2011年02月20日

京都会館の改修~再整備は「文化の殿堂」をめざすべきか?~その1

 

  京都の「文化の殿堂」京都会館の再整備を行います

 

 これは、京都市の「京都会館再整備に関するパブリックコメント」のリーフレットの表紙の冒頭に掲げられている言葉です。

 

 たしかに、同リーフレットが言うように、昭和35年4月、まだ日本全体がやっと敗戦の痛手から立ち直り、これから経済的発展を遂げようという、「高度成長期」以前の段階で、「わが国の公共文化ホールの先がけ」として誕生したこの会館は、当時としては文化の都・京都の文化活動の中核となる「文化の殿堂」の呼称がふさわしいと感じられたことでしょう。

 

 寄付金を寄せた当時の市民の、これが自分たちの文化の拠点だ、という誇りや、晴れがましい気持ちがその呼称から伝わってくるようで、幾分大げさな「殿堂」なる言葉も微笑ましく、好感をもっていま受け止めることができます。

 

 また、建築史的にこの会館の建築が高い価値を有することも、専門家たちが指摘するとおりでしょう。

 

 けれども、会館の本質は、もちろん実演芸術・芸能の公演の場ということが中心であって、その用途にふさわしい空間や設備を備え、実際に建設した目的に合致した用途に使用され、十全にその機能を発揮することが、会館の第一義的な使命であることは言うまでもありません。

 

 そして、この観点から言えば、京都会館は創設当時にはクラシック音楽のコンサート会場としての機能と、それ以外のオペラやバレエやミュージカルなどの実演芸術にも使えるような複合的な機能を併せ持つ性格づけを余儀なくされていたと考えられます。

 ほかに同種のホール、劇場がない時代としてはやむを得ないことですが、当時この会館が併せ持たざるを得なかった諸機能のうち、幾つかは、すでに市自身によって、あるいは府や民間企業等によって、その後建設された各種ホール施設によって満たされています。

  

たとえば周知のように、京都コンサートホールが開館してからは、クラシック音楽コンサートの大部分が、京都会館から、クラシック音楽専用としての仕様を持つ京都コンサートホールに移っていったのは当然のことでした。

 

また小ホールでも、クラシック専用の青山記念音楽堂(バロックザール)のようなすぐれた音響を持つホールもできました。

 

中、小ホールは代替施設が色々ありますが、数の少ない大規模なホールに関して、京都会館はクラシック音楽を京都コンサートホールに委ねることで、ポップス系の大規模音楽イベントやオペラ、バレエ、ミュージカルなど、最小限舞台袖があり、幕や道具類の吊りものを備えた舞台機構・設備を要する演目に対応する多目的芸能ホールとして残ることになった、と言ってよいでしょう。

 

むろんほかにも、府民ホールアルティ、府立文化芸術会館さらに民間のホールがあり、特定の目的をもった大規模集会には国立京都国際会館や京都市国際交流会館などがあり、古典歌舞伎や芸能には南座があり、能狂言には民間の能楽堂がいくつかある、といった具合です。

 

「文化の殿堂」といえば、これらのどれもが「文化の殿堂」なのであって、かつてのように、もうこれしかありません、というような京都の同時代の文化を一身に象徴するような意味での「文化の殿堂」なるものは、もはやどこにも存在しません。

 

文化はその活動内容によって機能、施設を選ぶものであって、社会の成熟とともに、また施設の高度化とともに、何でも一つの「殿堂」でおさまるような時代でなくなったのは当然の成り行きです。

 

歴史的に、建築的に「文化の殿堂」にふさわしいものであった、という言い方で京都会館の輝かしい伝統を称揚するのは結構ですが、いま再整備にあたって、「文化の殿堂」というような言葉を今後の京都会館のあるべき像を指す標語として使おうとするのであれば、現在の文化施設の生態系を無視した、時代錯誤も甚だしい言葉遣いです。

 

いや、さもなければ、それを承知の上で、故意に世論をミスリードしようとする言葉遣いと言わねばならないでしょう。


(その2へ続く)
 



saysei at 01:56│Comments(0)TrackBack(0)

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