を参照せよ、という一方で、positifという語は、コント的意味での「実証的」、あるいはnegatif(否定的な、消極的な)に対立する意味での「肯定的」「積極的」、数学用語で「マイナス」にたいする「プラスの」、具体的、効果的という意味での「明確な」などの意味を賦与されて使用されることもある、として、その場合はその時々に応じて訳語を使い分けたとしています。
しかし私には訳者が引く『言説の秩序』における「それらに関して真または偽の諸命題を肯定もしくは否定しうるような、客体の諸領域を成立せしめる力」が「断言する力」を説明する言葉なのはわかるけれど、そうして成立せしめらる客体の諸領域をpositivitesと呼ぼうというのは、客体の諸領域において「AはBである」と断言する言説の力というのが何かと言えば、それは客体的要素の間の関係性としてAがBであることを実証できる、という能力にほかならないからこそ、そういう断言の成立するような客体の諸領域をpositivitesと呼ぼうと言ったのであって、単に一般的に普通名詞としての「客体の諸領域」をそう言い換えようということではなかったと思うのです。あくまでもこのpositivitesという言葉が持っている思想史的な含みとしての、コント的な「実証性」「実証的であること」が生かされていて、実証性が成り立つことによって客体的世界において「AはBである」という断言が成立するような、そういう客体的領域、実証性で成り立つ客体的認識の領野を指す、と考えるのが妥当ではないか。
そういうことを考えると、これまで「実定性」とか「実定的」という言葉に出くわすたびに、この巻末事項索引の解説にひきずられて、すくなくともコント流の「実証性」だの「実証的」だのと言った意味だけは全く含んでいないのだな、という前提で読んできて、さっぱり分からなかったはずだ、という気が改めてした次第です。
たとえば、今日書いたメモの中で引用した、経験諸科学と人文諸科学との違いを述べた一節、「その一方は、それらを科学として規定することを可能にする、客観性と体系性の特徴を示し、他方は、これらの規準にはしたがわず、整合性の形態と対象との関係はその実定性のみによって決定される。」という部分など、「実定性」は素直に「実証性」と読めばいいのではないか。科学も実証的ではあるけれども、同時に「客観性と体系性の特徴」を持っており、他方、人文科学は「整合性の形態と対象とのかんけいはその実証性のみによって決定される」と。あとのところも、「実定性」をすべて「実証性」、「実定的」をすべて「実証的」と読んで全く不都合はないように思います。
コント的実証主義の実証性や実証的と同じだか異なるのかはどうでもいいので、ここで用いられている言葉に、経験的事実に根拠づけられた、というごく日常的に私たちが使う意味での「実証的」の意味がある、と考えれば素直に読めるし理解できるように思います。
実際、そういう言葉の詮索を離れて、常識的にフーコーの言うような生物学、経済学、言語学のような経験諸科学と、心理学、社会学、文化史、思想史、科学史のような人文諸科学との間に境界線を引くとしたらどんな基準で引ける?と考えれば、フーコーの言うように前者は実証性に裏打ちされると同時にそれぞれの領域に固有の組織、法則等を対象とする認識の「客観性、体系性の特徴」を持っており、後者の対象となる諸形態は表象を介し、解釈によってとらえられるものですから、前者のようないみでの「客観性」や対象それ自体の自律的な体系に由来する「体系性」を持たない、「整合性の形態と実証性つまり経験的事実のみ」に根拠づけられた領域だという違いになるでしょう。
まあひとり合点である可能性は濃厚ですが(笑)、すくなくとももう一度読む際には<実定性>とか<実定的>という言葉を巻末事項索引の解説にとらわれず、<実証性><実証的>と自由に読むこともあり、という立場で再読してみたいと思います。ずいぶん視界が開けてくるような気がします。
[追記]2
きょうのところで、メモし忘れたかと思いますが、次のような一節がありました。
生命と労働と言語の経験的実定的な諸領域(そこから人間がありうべき知の形象として歴史的に分離された)を・・・(p384)
つまり、<人間>という<知の形象>、歴史的概念が生まれてくるのは、やっぱり「生命と労働と言語緒経験的実定的な諸領域」なのですね。前回、前々回、一転二転するようにして、<人間>という概念は一体どこから生まれてきたのか、経験的諸領域からなのか、それともカントの開いた先験的領域からア・プリオリに与えられるのか、と疑問を呈してきたことの、ひとつの答えがここにあるようです。
しかし、これらの領域から、<人間>という知的形象が、分離された、という言い方は微妙です。
つまり、たとえば生命の探究、そこから生まれてくる生物学的な認識や、労働の研究、つまり経済活動の認識、あるいは言語の文法形態、音韻法則のようなものの研究の延長上に<人間>という知的形象が生まれてくるというのではないでしょう。
むしろ、生命の営みをするものとして、労働するものとして、言葉を語るものとして、つまりそれらの主体、主人公として<人間>という知的形象がおのずから「歴史的に分離された」わけです。
そうすると、確かに「経験的諸領域から<人間>という知的形象が歴史的に分離された」のではあるけれど、それは例えば生物学において他の動植物が対象的に把握される、ということとは異なるわけで、それぞれの領域における対象的に見られた存在というのではなくて、むしろそれらの領域を拓き、支える存在(主体)として<人間>が要請され、分離されてくる、というほうが正確でしょう。そうすると、それは主観の領域の先験的領域として<わたし>に重なる、というか、そのものではないのか、と思うのですがどうでしょう。
なぜこれにこだわっているかといえば、フーコーはこの本の中で、上のように、<人間>が経験的諸領域から生みだされた、という風な言い方をするかと思えば、まったくその逆であるかのように、<人間>がそれら経験的諸領域を基礎づけ、生成したかのような表現をしたり、<人間>という概念に先験的領域を重ねるような口ぶりだったり、いまどこと思い出せないけれど、そういう個所がいくつかあったので、それらを矛盾なく理解するためには、経験的諸領域との関係、先験的領域との関係をどうつないで理解すればいいのか、というのが、読んでいてずっと気になっていたからです。いまのところ上のような理解をしてみたわけですが、まだしっくりしないところを見ると、きっと間違っているでしょう。
たぶんフーコーが近代への突破口を開いたカントの評価において、先験的領域と経験的諸領域を拓いた、という意味を、もっと具体的に、それが意味するところをつぶさに点検して、後の展開にどうそれがつながるかを確かめてみないと、うまく理解できない気がします。カントは学生時代に『純粋理性批判』(「世界の大思想」というので出たばかりだった)にチャレンジしてすぐに討ち死にした(笑)記憶があるので、もう一度時間が許せば人生の終わりに繙いてみるのもいいかな、と思っていますが、この超スローペースではとても間に合いそうにない(苦笑)。フーコーさんはあと2-3節だけだから、次はカントさんに行きましょうか・・・少し寄り道してから。