2018年12月17日

いま何を食べているかもわからず・・

2018-12-16夕餉1

 このところ連ちゃんで映画を見に行ったり、夜の部もあったりするので、やや夕食が不規則。でも、パートナーも、もう好きにさしとくしかしゃーないわ、と思ってくれているのか、柔軟に対応してくれているので、いつも美味しい夕食をわが家で食べられるのはありがたい。

 それでも何を食べたのかはすぐ忘れ、友人と外食したときなど、何を食べたの?と帰宅してから訊かれるのが一番困ります。美味しかったよ、とは言えるけれども、料理の名もしらなければ食材についても何も知らないし分からない(笑)。なんか肉と菜っ葉・・・何の肉?牛?豚?それとも鶏?・・・う~ん、といった按配です。昨日の食事どころか、いま食べているのが何かもわからない。

 これは衣食住といった人間の基本の3領域についてほぼ同じで、テレビで「相棒」みたいな刑事ものを見ていて、もし家族に何かあったりして警察に届けて、警察で、たとえば奥さんは今朝どんな服装をして出て行かれましたか?なんて訊かれたら困るだろうなぁということ。まず十中八、九わからない。どこか遺留品があって、これは奥さんのものですか?とか訊かれても、ほぼ分からないでしょう。

 或る時新聞を読んでいたら、窃盗で捕まった犯人が、すべての盗品について、克明にいつどこで、どんなふうに盗んできたかを記録していて、もちろんそれが動かぬ証拠になったのだけれど、なぜそんな記録を書いていたのかと訊かれた犯人は「警察に捕まった時思い出せないと困るから」と答えたと、記者が面白おかしく、なんてマヌケな泥棒だろう、というように書いている記事に出会いました。

 でも私にはその窃盗常習犯の気持ちが分かります(笑)。これだけの盗みをやっているんだから、つかまっちゃったらもう観念するしかない。全部洗いざらい白状しよう、と思っているのに、たぶんその泥棒さん、私同様にその種のことを記憶するのが極端に不得手で、片っ端から忘れてしまうのでしょう。だから警察に捕まって日夜追究されても本当に答えられない。隠すつもりもなければ、嘘をつくつもりもないのに、明けても暮れても、さあ思い出せ、白状しろ、と言われるのは、塀の中で懲罰の労働をするより辛いかもしれません。それはプロなのにあまり才能のない作家が締め切り前にホテル化何処かへ缶詰めになって編集者にせかされ、白紙の原稿用紙を前にして、蝦蟇の油を搾るようにうんうん唸って頑張っても、一行も書けない苦しみと似ているかもしれない(笑)。

 つかこうへいの「熱海殺人事件」だったか、取り調べを受ける容疑者が、白状するというよりは、自分から積極的に、まぁ旦那、聴いておくんなさい、と言わんばかりに、犯行に尾ひれをつけ、盛りに盛ってどんどこどんどこ話を膨らませ、取り調べの刑事と一緒に盛り上がって物語をつくりあげてしまう話がありましたが、あのほうが互いに(刑事さんも犯人も)ご機嫌・快適で、何かやりとげた達成感とカタルシスが感じられるでしょう。いくら叩いても何も出てこないのでは互いにしんどい。そのときのために克明に犯行を記録していた、というのは落語みたいに笑えるけれど、気持ちはよく分かります。

 パートナーは私とは正反対で、実に物覚えがよく、いつどこへ誰と行って、そこの山がどんなに綺麗だったか、夕食に出たなんとかいう土地の食材を使った料理が本当においしかったとか、つい昨日のことのように生き生きと語ります。私は食事どころか、どこへ行ったかもほとんど覚えていません。だから、あなたは家族旅行などでどこへ行っても何にも覚ていないから張り合いがない、と言われます。そりゃそうだろうな、と申し訳なく思うけれど、これは歳のせいではなくて若いころからそうなので、仕方がありません。

 でも何もかも覚えていないかというとそうではなくて、50年前のこと、いや、たぶん一番古い記憶だと70年近く前のことでも、或るシーンのようなものを昨日のことのように鮮明に覚えていることはあるのです。先日会った古い友人によれば、私は結局人間関係にしか興味がないんだよ、と言います。たしかに或る程度当っているのかもしれません。人間関係に不器用で社交的でないから、逆に実際には人間関係には関心があるのかもしれません。

 そういう友人は、自然が好きだそうで、なるほどこの年になっても始終何人か親しい友人と一緒に低山登山みたいなことを楽しみで続けているようですし、若いころは低山などと言わず、もちろんふつうの山歩きなど楽しんでいたようです。そういえば彼がいまの奥さんと初デイトしたのも山歩きのときで、友人仲間の一人が双眼鏡でその二人を見ていた、というようなエピソードがあったことを覚えています(笑)。

