2019年10月19日

牧野省三「忠臣蔵」ほか(京都国際映画祭)

京都国際映画祭大江能楽堂会場
 昨日は、京都国際映画祭の一環として押小路の富小路と柳馬場の間にある大江能楽堂で上映された、牧野省三没後90年企画と銘打った無声映画の上映会に行って、午後1時、3時20分、6時30分の3つの企画kで上映された長短8本の作品または作品の断片ともいうべきものを、弁士・演奏つきで、全部見てきました。

 会場の能楽堂は明治41(1908)年の創建だそうで現在111年目だとか。大正八年、私の父が生まれた年に今の規模に改築され、平成13年に明治の面影を保存しながら、基礎部分の大改修をしたそうですが、それにしても大変な歴史を持つ建物です。

 そんなところで映画の黎明期の作品を上映するというのも、すごくいい企画だと思いました。

能楽堂7


豪傑児雷也

 映画の父と呼ばれる牧野省三の1921年制作、21分の短編無声映画です。日本で最初の映画スターと言われる「目玉の松ちゃん」こと尾上松之助主演の忍術(妖術あるいは幻術という方がいいでしょうか)ものです。

 私が子供の頃にはよく子供向けの雑誌なんかにも登場し、幻燈でも見たことがあります。蝦蟇に化ける児雷也と敵の妖術使いで大蛇に変身する大蛇丸(おろちまる)、それに部が悪い児雷也を助ける、ナメクジに変身する綱手姫(つなでひめ)のジャンケンみたいな三すくみは、その後もずっと記憶に残っていたので懐かしかった。

 天保10(1839)年から明治元(1868)年にかけて刊行された、戯作者美図垣笑顔の『児雷也豪傑譚』という原作があったようです(ウィキペディアによれば)。映画では戦国時代の話で、主人公児雷也は肥後国の城主だか豪族だかの若様で、両親を悪い家来の裏切りで殺され、その後世をしのんで蝦蟇仙人に妖術を習い、児雷也になって復讐を果たすという話だったんだというのは幼い頃のことで記憶になかったので、今回初めて知りました。

 やはり子供心に一番印象に残ったのが忍術だったということでしょうね。児雷也がパッと消えて大きな蝦蟇の化け物が出てきたり、今見ると笑えるけれど、特撮だのフィルムのカットだの、そんなことは何も知らないから、不思議でワクワクして見ていたんでしょうね。

 今回は弁士に坂本頼光さん、演奏に鳥飼りょうさんが熱演で、筋書きも人物もよく分かるし感情がこもって、迫力がありました。

 尾上松之助という人はどさ回りの、どうということもない役者だったのを牧野省三が見出して映画に使って成功したという意味のことを弁士さんがおっしゃっていましたが、それでも立ち回りのシーンなど見ていると、歌舞伎役者的な様式的で美しい身振りで、映画が歌舞伎の立ち回りの様式を脱して以後の阪妻の雄呂血みたいなリアリズム系の大暴れとはまた違った良さがあるな、とあらためて思いました。
 

雷電


 牧野省三の1928年制作の遺作だそうで、雷電の相撲の相手をしているのが息子の牧野正博だそうです。そして正博は監督と役者の両方をやっていたのを、役者の方はこの作品を最後にして監督業に専心することになるのだそうです。18分の短編無声映画で、やはり弁士坂本頼光さん、演奏鳥飼りようさんでの上映。

 力士として強すぎて息子が憎まれることに心を痛めた老母が、一計を案じて、今際の際の天覧相撲で負けるようにと息子雷電に今際の際の頼みとして強く頼み、親孝行な雷電が八百長相撲をするという話で、相手の力士は、意地で雷電より強い力士を抱えていると啖呵を切った武家が実はそんな力士などいないので、急遽通りがかりのを医者を、相撲取りと同じ総髪だから、というだけで無理やり相撲取りに仕立てて対戦させるということで、その医者を正博が演じているわけです。それがひどく痩せぽっちの貧相な体なので、その(非)存在感だけで笑えます。もちろん喜劇ですが、喜劇としては古臭く、泥臭くて、ストーリーも無理があってちっとも笑えないけれど、死んだはずの老母がムックリ起き上がったり、この正博医者の相撲取りの肉体の貧相さとか、そういう物質的(身体的)要素が面白くて、それは映像ならではの可笑しさでしょう。



