2011年02月25日

京都会館再整備検討委員会の「意見書」について・その3

 

(その2からの続き)

 

問題は設置要綱で「市民」とされている委員です。繰り返し申しますが、私がここで言おうとしているのは、具体的に選定された個人についてどうこうといことでは全くありません。もちろん私はどの委員の個人情報もまったく知りませんし、その特定の個人が選定されることにはまったく賛成も反対も唱える立場にはないし、その意図もまったくありません。

 

どなたであっても、私が言うことは同じです。私が問題にしようとしているのは、市〔設置要綱では「市長」〕が設置要綱にいう「市民」代表を選ぶときの具体的な選定基準だといえばいいのかもしれません。選ばれた方の責任ではなくて、選ぶほうの市の側の責任について疑問符を出しているわけです。

 

「摘録」によればお二方が「市民公募委員」とあるので、公募されたのでしょう。私は残念ながらその公募の要綱やそこに明記されていたであろう選考基準を見ていないので、結果によってしか判断できないので、部分的に推測をまじえて判断せざるを得ない点があることはあらかじめお断りしておきます。

 

第1回検討委員会摘録に記された「5.現状について委員意見交換」をみると、その最後の二つが市民公募委員の発言のように推測されます。(間違っていたらこの推測は撤回します。以下、この推測が誤りではないことを前提に書きます。)

 

 一つ目の意見は、「利用する立場として考えていきたい。トイレが長蛇の列ができるなど、不便は感じていた。」

 二つ目の意見は、「京都会館の案内係のチーフとして働いている。また劇団員としても利用している。仕事柄、主催者の意見を聞くことも多いので、こうした観点からも意見を言っていきたい。」

 

 おそらく最初の会合なので、それぞれの委員が、今後の委員会に臨むご自身の立場、意見を述べるスタンスを示されたのでしょう。

 このご意見になんら問題があるというようなことではありません。それぞれのお立場で、こういう観点で委員会で発言していくよ、と言われたので、それぞれの委員にとって率直な態度表明であったと思います。

 

 ただ、これを委員選定にあたった市の考え方がどうなのか、という点で、私には疑問が生じました。

 市民公募委員として、それぞれの専門家とは異なり、「利用する立場として考え」られることは当然のスタンスで、まったく納得できますが、ここでこの文章を読んでくださる方に考えていただきたいことは、「市民」=「利用者」かどうか、ということです。

 

 誤解のないように何度でも繰り返しますが、私はこの方の発言を批判しているのではありません。選ばれた委員がご自身の自由な考えを述べられることこそ委員のつとめであって、この方の発言にはまったくどんな問題もないのです。そのことは明確に記しておきます。

 

 そうではなくて、「市民」としての立場、には、この方のように、「利用者」としての立場での発言も当然ありえるけれども、それだけが「市民」の唯一の立場ではないので、たとえば「市民」=「納税者」という立場なり視点なりというのも、当然市民の属性から考えればあり得ます。

 

 つまり、「市民」は会館を鑑賞者として「利用」するだけの存在ではなく、税金を払ってこの会館の施設と運営を支え、新築したり改修・改築したりする場合には、会館を「作る側」でもあります。決してお上が作るものを「利用させていただく」ばかりの存在ではありません。

 

 くどいようですがもう一度念のために言いますが、ここで引用した委員の方が、そういう立場や視点で発言しなかった(かもしれない)ことを批判しているのではありません。この方はこの方のお考え、観点、立場で自由に御自身の意見を述べられた。そのことに何の問題もありませんし、私はそれをとやかく言っているのではありません。

 

 けれども、「市民」の立場や観点には、「市民」=「利用者」だけではなく、例えば「市民」=「納税者」「(会館の)作り手、支え手」という側面もある、ということを、ここでとりあえず思い起こしておいていただきたい、ということです。

 

 次のもうお一方の市民公募委員のご発言を摘録によってみますと、このかたは会館にご勤務の方で劇団員として公演者の立場での「利用者」でもあるようです。しかも御自身で、「主催者の意見を聞くことも多いので、こうした観点からも意見を言っていきたい」と述べておられるので、ますます公演団体の立場、観点で会議に臨まれるのだな、ということが明確になります。

 

 もちろん、おそらくこの委員会のメンバーのすべて(あるいは市外に居住されているかたもあるかもしれないけれど、それは問題ではありません)が京都市民でしょうし、こうした主催者、公演者のご意見も市民の多様な立場からのご発言の一つ、ということにはなりましょう。

 

 ただし、それは市民全体からみれば、あるいは平均的な市民からみれば、かなり特赦な立場ということはいえるでしょう。大多数の市民は京都会館で働いたこともなければ、劇団員であったこともないでしょうから。

 

 ここでも再度しつこく繰り返しますが、この方のご意見や立場に問題があるわけではありません。この方は市の選んだ市民公募委員として、御自身のお立場で御自身の意見を自由に述べられたわけで、100%その任を果たされ、まったくそのことに何の問題もありません。

 

 私が問題を感じているのは、市の選定の考え方、選定の仕方のほうです。京都市民の京都会館に対する思い、観点、立場にはきわめて多様なものがあるでしょう。選ばれたお二方もその中のお二人であるわけで、選ばれたお二人には何の問題もありません。けれども、もしもこの委員会の中で、あきらかに「市民公募委員」は市が、市民の代表として会館の再整備についての意見を市民の立場から発言してもらおう、という位置づけで選定したはずです。

 

 その点から言えば、京都市民という巨大な母集団から「市民公募委員」を選ぶ際に、すべての京都市民に共通の立場である「市民」=「納税者」「(会館の)作り手、支え手」としての視点で語る人が不在であることは、市民の中で最も多いはずの立場で語る人がいない、ということを意味していないだろうか、という疑問がどうしても生じてしまいます。