 別の友人も自然が好きなようで、長い休みをとってはカナダみたいな大自然の美しい所へ行って、ボーっとしているのが好きだ、と言っていました。私はまったくそういうことができない人間で、何が面白くてカナダとかオーストラリアとかアメリカの地方なんていう、ただだだっ広いばかりで何もないようなところへ行くんだろう、なんて思ったりします。
 自然の美しさは美しさとして感じることはできるけれど、それはたまにちょっと行っていい空気を吸って目の保養ができればいい、という感じで、たぶん私は自然愛好者のいう大自然のスペクタクルみたいなものには心を動かされないようです。

 そんなわけで、日々せっかくパートナーが心をこめてつくってくれる美味しい料理も、何を食べているかわからず、すぐ忘れてしまうので、せめて罪滅ぼしに、ちゃんと記録しておくからね、というわけで、こうしてときどき思いついたら写真を撮って残してきたような次第です。
 
 もっともパートナーによれば私が味音痴というわけではなく、美味しいもの、好みのものだと黙っていても全部さっさと食べてしまって残すことはないけれど、彼女自身が今日の味はもうひとつだな、と思ったりしたようなときは、てきめんに残したりしているようで、すごくはっきりしているのだそうです。自分ではちっとも気づかずに自然にそんな振る舞いをしているようで、それを見られているのはちょっとコワイけど・・・(笑)

2018-12-16夕餉2


saysei at 10:00|PermalinkComments(0)

2018年12月16日

障碍者スポーツセンターのクリスマス会

会場風景2(ブログ用)

  きょうは午前中、近くの障害者スポーツセンターで開かれたクリスマス会に行ってきました。屋内スポーツ用のスペースだと思いますが、ずいぶん広いホールに、家族連れなどいっぱいの人。

演奏会風景2(ブログ)
 最初に、地域の中学校の吹奏楽部がクリスマスに因んだ曲など、ふだんの練習の成果を聴かせてくれました。こういう場で演奏活動の成果を披露するのは生徒さんたちにとっても、地域にとっても素晴らしいことだと思います。
 中学3年が抜けていまは1,2年生だけなので、以前、学校や別の団地の広場で聴いた時より少し人数が少なかったけれど、頑張って演奏していました。みんな可愛らしいサンタさん帽をかぶって。アンコール曲は米津玄師の人気曲 "Lemon" でした。

会場風景3(ブログ用)
 会場では地産の野菜や、障害者手作りの日用品やアクセサリーなど、いろんなものを廉価販売していました。パートナーは、とても可愛らしいお正月用の袋にはいったお箸セットを買っていました。子供向けのゲームやビンゴなど、お愉しみもたくさん用意されていたようです。このクリスマス会もすっかり地域に定着して年々多くの方が参加して盛り上がっているようです。

 施設名は障害者スポーツセンターですがプールやジムなどの施設は地域に開放されていて、団地の総会などの会場にも使える、と勧めてくださった関係者のかたもありました。施設の目的を明確にすることは大切でしょうが、名称に障害者とかぶせているので、施設案内にも目を通さずに一般の人は利用できないのでは、と誤解していた人もあったのです。

 本来は特に障害者スポーツ施設と名づけなくても、スポーツ施設や文化施設などはすべて障害者が困難なく利用できるように空間的、機能的な設計がなされるべきもので、それが実現できるなら、この種の公共施設は、障害者であろうとなかろうと、すべての地域住民に開かれているべきものだと思います。既存公共施設がまったくその対応が不十分だから、とくにそうした目的を謳った施設が必要とされたのでしょう。

 ただ、きょうの催しに見るように施設が地域に溶け込み、地域の一般住民にとってこの施設やその活動が親しいものとなって様々な意味で地域が施設をサポートしていく空気が醸成されていくなら、名称については、玉岡町スポーツセンターなどとしてすべての地域住民に開かれた施設であることを名称的にも誤解する人のないよう明確にした上で、とりわけ障碍者対応がほかの施設よりもすぐれた施設である、という実績と特色を大切にすれば良いのではない、という気がします。

会場風景(ブログ用)




saysei at 23:19|PermalinkComments(0)

2018年12月15日

比叡もうっすら雪をかぶり

雪被る比叡

 まだ凍り付くような寒さではありませんが、きょうはわりあい寒い日で、外に出て見ると比叡山もうっすら雪をかぶっているのが見えました。
 
なぜかたむろする白鷺

 今日も出町座へ。橋の南側の浅瀬になぜか白鷺がいっぱいたむろして、それぞれ小魚でも狙っているようでした。
イルミネーション
 出町座のあとは映画のハシゴで、急ぎバスに乗って三条へ、そこから歩いて京都文化博物館のフィルムシアターへ。きょうはデジタルリマスター版の「折鶴お千」(溝口健二)の上映だったので、ぜひ見たかったのです。これは素晴らしかった。うちにVHS版があるのですが、もとのマスターフィルムの傷みがひどくて、前に見たときは画面が暗くてなんだかひどく暗い映画だな、という記憶しかなかったのですが、今日見て感動しました。やっぱり修復技術のおかげで、かなりうつるべきものがちゃんと映っているからでしょう。山田五十鈴が本当に綺麗で、すばらしい演技をしているのも、このリマスター版で初めて実感できました。

saysei at 23:15|PermalinkComments(0)
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