怪傑夜叉王

 牧野省三監督1926年の製作。8分の断片が残っているだけですが、主役の市川右太衛門がマキノプロ入社して二年目のデビュー2作目だそうで、まだ19か20歳のはずですが、そんなに若いとは思えない貫禄で、しかも美しい。

 この作品の原作は「石川五右衛門」だそうですが、当時の検閲制度で、石川五右衛門は共産主義者だという「その筋の見地から」題名、役名、内容まで変更を余儀なくされて公開にこぎつけた作品だとか。

 中身の方は五右衛門ならぬ夜叉王が、秀吉ならぬ権力者伊賀守を討ち取ろうとする話で、目玉はこの立ち回りの中で見せる忍術。分身の術や、背丈が大きくなったり小さくなったりする幻術でしょうか。人形使い(傀儡師)が操る三番叟の子供が巨人になったと思うと小人になるあたりは、ちょっと喜劇の要素もあります。


国定忠治

 牧野省三1924年製作。8分くらいの断片ですが、赤城の山の名セリフ「赤城の山も今宵を限り・・」の場面が見られました。主演を務めた新国劇の澤田正二郎がとてもカッコいい。

 これも弁士坂本頼光さん、演奏鳥飼りょうさん。


崇禅寺馬場

 牧野省三総指揮のもと、マキノ正博監督が撮った昭和3(1928)年の作品。マキノプロにとってはこの昭和3年は大変な年で、その前に撮った忠臣蔵の配役のことで、片岡千恵蔵や嵐寛寿郎のスターたち
が独立してしまい、彼らに変わる俳優を緊急に探す必要に迫られた、と弁士さんの解説。それでこの映画の主役を南光明という人がやっているけれど、どうもこれが具合が悪い、という印象を割と強調されていました。

 確かにあの役者さんはあまり存在感がありませんね。でもそれに変わって、彼を命がけで守り切ろうと狂気の刃を振って大立ち回りに及ぶお勝という女を演じた女優さんの方がすごい(笑)。あれを見るだけでも27分ほどのこの映像、見られて良かったな、と思います。

 ストーリーは、実際にあった事件を下敷きにしたものだそうで、1715年、摂津国崇禅寺の松原で遠城治左衛門、安藤喜八郎の兄弟が、末弟宗左衛門の仇生田伝八郎を討とうとして返り討ちにあった事件が元になっていて、映画では生田伝八郎が、自分を普段から小馬鹿にしていたことからかねてより憎んでいた武士を騙し討ち(不意打ち)にして尋常の果し合いをしたかに見せかけるため死骸にタスキをかけたりして逃亡し、逃亡先で出会ったお勝という女(ヤクザの親分の娘だったか、とにかく大勢のならず者の子分を差配できる権力を持つ女)に惚れられて、その用心棒になって居候してぶらぶら日を過ごしています。そこへ生田が殺した武士の息子が敵討ちに来て、生田自身は単身で相手をするつもりだったが、彼に惚れたお勝が勝手に子分たちを大勢集めて返り討ちにしてしまいます。

 結局はまた返り討ちにあった武士の仲間たち、藩の武士たちが大勢押しかけて、生田を殺そうとし、お勝が生田のところへ行かせまいと、一人で大立ち回りをするわけです。脇差一つで大勢の大刀を振るう武士たちを相手にものすごい形相で大立ち回り。これはほんまに凄い(笑)。まぁ坂本頼光弁士の語りの熱演のせいでもあるのですが。

