2019年10月28日

時代祭 2019

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 昨日は時代祭の行列を見に行きました。本来は10月22日のはずが、即位礼と重なるので26日に変更されたそうです。御所を正午に出発、烏丸丸太町から南行して、先頭が12時50分頃から烏丸御池に来て、東へターンして河原町御池で再び南へ、三条通りを東へ神宮道まで行って北上し、14時30分に平安神宮に至るというコースだったそうです。私は高島屋のフォーションでパンを買って、三条まで歩いてチョコのお店へ寄ってから、御池へ出てそのまま烏丸通りを北上し、ちょうど先頭が烏丸丸太町へ出てきたところで、そこから少し下がった烏丸通りの東側で見ていました。先頭から末尾まで全部!(笑)

行列というのは動く博物館で、私は自分が関わった京都市歴史博物館構想のプロジェクトの時、この博物館の中に回廊を作って、京都三大祭の三種の行列を実際の人間の三分の一くらいの精巧な歩けるロボット(博物館ができるころには開発されているだろうと思っていたので)で厳密に再現して館内の回廊を常時巡回させられるといいな、とひそかに思っていました(笑)。映像よりずっとインパクトがあって、面白だろうな、と。

DSC_0376 ①名誉奉行
 行列の先頭は「名誉奉行」と言って、府知事と市長が同乗する馬車が行きました。これまで何度か時代祭はみていましたが、こういうエライサンたちに関心がないせいか、これまで知事さんやら市長さんが先頭を走ってるなんてちっとも気づいていませんでした。

DSC_0390 ②維新勤王隊列
 明治維新から時代を逆にたどるので、最初は錦の御旗を掲げ、鼓笛隊のおなじみの演奏を聴かせながらの「維新勤王隊列」。
③桂
「幕末志士列」の先頭は桂小五郎。
③西郷
 つづいて西郷吉之助。
⑤坂本龍馬
坂本龍馬。ほかにも志士は中岡慎太郎、高杉晋作、吉田松陰、吉村寅太郎、頼三樹三郎、梅田雲浜、橋本左内、平野国臣、それに次の七卿落の公卿を守護していく真木和泉と久坂玄瑞も登場します。
DSC_0412 ⑥七卿落
七卿落。倒幕を企図した三条実美以下の尊王倒幕派公卿が京都から追放され、長州へ落ち延びる様子です。

DSC_0421 ⑦近衛忠熈
志士列の中には、この近衛忠熈や姉小路公知らの姿もあり、それぞれ束帯姿、参朝姿で参加しています。

DSC_0433⑧徳川城使上洛列
 江戸時代に入って最初は「徳川城使上洛列」。朝廷の大事な儀式に幕府が上洛させた城使の行列で、これは挟箱持というのでしょうか、こいつを駕籠屋のように肩に担いで、けっこう激しい動きではねるように進むのでお疲れのようで、信号待ちでは荷を下ろしてほっと一息。

DSC_0453 ⑨和宮
「江戸時代婦人列」はこの行列の観客から見た場合のハイライトの一つでしょう。衣装だけでも見ものです。これは徳川家茂のところへ降嫁した仁孝天皇の皇女和宮です。

大田蓮月
「大田垣蓮月」。江戸末期の女流歌人で陶芸にも秀でたそうです。蓮月はのちに尼になったときの呼称で、行列は若き日の姿。
中村内蔵助の妻⑪
「 中村内蔵助の妻」。富豪の妻で、衣装の比べの逸話で有名なのだそうです。色鮮やかな衣装を競う婦人たちの中で、彼女は白無垢に最上級の黒羽二重の打掛けという姿で現れ、かわりに侍女たちにはほかの婦人にも劣らない豪華絢爛たる衣装をまとわせるという演出をしたといいます。
⑫玉蘭
「玉瀾(ぎょくらん)」。画家池大雅の妻で画人としても知られるそうです。こういう人選って、誰がやったんでしょうね。そういえば江戸時代の女性とか和宮と吉野太夫くらいしか私は知らないんじゃないかな(笑)。こんな人は今回初めて知りました。

梶女
「祇園梶女」。ひとつ前の玉瀾さんのお母さんですって。祇園で水茶屋を営み、歌人でもあったそうです。

⑭吉野太夫
「吉野太夫」。さすがにこの方は知っておりました。彼女が山門を寄付した常照寺にも参りましたし。

⑮出雲の阿国
「出雲阿国」。江戸時代と言ってもこれは時代の入り口で、むしろ安土桃山の雰囲気です。四条大橋の袂に銅像が立っていますね。
DSC_0464⑯豊公参朝列
というわけで次は安土桃山時代。最初は「豊公参朝列」。維新で生まれた祭ですからね、朝廷優先ですね。武家もみなこうして参朝し、天子様に礼をつくしたのだぞ、と。(この祭自体が、桓武天皇、孝明天皇を合祀する平安神宮のもので、最後に登場する御神幸列の鳳輦も桓武、孝明両帝を祀っているようだから、当然と言えば当然でしょうか。)