 

(その4へ続く)

[後日の追記]

 上記の私の記述に対し、コメントで事実誤認がある点をご指摘いただきました。それは、私が”この委員会の中で、あきらかに「市民公募委員」は市が、市民の代表として会館の再整備についての意見を市民の立場から発言してもらおう、という位置づけで選定したはずです。”と書いた部分に関わります。市民公募委員は、「市民の代表」として選定されたわけではない、とのご指摘でした。市の公募の際のアナウンス、あるいはこの種の審議会への市民参加の位置づけについて、少なくとも形式的には(タテマエ的には)ご指摘のとおりで、私の事実誤認でしたので、訂正し、読者にお詫びします。(2月25日)



saysei at 00:00│Comments(4)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

4. Posted by saysei   2011年02月26日 20:11
いえいえ、ご指摘感謝しています。市民公募委員が「市民の意見を代表」などできるわけがないことは私も市も承知だとしても、市はそれを承知の上で、市民公募委員を「市民の代表として選ぶ」というタテマエで選んで、市民の意見も聞いたぞ、というエクスキューズにしている、と私が誤解していたのは事実です。

私は昨日「2020年の京都の舞台芸術環境を考える会」主催で開かれた2月23日の「京都会館再整備に関する意見交換会」の模様を、別の方に教えていただいた動画で見て新しく知った事実から、これまで私が書いてきたような認識でもまだひどく甘いことに気付きました。

それについてはまたおいおい書いていくことにいたします。私のブログについてご批判はいつでも歓迎です。立場や観点により、考えが違うのは当然ですから、批判されてめげることも反発することもありません。自分の誤りは率直に認めますし、納得のいかない点は継続して事実を確かめたり、考えを練ったりしていくだけです。

3. Posted by ゆうき   2011年02月26日 03:18
自分のコメントを読み返すと、sayseiさんを責めるような文調になっていて、今更ながら申し訳ありませんでした。お詫びします。

それから、実際に審議会で公募委員が市民の代表として意見を求められることもあると聞いたことがあります。なので、sayseiさんの感じられ方も当然だと思います。

市会議員云々は、私にとっても妥協案で、すっきりはしてません。

私なりの理想を言えば、sayseiさんがその4で述べられている「そもそも改修が-(中略)-導けるものでしょうか?」といった納税者としての市民の想いは、市の担当者がしっかりと汲んで、委員会初回の説明資料に当然の様に盛り込まれることです。

もっとも、民間企業でも、資金の投入には理由を求められるので、それを示すのは当然ですよね。恐らく市の担当者の方もわかってらっしゃるのでしょうし、何かそうできない理由でもあるのかもしれません。根拠はありませんが、そんな気がします。
2. Posted by saysei   2011年02月25日 17:51
 コメントありがとうございます。市民公募委員についてのご教示ありがとうございます。教えていただいた市の広報資料を確認し、市が市民公募委員を「市民代表」ではないことを明記して公募したことを知り、私の認識が誤りであることがわかりましたので、誤りの跡も残しつつ、このコメントと、今日書く予定のブログで訂正させていただきます。
 以下は、言い訳でも居直りでもありませんが、そうは言いつつ、少し微妙なわだかまりが私のほうに残るのは、私自身も市民公募委員が実質的に「市民の意見を」代表するものではありえないことは百も承知なのですが、結果的に委員会の中で、特定の個人の自由に述べられたご意見が意見書の中で生かされるとすれば、多様な市民の意見の中で、その特定の市民の個人的御意見で汲みつくせない利用者や公演者としてではない市民の側面はどうなるのだろう、ということで、それが市のしつらえる土俵自体の問題ではないのか、というところが問題にしたいからかと思います。
 「ゆうき」さんの御意見ではそれは市議会議員のほうへ、ということになりそうですが、もちろんそれも大切ですが、こうした市のしつらえた土俵の中で、土俵自体を市民の目で疑う市民の発言がほしかったな、というのが私の気持ちです。
 それは、別の方に教えていただいたこの問題を考える舞台芸術関係者が23日に開かれた会議での松隈先生の御意見などウェブで拝聴して、ますますその思いを強くしました。
 
1. Posted by ゆうき   2011年02月25日 10:58
sayseiさん、はじめまして。

sayseiさんの書かれていることに9割9分同意します。

ただ、1点だけ、訂正させてください。「市民公募委員」は「市民の代表」ではありません。

もちろん、sayseiさんの書かれている通り、選出された市民公募委員さんが、それぞれの立場で話されているので、私も市民公募委員さん個人に対してどうこう言うつもりはありません。

ひとつ、気に留めておいてほしいのは、選ぶ市の側も「市民の代表」とは考えていないということです。職員向けのガイドラインで定められています。

では、どういう視点で選出するかです。私も外部の人間なのであくまで推測ですが、私が職員なら「審議会で扱うテーマに強く関心がある(いい加減な発言はしない)」「審議会で議論に参加出来る(ただ主張したいだけではない)」で選びます。

話がそれてしまいましたが、今回の京都会館整備計画について納税者としての意見を通すべき市民の代表は、私は市会議員だと思います。

以下もご参照ください。

「市民参加を進めるための審議会等運営ガイドブック」の作成について
http://www.city.kyoto.lg.jp/sogo/page/0000077351.html
京都会館の再整備構想 市民委員を募集 京都市
http://www.kyoto-kensetsutimes.co.jp/News/SearchNews/News_Old/Kyoto/kyoto2005-04-27-101.html

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