 それにしても、最初に憎い相手を騙しいうちにして、尋常な勝負に見せかける小細工までして逃げ落ちる生田伝八郎は卑怯な悪者ですが、後半はなんだか主人公みたいなこの人に寄り添った目線で、逃げおおせながらシメシメとほくそ笑む悪党ではなくて、妙に虚無的な風情で、女のところにヒモみたいに居候してブラブラ何もしないでいて、仇討ちきた武士を女が部下を集めて返り討ちにしてしまっても、
助かったわい、と喜ぶ風でもなく、むしろ自分一人で相手がしたかったなぁ、と思ったりしています。
 
 こういうところが、ちょっと奇妙で、ありきたりの勧善懲悪でないのが面白いところです。


逆流

 これは二川文太郎監督の1924年のマキノプロの作品。21分の、弁士(坂本頼光さん)、演奏(鳥飼量さん)つきの上映でした。主演は阪東妻三郎で、長門裕之や津川雅彦の母であるマキノ輝子(マキノ省三の四女。マキノ正博の姉)が、主人公の片思いの人で、のちに敵の妻になる操という女性を演じて共演しています。

 家老の息子に母親を(早馬に蹴飛ばされて)殺され、姉を汚され(騙して弄んだ上に捨てる)た下級武士の主人公が復讐心に燃え、かつ自分の片思いしていた女まで家老の息子が妻としたことに恨み骨髄で、家老の息子の結婚式の場に押しかけるも相手の家中の者に追い払われ、七年間、落魄の身をかこつも、ある時、にっくき相手とその妻が船で海辺へ着くのを見かけ、かつての復讐心が再燃して抜刀大立ち回りの果てに二人とも斬り殺してしまいます。そして虚しくなった、と。

 なんだかねぇ・・・(笑)

 もともとこの主人公の女への片思いは全く一方的なもので、女は彼を裏切ったわけでもなんでもなく、彼女は元からの許嫁である家老の息子と結婚しただけで、なんの罪もありません。家老の息子が主人公の姉と許嫁を二股かけて付き合っていて振ったのは道義上よろしくはないけれど、世間にはよくあることですよね(笑)。嫌な男ではあるけれど、だからって殺されなきゃいけないほどのことか、といえば、いくら女性の操が命という時代だからといっても、微妙でしょう。逆に当時のことだと、これだけ身分の違いのある男女の間のことでもあるし・・・

 それに、主人公がこういう思い込みの強い人であるところを見ると、お姉さんの方もきっとそういう傾向がありそうだし、男に騙され裏切られた、というのも、多分にお姉さんの一方的な思い込みである可能性は捨て切れませんし・・・

 そうするとまあ色々あったけど、普通に許嫁と結婚して幸せな仲の良い夫婦として七年も過ごしてきた家老の息子夫婦を、いきなり七年前の思い込み過剰の恨み辛みで刀を振るって襲いかかって、夫婦共々斬り殺しちゃう、ってのはどうなんでしょう?

 ちょっとこの二川文太郎って監督さん、おかしなところがある人じゃないんでしょうか(笑)。

 でも、その異様さが、ありきたりでないから面白いところでもあります。下級武士の平生からの階級意識的な僻みと恨みつらみが、胸の内に積もり積もって激しい情念になって突如噴出する、っていうところに社会心理学的な?一定の感情的リアリティがありますよね(笑)。

 これ、名作「雄呂血」の先駆をなす作品だと言われているそうで、なるほどそう言われてみれば最後に全部斬り殺した挙句、主人公が虚無的なつぶやきを吐くところなんぞは、そういう気がしました。

 それでも「雄呂血」の方は、まだ主人公がなぜそこまで落ちて荒れていくのか、説得的に経緯が描かれていますからね。「逆流」の主人公にはちょっとついていけないところがありました。