DSC_0472 ⑰織田公上洛列
「織田公上洛列」。
DSC_0482 ⑱織田信長
「織田信長」。
DSC_0485 ⑲滝川一益
「滝川一益」。いい武者ぶりでした。
DSC_0492 ⑲」室町幕府執政列
室町時代に入ります。「室町幕府執政列」より。

DSC_0495 ⑳室町幕府執政列 細川氏や医師
公家や医師なども行列に加わっています。
DSC_0502 22 室町洛中風俗列2
「室町洛中風俗列」より。
DSC_0505 23 室町洛中風俗列3
 同前。
DSC_0515 26 楠木正成
いわゆる南北朝の「吉野時代」(っていうのですね、時代祭では)にはいり、「楠公上洛列」の「楠木正成」。
DSC_0525 27中世婦人列 大原女
 「中世婦人列」もうひとつのハイライトですね。

DSC_0527 28大原女
「大原女」。頭上にのせた薪に紅葉が挿してあって、これが鞍馬の火祭の松明を連想させました。
DSC_0532 29桂女
こちらは「桂女」。
よどぎみ
「淀君」

DSC_0535-2 390’藤原為家の室
「藤原為家の室」。『十六夜日記』の著者。市女笠に虫の垂衣を垂れ、半足袋に草鞋を履き、道中安全を祈るお守袋をかけ、訴状を文杖にさしているということです。この方に会えただけで、長時間のこの行列を見ていた甲斐がありました!(笑)
藤原為家の室正面向き(上半身) 
ほんとうに鎌倉時代の美しい女性のようです。

藤原為家の室(上半身)copy

すばらしく衣装も似合っていて、素敵でした。いやこういう時代祭の見方は邪道かもしれませんが(笑)、こんなに美しい女性に出合うと、美しいものは美しいと愛でて何が悪い?と居直りたくなりますね。今回の行列の婦人列には花街の舞妓さんや芸妓さんが多数参加されていると聞いていますが、祇園かどこかの舞妓さんなんでしょうか・・・
(追記: 中世婦人列を出しているのは、上七軒歌舞会だと、所功さんの『京都の三大祭』にありました。やっぱりね)

十六夜日記、まだ読んでない ^^; これは読まなきゃ死ねないな(笑)

 DSC_0537 IMG_6670 31’静御前
「静御前」。後ろ姿で失礼。白拍子のもつ鼓が見えますね。

DSC_0541 31鎌倉時代」城南流鏑馬列
  鎌倉時代は「城南流鏑馬列(じょうなんやぶさめれつ)」。1221年、後鳥羽天皇が朝廷の権威回復のため、城南離宮で近畿十余国の武士1700名を招集して行った流鏑馬の一場面をあらわすのだそうです。

DSC_0552 32藤原時代」藤原公興参朝列
 藤原時代。「藤原公卿参朝列」。
DSC_0560 32巴御前
「平安時代婦人列」の「巴御前」。
よこぶえ
「横笛」
常盤御ぜ
「常盤御前」

清少納言と紫式部
「清少納言と紫式部」
紀貫之の女
「紀貫之の女(むすめ)」
小野小町
 「小野小町」
和気ひろむし
「和気広虫」。多くの孤児の養育に励まれた方だそうです。

百済王明信
 「百済王明信」。桓武天皇の御代に女官長として仕えていた方だそうです。唐衣に裳の唐風の装束で翳(さしは)を手にし、侍女を従えた姿。
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延暦時代に入り、「延暦武官行進列」より。
DSC_0603 45延略文官参朝列
 こちらは「延暦文官参朝列」より。
DSC_0637 49神幸列 鳳
 ひととおり時代を遡って、最後は時代祭当日の神饌物を奉献する役目の人たちの「神饌講社列」、その前をいく「前列」、賢木を先頭にこの御鳳輦(ほうれん)がつづき、宮司以下神職が前後につき従う、この「神幸列」とつづきます。

DSC_0656 55白川女
 「白川女献花列」より。
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 ラストは「弓箭組列(きゅうせんくみれつ)」。源頼政に従い、弓矢の技に優れた人たちの子孫の人々によって作られた、弓箭組の列だそうです。ちらっと左端に矢羽根がみえますね。馬上の方は弓はもっていないから、単にしんがりをつとめるかたかもしれません・・・。

 以上、なが~い行列でしたが、あらためて一つ一つ見ると結構面白いものです。写真は自分で昨日撮ったものですが、説明文はウエブサイトの「時代祭2019 京都観光情報 KYOTOdesign」https://kyoto-desig.jp/special/jidaimatsuri を参考にさせていただきました。

 最後にもう一枚だけ藤原為家の室を・・・

為家の室






















saysei at 00:50│Comments(0)

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