 でもやっぱり役者としての阪妻は冴えていて、とてもいいですね。


黒白双子

 こくびゃくぞうし、と読むそうです。1926年、曽根純三という元警官だった監督の36分の無声映画。 
 黒が炭屋、白が洗濯屋で、互いに隣り合って商売していながら、ひどく仲が悪くて始終喧嘩ばかりしています。でも炭屋の息子と洗濯屋の娘は惚れ合っていて一緒になりたい・・・という典型的な漫画的設定でのコメディです。

 弁士の坂本頼光さんも、終わって、疲れましたね、と言っておられたけど、ちょっとこういう作品にかたりをつけるのは疲れるでしょうね。笑いというのは時代の笑いってのがあって、笑いを本質とする昔の映画を今見て、今の感覚で本当にお腹の底から笑えるかといえばひどく難しいと思います。


マキノが生んだスターたち

 昔の映画の多くはチャンバラのハイライトシーンだけを切り取って、子供が楽しめるような、チャンバラハイライトシーン集みたいなのが「おもちゃ映画」としてたくさん作られていたようで、そのおかげで、もう完全な形のフィルムがどこにも残っていない作品の断片が今も見られるんだそうで、映画のクレジットにおもち映画ミュージアム、というふうな記載があるのを見て、そういうところで保存されtりしているのかな、と思いました。

 これはそういう断片をつないだ、スターたちの立ち回りのシーンで、大スターたちの活躍していた頃の元気な姿が見られます。


大江能楽堂舞台挨拶

忠臣蔵

 これが昨日見たサイレント映画の中のピカイチ、目玉の作品です。なんと明治43-48(1910-1915)年頃の作品だそうで、もちろん最古の忠臣蔵。牧野省三監督、尾上松之助主演。

 このフィルムは国のフィルムアーカイブやマツダ映画社にはあったのだそうですが、今回この作品の弁士を務められた片岡一郎さんが2017年に京都の骨董屋で発見して3万円という安値で買われたのが、それら2本よりも状態の良いフィルムだったらしくて、国のアーカイブの方に寄贈されたその3つ目も合わせて合計3本を照合して、最長版87分のデジタル復元版を作ったのが、今回披露されたこの作品だそうです。

  最長版だけあって、忠臣蔵の魅力に欠かせない様々なエピソードの場が入っているのが嬉しい。祇園一力茶屋の場などは新発見のフィルムによって初めて見出されたようです。
 
 最初の内匠頭が上野介に意地悪される場面が非常に丁寧に描かれていたし、立花左近と対峙する場面、内蔵助が瑤泉院を訪ねる南部坂雪の別れの場面、それに続く隠密が密書を奪おうとするのを戸田が防いで密書を開いて内蔵助の真意に気づく場面なども結構丁寧に描かれていて嬉しかった。

 弁士を片岡さん、演奏(ピアノ、三味線、太鼓)を上屋安由美さん、宮澤やすみさん、田中まさよしさんが熱演してくれました。

 尾上松之助の内蔵助もなかなか良かった。内匠頭もよかった。

 牧野省三の演出は動きが良くて、古い映画にしてはエンターテインメントとして飽きさせないスピード感がありました。

 本懐を遂げて引き上げていく浪士たちが両国橋を渡っていこうとすると、ここは通せぬと馬上のぶしが立ちふさがります。三度、絶対ここは遠さない、と言うのですが、その言葉に、永代橋を通って行くなら行けるであろうが、ってなことをさりげなく言うわけです。内蔵助はすぐに察して、かたじけない、と礼を言って引き上げる。時代劇としては当然のやりとりではあるけれど、こういうのがあまり大仰にではなくさらっと演出され演技されるのはやっぱり気持ちがいいですね。

 すごくいいものを見せてもらいました。語り、演奏も素晴らしかった。


カフェ3
 上映の合間に行った近くのお洒落なカフェ。
カフェ2 ケーキ

 紅茶とケーキをいただきました。美味しかった。

カフェの庭2

 




 




 


 











saysei at 18:57│Comments(0)

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